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「タオルケット症候群」


 幼い頃からタオルケットが好きで、寝ている時はもちろん、起きている時でさえタオルケットにくるまり家中を引きずり回していた。
 これは小さな子供によく見られる傾向で、不安やストレスにさらされた際、お気に入りの匂いや肌触りに触れ安心感を得ているのである。執着の対象がタオルケットなだけであって、お気に入りのぬいぐるみやおもちゃを手放さない子供とさほど変わりはなく、無理に取り上げる必要はない。逆に不安やストレスを他者ではなく自分で解決しようとする、自立の第一歩だとも考えられる。

 ただ僕のように、大人になってもタオルケットへの執着が消えないとなると問題である。
 問題というか、40歳を過ぎてタオルケットがないと寝れないとか普通にキモい。いつもタオルケットを首に巻きつけて眠り、さすがに仕事や旅行先に持って行くことはないのだけれど、タオルケットがないホテルでの寝付きは確実に悪くなるし、なんだかすっぽりと収まった気がしなくて、ずっとしっくりこないままベッドの上でゴロゴロしている。集中したい時や心を落ち着かせたい時には、自然とタオルケットに顔を埋め匂いを嗅いでたりする。
 昔付き合っていた彼女が勝手にタオルケットを洗濯した時なんて、「明日の朝には乾くと思うよ」と笑顔を見せる彼女に対して、「はっ!?ほな今日タオルケットなくて!俺はどうやって寝たええんじゃっ!」と怒鳴りつけてしまった。
 言った後にだいぶ変な怒り方してるよなとお互いが気づき、笑いを堪えながら僕は怒りの表情を、彼女はうつむいて少しだけ笑いながら申し訳なさそうな表情を繕っていた。

何故ここまでタオルケットを手放せなくなってしまったのだろうか。
 母親の愛情を感じられず育った子供などに依存傾向があるらしいが、僕は愛情を感じられないどころか、小さい頃は姉の誕生日にまでプレゼントを貰っていた。
 逆に甘やかされすぎてこうなってしまったのかもしれない。小学生の頃はいくらタオルケットにくるまっていても注意されることはなく、中学生になると一人部屋を与えられたので、僕のタオルケットへの異様な執着を親が目撃することはなかった。身長も中学一年の頃には175センチまで伸び、サッカー部のキャプテンとして大声でチームを鼓舞し、毎日砂まみれで帰ってきては「弁当少ないねん、こんなんじゃ全く腹一杯ならん」と弁当箱を乱暴に投げつける息子が、まさか部屋で何度もタオルケットに顔を埋めては匂いを嗅ぎ、一人悦な表情を浮かべているとは思っていなかったであろう。

 しかしタオルケットなら何でもいいわけではなく、僕なりの条件がある。安物で、しかも使い古され毛羽立ったクタクタのタオルケットが大好きで、何度洗濯しても新品みたいにピシッとした高級タオルケットは好まない。お金持ちの飼ってる犬の毛のようにツルツル滑って体に馴染まないのである。その点クタクタの方は、まるで日向ぼっこのし過ぎで半分とろけてる猫の毛のような、顔を埋めるとそのまま何処までも落ちていくような多幸感が得られるのだ。もうドラッグだよ。
 タオルケットを洗濯している間は落ち着かないし、夜までにちゃんと乾くだろうかと不安になって、何度もベランダに出てはタオルケットの乾き具合を確認してしまう。

 もうすぐ42歳を迎えるにあたり、年齢だけでなく精神的にもちゃんとした大人になりたいと、27歳の青年が決意しそうなことを考えた。
 こんなことでは駄目だ。タオルケットを干して不安になったり、逆にそれが嫌で薄汚れたタオルケットをいつまでも洗わずに使い続けたり、まともな人間のすることではない。このタオルケット依存から何とか脱却しなければと思い直したのだ。
数日間悩んだ末に僕は、スペアのタオルケットを買ってしまった。
 結果、洗濯の時に感じるストレスや不安は軽減されたが、問題が解決されることは全くなかった。

今は、新しい方のタオルケットを育て中・・



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