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「ゲリラ豪雨の中でも」



 雨の予報などなかったはずなのに突如として空が黒い雲に覆われ、「ゴゴゴゴゴッ…」と雲の中にいる龍が唸り声をあげたような音が空にこだまする。
 すると大粒の雨が一斉に地面を激しく叩き始め、傘を持たぬ人達は悲鳴をあげながら避難する。

 そんなゲリラ豪雨に近頃よく遭遇するのだが、先日はその影響で電車のダイアが乱れ、駅のホームで足止めを食らった。
 向かいのホームが白くぼやけて見えるほどの激しい雨の中、「カンッカンッ」と金属を叩くような音が聞こえてきた。
 ホームの左の方に視線を向けると、25〜27歳くらいの若い男がホームと線路を仕切っているスクリーンドアを蹴りつけていたのだ。
 さらに耳を傾けると、男はスクリーンドアを蹴りながら「ふざけんなよっ!約束に間に合わねーじゃねぇかよ!くそっ!遅れちまうだろーがっ!」と、ずっと文句を言い続けていた。

 周りにいた人達は皆怖がって避けるように距離を置いていたが、「どういうことやろ?今まで生きてて同じような経験したことないんかな?」と、僕はその男に少しだけ興味が沸いてしまった。
 例えば20年以上生きていたら、電車が遅延したり、車が渋滞で動かなかったり、寝坊したり、約束の時間を勘違いしていたり、そういった何らかの要因で時間通りに到着出来なかったという経験は、誰もが多少はしているのではないだろうか。
 男は普通のカジュアルな服装で特に仕事中という感じでもなかったし、あの怒りようは大事なものを台無しにされたという鬼気迫るものがあった。

 きっと男は今までの20年以上にわたる人生で一度も遅れたことがないのかもしれない。余裕を持ち、完璧な計算の上で、全てを時間通りに過ごしてきたに違いない。そんな男にとって唯一計算外だったのが、予想や予報の難しいゲリラ豪雨だったのだ。
 男が時間に遅れるのは、きっと信じていた神が消滅するに等しく、そんな自暴自棄になりそうな状況で、スクリーンドアを蹴るだけにとどめているのであれば立派である。
 それにもしかすると、「時間通りに来なければ恋人の命は保証しない」と誰かに脅されているかもしれない。
 僕がもしその立場ならきっと駅員の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけてしまうだろう。しかし男はそこをグッと堪え、何とかスクリーンドアを蹴るだけに抑えている可能性がある。

 いや、そもそも僕がその立場なら電車で向かわない。
  一瞬いつも通り改札でSuicaをタッチしかけて、「恋人助けに行くのに電車はちょっと違うんかなぁ」と思い直してしまう。
 時間的に間に合うとしても、恋人が囚われてるのにホームで5分くらいじっと待っている時間があってはいけないような気がする。土地勘のない場所を指定された際に、乗り換え案内のアプリを駆使するのも切羽詰まった雰囲気が薄れてしまう。
 救出した後に「どうやってここまで来たの?」と恋人に聞かれ、「電車を乗り継いで来た」と言うのもなんかカッコ悪い。
 恋人にも、「電車で向かう途中に座席が空いたからって座ってないよね?」って聞かれそうやし、アプリ見て到着まで30分かかるって分かったら座ってまいそうやしな。
 だからもし僕が向かうなら、バイクも車も所有していないのでタクシーで向かうだろう。
 しかし男はそんな恥も外聞もかなぐり捨てて、ただ恋人のことを想い最短で渋滞の心配もない電車移動を選んだのだ。
 そこに来てのまさかのゲリラ豪雨、そりゃ怒りが滲み出てしまうのも仕方がない。

 雨が弱まり、しばらくすると電車がホームに滑り込んできた。
 電車のドアが開いた瞬間に男は車内へ進むと、空いている座席を見つけて素早く腰をおろした。
 イヤホンを両耳に装着すると、スマホを横向きにして男は食い入るように画面を見つめ始めた。
 もしかするとロープに縛られた恋人の助けを求める映像が、犯人から送りつけられてきたのかもしれない。




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