恋人ってなんなんだろう
恋人ってなんなんだ。何をもってして「恋人」と言えるのだろうか。
私には、交際1ヶ月ほどの恋人がいる。
出会いはマッチングアプリだ。マッチングし、何度かメッセージを交わしてから会った。
第一印象は大変好ましかった。服の着こなし方や持ちもののセンスがド好み
で、見た瞬間に「あ〜この人と付き合いたいな〜」と思った。
別に顔が格好いいわけではない。ただ、醸し出す雰囲気が好みだった。
顔がいいかどうかより、魅力的かどうかで人を見ている私には、かなり刺さる相手だった。
ご飯を食べ、お酒を飲みながら話していた。お酒を飲むペースが同じなので気を遣わなかったし、共通の趣味の話題で盛り上がったりできたので、心地よく楽しく過ごすことができた。
次に会ったのは、それから10日ほど後だった。
気になっていたご飯屋さんに一緒に行ってもらい、たくさん酒を飲み、何軒もはしごした。
この日は金曜日で、私は翌日休みだったので明日を気にせずにがぶがぶ飲んだが、彼は次の日も仕事だったらしい。それにもかかわらず、全然大丈夫と言って一緒に飲んでくれた。その優しさが嬉しかった。
その次に会ったのは、1週間ほど経ってからだ。前回会った時に酔った勢いでイベントのチケットを取ったのだが、それを口実にして再び遊びに行った。
イベントも楽しかったし、案の定お酒も楽しんだ。この日も数軒はしご酒をした。
友人から以前聞いたのだが、恋愛をベースにして知り合った男女は、3回デートを重ねてから付き合う、というのがセオリーだそうだ。恋愛をベースにした出会い方というのは、合コンとかマッチングアプリとかだ。
それに照らすと、3回目の今日に何かあるのではないか。ずっとそんなそわそわ感を持ちながら、その日を過ごしていた。
結果、その日に告白をされた。言い出したいけど言い出せないやきもきした時間が続いていたが、次の駅で片方が降りるという電車の中で、意を決したように「付き合ってください」と言われた。もちろんオーケーだ。
ただ、この段階で我々は、まだ3回しか会っていない。
お互いのことなどほぼ知らないし、素面で喋ったこともそんなにない。
それなのに、「付き合ってください」「いいですよ」というやりとりを交わしただけで、その相手を特別な存在と見なすことはできるのか?
告白直後の私は、そんなことをもやもや考えていた。「付き合う」ってなんなんだろう。言葉で約束したら実態が伴うのか?それとも、実態が伴って初めて「付き合う」という関係性になるのか?鶏が先か、卵が先か、どっちなのだろうか。
それから1週間後くらいが、カップルの一大イベント、クリスマスだった。
もちろん彼と一緒に過ごした。「付き合って」いるのだから。
夜からご飯を食べに行ってお酒を飲んだ。そこまでは交際前のいつもの流れだ。
ただ、宴もたけなわの頃に、自然にホテルへ連れ込まれた。
おいおい待ってくれ、私は君と付き合っているが、まだ身体を許すほど親密になったつもりはないぞ。
世の中には、とりあえず身体を重ねて仲を深めようとする人と、仲が深まってから身体を重ねたいと思う人の、2パターンがいると思う。
私は紛れもない後者だ。ゆきずりの人間ならまだしも、これから関係性を深めたいと思っている相手に対して、心が親密になっていない段階で身体を重ねたくない。
それなのに、ホテルへ連れ込まれた。「今からホテル行かない?」などの合意形成もなく、休憩しようかと言われて連れられた先がホテルだったのだ。
仲良くなりきっていない状態でホテルへ行くことにとても違和感があったが、なんだかんだホテルのあの雰囲気が好きなので、入り口の前で拒めずに部屋まで連れて行かれてしまった。この意思の弱さが悔しい。
それに、この日飲んでいた場所は彼の地元だった。相手に土地勘があるがゆえに、自然な流れで連れ込まれてしまったのだろう。それも悔しい。
不満と疑問だらけで向かったが、結局その日は何もしないで終わった。
ただ、まだ心から仲良くなっていない状態で、かつ、事前になんの匂わせもなくいきなりホテルへ連れて行かれたという点で、私は彼に少し不信感を抱くようになった。
おそらく、飲んでいる最中に「付き合ったんだからセックスとかも考えたい」みたいな匂わせがされていたら、私もこの後の展開に納得感を抱けたのだと思う。仲良くなりきっていたらこんなまどろっこしい手順は必要ないが、まだ4回しか会っていない相手だ。堅苦しいが、せめてもの誠意としてそういう頭出しは必要だろう。と私は思う。
ただ、そんな匂わせは一切なかった。3軒ほどはしごし、したたかに酔っていたが、セックスのセの時も出なかった。それなのにいきなりホテルである。それは私の感覚では理解できない。
なんだかなぁと思いつつも、年明けにもう一度会った。
この日は日中からともに過ごし、街ブラしたりカフェでお茶したりウインドウショッピングをしたりと、プラトニックに過ごした。
その過程で、彼のいいところに色々気づいたりもした。私が可愛いと言った雑貨をナチュラルに買ってくれたり、私の要望にたくさん答えてくれたり、醸し出す雰囲気が優しげだったり。人としていいなと思う点がたくさんあった。
相変わらず夜は飲みに行ったが、この日もまたホテルを打診された。いきなり連れ込まれなかっただけまだいいし、なんだかんだで私もやりたい気持ちはあったので、合意の上でホテルへ行った。
