🅂5 経済的な自立とは(2)

「A little dough」 第３章　働いて自立する　🅂5
経済的な自立(２)

　前回は経済的自立の二つのパターン、「労働による経済的自立」と「ストックによる経済的自立」について記載しましたが、いずれも自己管理能力がこれを支えるという点では共通しています。今回は「労働による経済的自立」の中身について検討し、自己管理能力とこれによってコントロールされるリスクについて考えたいと思います。

➤労働による経済的自立
　働いて収入を得ることは、それ自体で大きな満足感が得ることができます。どんな仕事を選んだにせよ、よほどのことがない限り、まずは継続して収入を安定させ、加えて社会人としての実力をつけることが当面の大きな目標になります。
　一方で生活と支出については、どう考えておくべきでしょうか。給与明細などをみればわかる通り、収入があっても支給時に税金や社会保険料は事前に控除されています。残りの手取額の中で生活費をやりくりすることになるのですが、支出の大原則はプライオリティー（優先順位付け）になります。
経済的自立のための費用ですから、マズローの欲求５段階でいえば１と２、つまり生理的欲求と安全の欲求、そして３の所属と愛の欲求を満たすための支払いが優先されることになります。具体的には衣食住の費用に加えて、対人関係にかかる費用ということになります。
　こう書くと簡単に思えますが、こうした優先順位に合わせて支出を適正に実行するには、収入に見合った生活態度を身に着けておく必要があるため、ハードルは思いのほか高いと考えておくべきでしょう。加えて、私たちの脳は、第１章でも記載した通り、何時も合理的に物事を判断するわけではありません。

➤給料日の衝動とタタカウ
　例えば会社員の方は、給料日になると衝動的に、1,000円ランチが2,000円にランクアップしたりします。ご褒美ランチでしっかり栄養を、というわけです。しかし1,000円アップのランチは、プライオリティーが低いことは言うまでもありません。みんな分かっていても、合理的には行動しないのです。こうした一見非合理的な行動も、実は動物の進化の過程が影響しているという説もあります。ライオンの一日の食事は肉を５～６㎏といわれていますが、野生のライオンは時には４０㎏も食いだめすることがあるそうです。もちろんこれは生存競争に勝つための本能的な行為だと思われます。
　1,000円アップのランチも本能的なもの、とまでいう気はありませんが、脳の働きそのものが多少なりとも関係している可能性はあるかもしれません。それならば、そういうものだと知ったうえで対策を打ちましょう。1,000円アップのランチをしたくなったら、給料日から2週間後にします。これによって、給料日の衝動を退治するのです、これならば、ご褒美を兼ねて自制心の強化を図ることもできるので一石二鳥といえないこともありません。興覚めな感じは否めませんが(-_-;)。

➤支出の中身を知り必要性の判断を行う
　社会人としての収入は限定的ですが、支出項目は多岐に渡ります。その範囲は税金や社会保険料から居酒屋の飲み代まで、どれをとっても一個人としては捨てられない理由ばかり見当たりますが、そうは言ってもいられない現実があります。繰り返しますが、支出はプライオリティーを明確にする必要があり、これができないと家計のコントロールは困難です。そのためにはまず「支出の中身を知る」ことが必要です。
　例えば天引きで納めている社会保険の給付内容を知っておくことで、やみくもに不安にかられて無駄な入院保険などに入る必要もなくなります。また、銀行預金とペイオフ、クレジットカードとリボ、カードローンや住宅ローン、生命保険と損害保険など、身の回りの金融知識は私たちの生活に直結しています。そのため都度学習し適切に使えば私たちの生活をフォローしてくれますが、忙しさにかまけて使い方を間違えると大きな損失やダメージとなり、場合によっては不測の事態を起こしかねません。

➤「自滅への道」を回避する方法
　🅂3で触れたように、一般的に悪い結果を引き起こしやすい導線と考えられるアルコールやギャンブルですが、これに金融負債が関係するとその確率はかなり高まるといわれています。アルコールやギャンブルは一気に高揚感を得られるという特徴から、これを継続するために更にお金が必要になります。カードローンのような無担保借り入れの利便性は、このようなケースでは特に注意が必要です。
　こうした事例に限らず、人生には病気やリストラによる失業といった大きなリスクもあります。収入が減少して生活が困窮し始めると、住宅ローンの返済が滞り、消費者金融などの借り入れが増え、思いもよらず多重債務状態になることも考えられます。こうした時には任意整理や自己破産といった思い切った手段の検討も必要になります。これらの制度は後ろ向きの制度だと感じている方も多いと思いますが、実際は逆です。もちろん一定のペナルティー処置もありますが、債務者を最終的に保護する救済処置として設けられています。自己破産という言葉だけで思考停止状態になり、ペナルティーを避けようとして借入先を増やす、そうした行為が「自滅への道」となります。冷静に自分の状態を観察し、「どういう状況でも最悪の事態を回避する手立てはある」ことを知っておく必要があります。知識がなければ、身を守る制度を有効に活用することもできません。

　こうした身近な金融知識を一通り勉強されたい方にお勧めしたいのは、アンドリュー・O・スミス著「アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書」という本です。この本はアメリカの若い方向けの本のため、若干日本とは事情は異なるものの、日本の一般向け図書にはないようなことまで記載があります。誰しも自己破産に追い込まれるような事態になりたくはありませんが、図らずもなってしまったときは、自己破産という制度も前向きに活用しなければなりません。土壇場ではそうした切り替えも必要なのです。

アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書

➤リスクを正しく回避して初めて自立できる
　このように、経済的な自立とは単に収支の帳尻が合っているということだけはなく、生活の中に潜んでいる様々な潜在リスクをしっかりと排除していくことで、より確固なものになっていきます。そしてこれをサポートするのは、これまで述べてきた自己管理能力ということになります。また、こうした能力は、スポーツや芸術に見られるような特別な能力というわけではなく「当たり前のことを確実に実行する能力」でしかありません。ところが社会人になるとこうした能力が大いにものをいいます。「あの人はどうしてあんなに信頼されているんだろう」といった疑問の答えは、たいていこの能力の高さで説明がつきます。

経済的自立についての整理