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七色トカゲ



小学二年生の頃、母と一緒に父親が勤めていた会社の野球大会へ連れて行かれたことがある。

貸切の草野球のグラウンドには白いテントがいくつか設営されていて、たこ焼きや焼きそばなどが無料で振る舞われるお祭りのようなものだった。
会社に務める大勢の親子連れが集まっており、挨拶を交わした後に必ずお互いの子供を紹介する。
僕はおざなりな台詞で誉められ、その度に笑顔をつくり、どうしてこんな面倒なことに付き合わされるのか、あと何回これを繰り返さなければいけないのかと、両肩に置かれた父の手の重みを感じながらずっと考えていた。
挨拶が一通り終わると、大人達はチーム分けや準備運動をする為にピッチャーマウンドの辺りに集まり、子供達はみんなで仲良く遊んでなさいと指示を受けた。

いくら子供でもそんな急には仲良く遊べないよと思った。まださっき挨拶しただけの知らない人である。
担当が変わり取引先へ挨拶に出向き、名刺を渡しながら「今日何時までですか?良かったらこの後カラオケかボーリング行きませんか?」とはならないだろう。
僕を置き去りに遠く離れて行く父親の背中を眺めていたら「一緒に遊ぼう」と不意に声をかけられた。振り向くと同い年くらいの子供が笑顔で立っており、さらにその後ろでは、楽しそうにお喋りをしたり、グラウンドにお絵かきをして遊ぶ子供達の姿があった。

むちゃくちゃ仲良くなってる!とズッコケながら、僕一人だけが取り残されてしまっている光景に恐怖を感じた。自分も早く溶け込まなければと焦るのだけど、そもそも興味がないので会話が続かず、嘘臭く聞こえる気がしてこちらから質問することも出来ない。父が迎えに来るまで、僕はひたすら下手くそな愛想笑いを浮かべていた。

肝心の野球はというと、グローブをした大人が二手に分かれドタバタしているだけでつまらなかったが、でもそれを観戦する為に母親が敷いたブルーシートの上は、誰も入って来れない青く切り取られた安全な空間だった。
しかしそんな僕の安全を脅かすように、ひび割れた不快な声が本部テントのスピーカーからこだました。

「それでは、この後お子さん達にも野球をしてもらいますので、子供達は本部に集合して下さい」

だから知らん人と野球しても楽しないねんと思いながらも、母親に促され僕は本部のあるテントに向かった。
集まった子供達は男女関係なく適当に2チームに分けられ、グローブを手渡されるとみんな早く野球がしたくてうずうずしている様子だった。
僕は自分も同じように振る舞わないと、また一人だけ取り残されてしまうと焦った。

大人達の試合が終わると、僕らのチームの監督を任された人がやって来て、「ポジションを今から決めるけど、早い者勝ちやからな!」と子供達をけしかける。
僕はそれを聞いて少し身を屈めた。勢いよく手を挙げる為、まるで侍が抜刀する際の構えのように、左の腰辺りに刀となる右の手の平を据え、鞘となる左の手の平で包み込む。

「じゃあ、やっぱり最初は花形のピッチャーからや!やりたい人っ!!」

その刹那、僕は他の子供達に遅れを取らぬよう、素早くも静かに刀を鞘から抜き去り天に掲げた。その所作は滑らかで一片の淀みもない。

ただ、誰も手を挙げていなかった。

僕だけが右手を挙げ、ピンと背筋を伸ばしていた。みんなは照れて下を向いていた。

いや挙げへんのかい。
知らんやつとはすぐ仲良くなるくせに、そこは恥ずかしがるんかい。
取り残されるどころか、先頭に踊り出てもうたやんけ。

キャプテン翼の影響で遊びと言えばサッカーであり、野球などまともにしたことのない僕はピッチャーに任命され、5回までのゲームを1人で投げ抜いた。
ベンチに戻る途中、自然と右肩を左手で揉みながら歩いてる自分に、なに投げすぎて肩に違和感を感じてんねんと腹が立った。

午後はお弁当を食べ、大人達はまた楽しそうにドタバタ走り回り、僕は数人の子供に誘われ、グラウンドのフェンス沿いに広がった草むらで遊ぶことになった。
誰かがその草むらでトカゲを見つけたというのだ。しばらく草をかき分け探していると「捕まえた!」という声が聞こえ、そちらを振り向くと背中から尾にかけてキラキラと七色に光る小さなトカゲを手に持っていた。

僕は爬虫類があまり得意ではなかったけれど、初めてみるその姿に心を奪われ、自分も手にしてみたいと思った。

他の子供はトカゲを捕まえ慣れているのか次々とその七色の輝きを掴み取り、僕だけが触れることさえ出来ずにいた。
小さな側溝を一人で捜していたら、「そっちに行ったよ」と叫ぶ声が聞こえ、僕の後ろから側溝を七色のトカゲが走り抜けた。
今度こそ掴み取ろうと右手を伸ばし、必死でトカゲの尾を掴んだその瞬間だった。
最初から切り目が入っていたようにトカゲの胴体から尾が切り離され、そのまま彼方に走り去った。

また僕だけが取り残されたような気分だった。

「どうだった?」と聞く子供達は皆、七色の輝きを握りしめていて、僕は首を横に振りながら、いつか自分も同じようにその輝きを掴み取りたいと思った。

掴み損ねた七色の欠片は、僕の手の中でずっと醜く蠢めき続けていた。




「お前は真面目やねん。社会のルールとか価値基準の中で生きてないのに、そこに合わせようとして、逆にどんどん変になってんねん」と指摘された事がある。

確かに幼い頃から世界に馴染めない感覚があって、他の人より不器用で少しだけ要領が悪いだけなのだと自分に言い聞かせ、いつかはまともにやっていけるはずだと信じていた。

大人になった今も友達は4人ぐらいしかいない。正直、四人目に挙がる友達は向こう的に友達と思ってるかわからないし、逆に一番最初に挙がる友達は、こっちから見てもヤバいなぁと怖くなる変人やし、そうなればカウントしていいのは二人なのかもしれません。

でもそうして生きていくことしか出来ないのなら、そんな今までの自分や、毎日のささやかな奮闘を書いてみようかと思いました。

たまに一人で部屋に居る時に「友達欲しいなぁ〜」と口に出してみる。「いや、思ってないやん」という自分に内側から胸の辺りを叩かれるのだけど、これは僕なりの世界へ溶け込む行為なのだ。

何だかとても哀れな情景に見えるかもしれないが、「まだ諦めてないで」と世界に向けてファイティングポーズを取ってるつもりでいる。

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