短い時間で部屋を取っていたので、さくっと済ませて帰宅した。彼は満足していたようだが、私は正直そうでもなかった。さくっとしすぎていたからなのか、まだ彼に対して心からの親密さを抱けていないからなのか、理由はわからない。
人としては好きだが、まだそれが愛情や親密さに結びついていない、というのが、この時の私の心情だった。
ともあれ、「付き合う」ことになってから定期的にやりとりをしたり会ったりして、お互いの人となりについて理解を深めている、というのがここ最近の我々だ。
そんな中、先日彼と1泊した。我々には一晩という時間があるのだから、ゆっくりたっぷり時間をかけて楽しめればと思っていた。
が、ホテルへチェックインしても一向にそんなムードにならないのである。
もともとこの日は、夜8時にチェックインして買い込んだ酒とつまみで酒盛りをするという予定だった。したがって、チェックインしてすぐにそんなムードになるわけはない。
しかし、酒とつまみがなくなってもなかなかムードができず、そろそろ風呂に入ろうかという時点でやっと雰囲気ができあがってきたのである。
雰囲気ができたら、ゆっくり楽しむことはできた。以前よりゆっくりたっぷり、時間をかけて楽しめた。
が、100%の満足感は得られなかった。相手がどうだかはわからないが、私はもっとこうしたい、ああしたいというイメージがあったので、なんだか消化不良だった。
昔付き合っていた相手とは、交際直後でもホテル入室後にムードができていたよなとか、お互いもっと行為を楽しんでいたよなとか、比べてもどうしようもない違いを考えてしまい、なんだか悲しくなってしまった。
この違いはなんなのだろうか。
これも、我々がまだ心から親密になっていないがゆえの違和であり、もっと親密になったらお互いもっと楽しめるようになるのか?
それとも、シンプルに我々の相性が悪いのか?
もっと身も蓋もない考えをすれば、顔が好みか否かか?雰囲気や内面がいくら魅力的でも、外見がそうでもない相手には感情が高まらないのか?それはひどく浅ましい。
いや、もっと突き詰めて言えば、私は彼に対して性的な気持ちをまだ抱けないのだ。そしてそれは、おそらく相手もだ。だからこそ、密室に男女が2人でいるという好機であるにもかかわらず、性的なムードができあがらず、「とりあえず2人でホテルにいるんだからセックスしとくか」という、なかば義務のような気持ちで行為に至ったのだと思う。この、なんとなく漂っていた義務感が、満足に繋がらなかった理由なのかもしれない。
私は現在、彼のことを人間として大変好んでいる。1泊2日のデートはとても楽しかったし、早くまた会って一緒に遊びたいと思っている。
しかし、この感情はまだ「好意」であり、「恋」という感情にまでは練り上げられていない。そして、それはおそらく相手も同じなのだと思う。
そんな状態なのに、3回会ったから付き合うという不文律に従って交際を始め、付き合ったなら身体の関係を持つという一般論に流されて不満足なセックスをしてしまった。これでいいのか?
そして私は、彼と会っている時にセックスをしなくてもいいと思っている。同性の友達と遊ぶ時のように、映画を観たり美味しいご飯を食べたり街に繰り出したりするだけで、十分満足できる。
では、恋人ってなんだ?同性の友達と同じように交流する相手を、異性だからという理由だけで「恋人」と見なせるのか?
「付き合ってください」「いいですよ」だけで一気に親密になれるわけがないし、「付き合う」という合意が取れたらすぐに良いセックスができるわけもないし、かといってセックスをしなくてただ遊びに行くだけだったら、それは「恋人」ではない。
おそらく、性的な気持ちを持てるかどうかが、恋人か否かの境目なのだろう。
では、性的な気持ちは持っていないが、人間として好ましい、かつ「付き合っている」彼のことを、私はどうラベリングしたらよいのだろう。
私は今後、もっともっと彼のことを知り、親密な関係になりたいと思っている。もちろんその「親密」の中には、肉体的なものも含まれている。
ゆえに、私は彼のことを性的にも好きになりたいのだが、そうなるためにはどうすればよいのだろう。一緒に過ごす時間を増やせば、自然と性的な気持ちも抱けるようになるのか?
先日立ち読みした本から、欧米には「デーティング期間」という概念があることを教わった。正式交際の前のお試し期間のようなもので、肉体的な関係も持ちながら、相手のことを一生涯のパートナーとして相応しいかどうか見極める時期のことだ。
本の中で、日本にはこうした考えがないから、3回会ってとりあえず付き合うし、付き合ったらやることをやるが、その中でお互いに合わなさを感じても、「付き合っている」という関係性に縛られてずるずる交際が続いてしまう、とも書いてあった。これが今の私の状況を的確に言い表していた。
「付き合う」ことになっても、そこから始まる深い交流の中で合わなさを感じたら、すぱっと交際を解消できる。こういう関係性の枠組みを、私は今まさに求めている。
デーティングの概念が日本にも到来するのが先か、私が彼のことを心底惚れ込むのが先か、お互いに抱いている違和感から目を背けられず破局するのが先か。どうなのだろうか。
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