見出し画像

東京でのバイト

2023/1/27
エレベーターに乗り合わせた人たちの背格好でだいたいどの階にどまるかわかる。
綺麗な女の人はラウンジがある7階で降りる。
うきうきした家族連れは焼肉屋がある5階で降りる。
身なりをあまり気にしていなそうな人は古本屋がある3階で降りる。

いらっしゃいませ。
当店のアプリやポイントカードはお持ちでしょうか。
お値引き入りまして120円になります。
500円お預かりします。
380円のお返しです。
ありがとうございました、またお越しくださいませ。
自分が機械のような人間なのか、人間のような機械なのか分からなくなる。

外国人の日本語も、私の英語も、お互いに聞き取れない時はとりあえずニコニコしておく。

理不尽に客から怒られた時、バンドマンぽい見た目の副店長は
「素敵な出会いがいっぱいっすね」
と言っていた。

休憩中に、氷点下0度の街で、太腿を出したメイド服の女性が震えながら客引きしているのを見た。
みんな戦っているのだと思う。

旭川ラーメンの店は、温まりたい客でごった返している。
ラーメンを食べたので帰りはぽかぽかして無敵になった。

前から歩いてきた男に「お姉さん、」と声をかけられる。数歩歩いて振り返ると、そこには誰もいなかった。
私でなくてもいい用件だったのだろう。

道行く多くの人々は名前を持たない。
人々にとって私もまたそうであるように。

バイトがある日は少し安心する。
人間としての輪郭をぼやかすことと引き換えに社会と接続できる。
安心安全な存在として保証され社会に受け入れられている気がする。
私はシステムの一部となる。
街という臓器、社会という生き物を動かすためのひとつの細胞と化す。

私がまだこの街の観光客であった1年前、この街を構成する無数の人々に、羨望の眼差しを向けていたことを思い出す。

しかしこの街の細胞でいられるのもあと少しだ。
もうじき進級するにしたがい、通う大学のキャンパスが上野から取手に移るのでバイトを辞める。
街が大きくなればなるほど新陳代謝は激しいのである。

そうしてこの街は少しずつ少しずつ変化を遂げながら、私がいなくなった後も、新たな人間を呑み込み、存在し続けるのだろう。

吐く息が夜の空気に混じり、
夜の空気もまた、私を街の暗闇に溶け込ませる。

この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?