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「放物線」


思いがけぬ展開で始まった学童生活だったけれど、それは僕が想像していたような最悪なものではなく、とても楽しい時間になった。
学童には同級生の児童ばかりではなく、四年生や五年生という年上の児童が数人通っていて、とくに二つ上のシモッコと、三つ上のフジイ君は、僕を弟のように可愛がってくれた。

いま思えば、きっと二人が僕のわがままを聞いてくれていただけなのだが、同じ歳の児童よりも、僕の言っていることや、僕自身を理解してもらえている気がしていた。
何より二人は他の児童や先生みたいに、僕を明るく元気な奴だと勘違いしていなかった。
フェンスで仕切られた向こう側を、たまにクラスメート達が自転車で横切っていき、僕がそれを一人で眺めていると、必ずシモッコが声をかけてくれ、フジイ君を呼んで一緒に遊んでくれた。

僕が二年生のなる頃には、学童にいる時間をずっと三人で過ごすようになり、三人並んでブランコを漕ぎながら、夕日をめがけて勢いよく靴飛ばしをするのが楽しみだった。

「今まで謎に包まれていたあの男が、ついにそのベールを脱ぐ!」

いつものように三人でブランコを漕いでいると、シモッコがそんな台詞を叫びながら靴を飛ばした。

それは当時、テレビ放送されていたアニメの次回予告の台詞だったように思う。
ちょうど前日に放送されていたアニメを観たシモッコが、靴飛ばしの掛け声としてその台詞を使ったのだ。
なんだかいつもより靴が飛んだ気がしたし、台詞と動きが合っていてめちゃくちゃ面白かった。
どっと笑いが起き、次にシモッコの隣でブランコを漕いでいたフジイ君までもが、「今まで謎に包まれていたあの男が、ついにそのカツラを脱ぐ!」と叫んで靴を飛ばした。

シモッコが放った面白台詞に、瞬時にボケを加え派生させたフジイ君のセンスに、また三人で大笑いした。ただ笑っている途中から「あれ、ちょっと待って次俺の番なんちゃうの」という不安がよぎり、恐る恐る隣を見ると、シモッコとフジイ君がキラキラした眼差しをこちらに向けていた。
心臓がキュッとなる感覚に襲われながらも、あんまり時間かけたらしんどくなると本能で察知し、「今まで謎に包まれていたあの男が、ついにそのブラジャーを脱ぐ!」と叫んで靴を飛ばした。

靴は勢いよく飛び、シモッコも藤井君も大笑いしてくれた。ブランコから降り、片足跳びで靴を取りに行きながらシモッコが、「なんでブラジャーつけてんの、めっちゃ変態やん」とその姿を想像してまた笑ってくれた。

全員が靴を取り終えると、当然のように二回戦が始まった。
また一人ずつ靴を飛ばしながら叫ぶのだが、続けていけばシステム的に三番目の僕が不利になってしまう。
シモッコが、パンティーを脱ぐと叫び、フジイ君が真っ赤な赤のハイヒールを脱ぐ、と叫ぶ。もう男が女っぽいものを脱ぐだけで、小学生は可笑しくてたまらないのだ。

いよいよ僕の順番が回ってきたのだが、さっき出した上に、二週目なので女っぽくて笑えそうなものが何も思いつかない。
焦った僕は、グラウンドで練習しているサッカー部を見て咄嗟に、「今まで謎に包まれていたあの男が、ついにそのスパイクを脱ぐ!」と叫んでしまった。
しまったと思った瞬間に、二人がブランコから降り、地面に膝をついて爆笑した。

フジイ君が「実力みせてないやん」と言うと、シモッコが「謎のままの引退や」と追随した。
僕の苦し紛れの発言を二人がセンスよく受け取ってくれて、僕は何とかその場をしのぎ切れたのだ。
三回戦に突入しそうなところで、シモッコのお母さんが迎えに来て、その日の靴飛ばしは終了した。

終了した後も、僕の身体は火照っていた。ウケた瞬間の、それまでの緊張から一気に解放される、全身に電気が走るような昂揚感。
笑い声で殴られたみたいに、身体にはウケたという感触がしっかりと残っていた。

僕はその一年後に、ブランコから見たサッカー部に入ることになり、サッカーを通じて出会った友人と一緒に、芸人としての道を進んで行くことになる。

あの日笑い声と共に、高く描かれた運動靴の放物線を、今でも鮮明に覚えている。



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