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はじめましての3冊

2022年も残すところあと2ヶ月。今年1年、やり遂げたぞ、と胸を張って誇りたいことがある。だいぶフライング気味だけど、許してほしい。
5月に決まった転職でも、9月に挙げた結婚式のことでもない。それは、日記を毎日書くことが出来たということ。バーチカルタイプの手帳に3行、今日あったことや感じたことを書くだけ。たった3行、されど3行。継続が苦手な私にとっては、「やるじゃん自分」とどこか誇らしい気持ちでいる。
だからこのnoteも、いつか「やるじゃん自分」と思えるように継続していきたい。今日がその第一歩だ。

さて何を書こう、と考えた時に、思い浮かんだのは本だった。私は小説が好きで、よく買い漁っては(夫には置く場所がないと怒られる)読み耽っている。
今日は、初めましての名刺代わりとも呼べる私の大好きな3冊を紹介したい。

悲しみよ、こんにちは

ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう。

フランソワーズ・サガン「悲しみよ、こんにちは」より

1954年に出版されたフランソワーズ・サガンの小説である。当時彼女は18歳という若さなのだから驚きだ。「〇〇歳なのにすごい」とか「〇〇歳だから当たり前」とか、物事をはかる基準に年齢を用いたくはないのだけれど、さすがにこの物語の1行目を読むと「18歳でこの感性はすごい」と思わざるを得ない。
その他に私が心を打たれた文章を紹介したい。

そもそも恋愛について、わたしはほとんど何も知りはしなかった。何回かの待ちあわせ、キス、そして倦怠感のほかには。

フランソワーズ・サガン「悲しみよ、こんにちは」より

私が恋愛について文字で表現しろと言われて、この文章が書けるだろうか。いや、きっと書けない。逆立ちしたって無理だろう。愛の国フランスが、恋や愛について表現するとこうなるのか。
南フランスで過ごすバカンスを描いたこの小説は、じわじわ照りつける太陽の眩しさや、足裏が僅かに沈むほど柔らかい砂浜の感触、そして10代の女の子が恋をすることの衝動的な危うさも丁寧に描いている。私はこの本を毎年夏に読み返す。蒸し蒸しした日本の夏の中で、この小説は私を南フランスの浜辺へと連れて行ってくれる。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

"ぼく"はイギリスに暮らす中学生。母は日本人、父はアイルランド人。多様なルーツを抱えるこの国で見つかる大切なこと。
差別、ジェンダー、貧困、多様性。これらはもう、海を越えた遠い国の話じゃない。
フィクションのような語り口で、でも確かにエッセイであるこの本の中ではドラマティックな展開なんて起こらない。けれど、私たちを取り巻く環境は、いつだって何かを私たちに問いかけていると思わされる。
作中で凄まじいのは、"ぼく"の思考力だ。empathy(エンパシー)ってなんだと思う?empathyについて考える一幕が作中に登場する。ひとまず、辞書を引いてみる。

empathy【名】共感、感情移入◆他人の気持ち・感情を理解すること。

英次郎 on the webより

なるほど、共感すること。この問いに対し、"ぼく"は『他人の靴を履いてみること』という。
靴、というのが秀逸だと私は思う。靴とは、その人の人生の歩みを象徴している。それぞれの人生を歩む靴には、雨粒が染み込み、ぬかるんだ泥がこびりついていることだろう。決して平坦な道を、風の通る美しい野を歩むだけではないのだ。その靴を履いてみる。これがempathyと言わず、なんと言うのだろうか。
ページをめくり、思考を止めない"ぼく"に出会う度、私も思考することを止めたくないと思う。Never stop learning. Be open to the world. だ。

ハリー・ポッターシリーズ

最後の1冊が児童小説?と思われたかもしれない。それでもこの素晴らしい物語を紹介せずして、私は語れない。この物語は、私の世界を変えたのだ。ハリー・ポッターに出会い、この世界に行きたいと当時小学生の私は思った。その為には、英語を喋れる必要がある、とも。
そこから私は、英語にのめり込む……といった生活にはならず、ただ漠然と外国に行きたいなという気持ちで探していた。転機が訪れたのは、高校受験の時だった。
当時の私は本当に浅はかな子どもだった。中学を卒業したら、日本の高校には行かず、アメリカにいる親戚の所へ身を寄せ、現地の高校に通う気満々でいた。そんな私を見ていた両親はもちろん大反対、と思いきや、ひとまずは高校生の為の留学支援センターへ面談に行ってくれたのだ。最終的に「行かせられない」という決断に至り、中学生の私はわんわん泣いたのだけど、今となっては、まず娘の意志を尊重してくれた両親に感謝しかない。そして私は、海外留学制度のある日本の高校を受験することに決めた。
高校2年生の1年間をオーストラリアで過ごし、私の外国に住みたいという夢は叶えられたような気がしていた。大学に入学し、HPにアップされたイギリスへの交換留学の応募を見るまでは。
どうしても諦めきれない。あの、夢の、イギリス。ハリー・ポッターがいた世界。きっと受験勉強よりも熱心に勉強したと思う。学内の掲示板で通知された、合格者の下にある自分の学籍番号を見たときは、本当に嬉しかった。小学生の頃、ハリー・ポッターに出会っていなければ、私はきっとこのnoteを書いていたかすら危うい。

ハリー・ポッターの魅力は語っても語り尽くせない。
敢えて3つ挙げるなら、まず、どの人物も完璧でないところだ。みんな欠点があるから愛おしい。世界を背負って立つハリーなんか、独りよがりも甚だしい。でもきっとそれが人間というもので、どんな魔法を使ったって治せないものだからこそ、一際その人物が輝くのだ。
それから、愛に満ちた物語であるところだ。この世界には、軽く振れば家事が全て片付く魔法の杖も、跨ればどこへだって飛んでいける空飛ぶ箒も存在しない。けれど、どんな魔法にだって打ち勝つことの出来る最強の魔法を私たちは持っていると、ハリー・ポッターは教えてくれる。それは愛だ。愛こそ何者にも打ち破れない強い魔法だと、そして、それはマグルの私たちにも使える唯一の魔法だとハリー・ポッターが教えてくれた。
最後に、物語の持つ無限の可能性。J.K.ローリングは、その頭の中で、丸々1つの世界を創りあげた。私たちは本を開けばいつだって、そこに遊びに行くことが出来る。人は、その気になれば空想で世界を創ることが出来るのだ。そして、時として空想が現実を生きる私たちを救ってくれる。現に私は、これまで幾度となく物語の力に助けられて生きてきた。ハリー・ポッターの文字を追いながら、頭の中の世界は無限に広がることを、私はこの物語から教わった。


名刺代わりの3冊を紹介するだけなのに、結構なボリュームになってしまった。
これからは読んだ本の感想や、思いついた短編なんかを自分のペースで書いていけたらいいなと思う。
またいつかふと振り返った時に、note書くの、結構続けられたんじゃない?と思えるように。

ありがとうございました。


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