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🅂9 信念は邪魔かも...⁉

「A little dough」 第1章 自分をどこまで信用する? 🅂9

▽ここまでヒューリスティクスの代表的なバリエーションをいくつかみてきました。
①代表性:代表的な特徴(ステレオタイプ)で判断する
②利用可能性:思い出しやすさ(想起性)で判断する
➂アンカリング:特定の基準で判断する
こう並べてみると「何が悪いの?」という気もしますが、どれも判断する材料として正しいとは限らない、ということです。そしてそれぞれに特有の「陥りやすい罠」があることは、これまで見てきた通りです。

▽さてヒューリスティクスによって生まれる効果は、このほかにも数多く紹介されています。その中に、「クライマックス効果」というバイアスがあります。今回はハワード・S・ダンフォードが取り上げた設問を事例に検討してみます。まず下の問題を解いてください。制限時間は10分です。

問題(伝染病にかかった確率は?)
新型の伝染病は10,000分の1の確率で発症します。ある医療会社が、この伝染病の感染を検知する装置を開発しました。この装置では、99%の確率で感染を特定できます。あなたはこの装置で伝染病に感染していると判断されました。あなたが伝染病に感染している確率をずばり答えてください。

出典:ハワード・S・ダンフォード「ポケット図解・行動経済学の基本がわかる本」
秀和システム

▽さて計算は終わりましたか。制限時間10分と私は書きました。そんな時間は必要ないという方も多かったと思いますが、一番多い誤答は「99%」です。それでは、正解と解説です。

(正解)0.9804%
(解説)仮にこの装置で100万人を検査したとします。すると、うち10,000分の1に相当する100人が伝染病に感染していることになります。一方、装置は99%の確率で感染を特定します。つまり100人のうち感染と判断されるのは99人です。
次に、100万人のうち、感染していないのは99万9,900人です。これは100万人から、感染者の100人を引いたものです。ただしこの非感染者について、今回の装置は1%の確率で感染者だと誤って判断します。その数は9,999人です。
以上から、100万人を検査した場合、感染と判断されるのは「99人+9,999人」で、10,098人になります。これを分母にして、本当の感染者である99人を割り算すると、答えは0.009804、つまりあなたが感染している確率は1%にも満たない数字になります。

出典:ハワード・S・ダンフォード「ポケット図解・行動経済学の基本がわかる本」
秀和システム

▽多くの方は「99%間違いない」という結論に達してあわててしまいそうですが、統計学に強い方は「待てよ」と思ったはずです。上記解説の通り、この状況における感染確率は1%に満たないからです。この設問には二つの確率が示されています。10,000分の1の感染率99%という検知率です。つまり、99%と答えた方は10,000分の1の感染率を無視したことになります。

▽代表性ヒューリスティックでリンダ問題という事例がありました。多くの方がリンダのプロファイルに捉われて銀行員である確率(基準率)を無視し、リンダが「フェミニスト活動家である銀行員」の可能性を高く予想しました。今回のケースは99%という「最後に記憶に残った情報」が、基準率にあたる感染率を無視するという結果を引き起こしました。これは「最後の記憶」が意思決定に強い影響を与えるということから「クライマックス効果」と呼ばれています。これに対し最初の情報が強い影響を持つ場合は、「初頭効果」と呼びます。いずれも「利用可能性ヒューリスティック」に分類されるバイアスといわれています。

▽ところで「制限時間が10分もあるなら、これはなんかの引っ掛けに違いない」と思った方もいらっしゃると思います。これは単によく考えてね、という意味合いだったのですが、この例題のようにある確率が示されている状況で、更に新たな事態で変化する確率については、「ベイズ統計学」を用いて考えるようです。実は私は以前マーケティングの勉強をしていた時に、ベイズ統計学をかじったのですが、この問題の初見の答えは「99%」でした。

▽そこでベイズ統計学を使った解説をあえて加えてみたいと思います。ベイズ統計学の詳細には触れませんが(正確には知識がなく触れることはできませんが)興味のある方は、小島寛之さんの書かれた完全独習シリーズを参考になさってください。いずれも私のような文科系バカでも、ゆっくり読めば読破できる優れ図書です。

▽まず感染率、1/10,000を事前確率といいます。基準率と同じような意味で、そもそもの前提となる確率です。次に感染検知率99%ですが、これは新たな行動(条件)による確率で、条件付き確率といいます。この2つの確率によって解説にあった100万人の分布を示したのが下の図1です。ベイズの統計学ではこの図を想定するのが理解のための近道のようです。縦軸が感染率、横軸は検知率を示しています。まず縦軸をみると、感染率から陰性のAとB、陽性のCとDに2分されます。更に横軸の検知率でABCDに4分割されますが、それぞれの属性と人数は下の表に示した通りです。

【図1】検査対象者の分布図

▽さてここで新たな事実として「検査結果:陽性」が判明しました。そうすると条件付き確率で4分割された分布において、わたしは何処にいる可能性があるのか、と考えることになります。「検査結果:陽性」ですから、Bの本来陰性だが誤っ陽性と判定されたケースとCの本来陽性で検査でも陽性と判定されたケースが当てはまります。この結果をもって、AとDは対象外となります。

【図2】検査結果が陽性者の分布図

▽以上を踏まえて、検査で陽性になった人の構成図を図2に示しました。検査陽性者はBとC、誤って陽性と判定された9,999人と本来陽性の99人を合わせて10,098人、結果私が真の陽性者である確率は99÷10,089=0.9804%ということになります。

▽さて感染率が50%のケースの分布図も念の為下に示しました。この場合仮に陽性と判定された場合の確率は99%と検知率と同じになります。陽性判定者の合計はB+C=500,000人、うち真の陽性者はBの495,000人ですからこれらより99%となります。つまり事前確率が半々の時は、無視しても大丈夫ということになります。

【図3】感染率が50%の場合の分布図

▽クライマックス効果からベイズ統計の話になってしまいましたが、カーネマンの「ファスト&スロー」にも「原因と統計」という章の中で「ベイズ統計学」の話が出てきます。彼は「統計データ」は私たちに一定の納得感を与えるものの、個人の経験に根差した信念を変えるまでには至らない、といっています。つまり私たちは、科学的な統計データよりも経験に根差した信念で意思決定を行う傾向があるようです。ここでの教訓は、「統計データが出てきたら、一旦信念を捨てろ!」ということかもしれません...。


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