トランスジェンダーが改名とホルモン投与したら生活ストレスがなくなった話

はじめまして、ましたです。
FTMと呼ばれる人種です。
トランス歴約15年、ブログやツイッターにトランス過程を色々書いてきました。
現在は、改名・胸オペ・ホルモン投与をして、男性として正社員就業しています。
2020年現在、できることをほとんどした段階に到達したので、
改めてnoteでまとめていこうと思います。

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まずタイトルの通り、今、トランスジェンダー(TG)としての生活はかなり快適な状態だ。

TGの苦労には色々あるが、
私の場合は名前と外見にほとんど集約される。

今に至るまでには、外見が思うように男としてパスしない悩みと、
同時に名前がネックだった。

TGの名前問題は不思議とスルーされている。
フィクションの中性的なキャラとか、まさにGIDを抱えているらしきキャラでも、
名前は何故か都合よく中性的。マコトとかユウとか。
戸籍名変更申し立ての理由には性同一性障害が加わっているが、
世間的にはTGの苦痛の種として「名前」があることはあまり認識されてないんじゃないかという気がする。

私は未ホルでパスしにくいなりに「女らし」くはない風貌をしていたが、
外見性別不詳というのは相手によって男と思われたり女と思われたりする。
どんな外見だろうと、シスジェンダーなら他人の視線に関係なく女性として振る舞えばいいが、
戸籍も身体も女で、パスしたりしなかったりだと、
パスしてると判断できる場面では男として、パスできてないと思えば女として振る舞うのが、私にとっては自衛手段だった。
だがそのために張らなくていい気を張り周囲の反応を探り続け、
不本意に女性として立ち回ったり、バレないかと気にしながら男として振る舞うのは本当に疲れた。

そこに加えて名前だ。
改名する前の私の本名は、「美奈子」のような名前だった。
明子や陽子のように、「子」を取れば男性/中性っぽくなる名前というのがあるが、
美奈子ではどういじっても無理である。

せっかく外見でパスできても、身分証を提示しなければならない時はパスできたことが逆に仇になる。
「あっ女性だったんですねすみません!」なんて反応をされる。
これは本当に死にたくなる。

ネット上のHNしか知らない相手と友達になることも少なくない現代だが、
普段の生活で実名が必要な場面は、多分昔より増えている。
店のポイントカードの会員登録程度でも、場合によっては身分証が求められる。
身分証不要という確証があれば通称名を書けるが、
いつ必要になるかわからないので迂闊なことはできない。
荷物をコンビニ受け取りにしたら、普通は身分証で本人確認をされる。
一人暮らしの部屋を借りるにも身分証や住民票は当然要求される。
最近はバンドのライブに行くにも、本名で申し込み、チケットに名前が印刷され、会場では本人確認をされる。
公立図書館で貸出カードを作るのにさえ、名前を確認できる書類が必要だ。
(ただ、 図書館の登録は、住所と名前が確認できれば水道料金の請求書や郵便はがきでも良いので、通称名で作れる可能性が高い救世主でもある。)

外見と名前の性別が相違していても、自分ほど相手は気にしていないかもしれないが、
自分にはストレスなことは変わらないので、新しい場所に行ったり新しく人と知り合うことに私はずっと消極的だった。
そのために高校卒業からの10年を、精神的引きこもりとして過ごしていた。

改名にまつわる過程は紆余曲折なのでここでは省略するが、

改名して全てが変わった。

改名後の名前は「女性寄り中性」な感じで、
男性の風貌で名乗れば男性として通用する名前だ。
字は違うが男性芸能人にも2、3人いる。
もう名前のせいで女性と思われることはない。

本当に楽だ。

何かに申し込むのも誰かに本名を名乗るのも、
普通の人ってこんなに何も気にせずにできるのか。

大好きなバンドのライブチケットの申し込みページの氏名欄に「本名」を記入するのが苦痛じゃない。
そのチケットを持って、ライブ会場の入口で「本名」の書かれた免許証をスタッフに提示するのが苦痛じゃない。
「美奈子」という名前なのに声は男性並みに低いせいで(ホルモン前から低かった)、
電話口で「失礼ですが美奈子様ご本人でしょうか?」と聞かれて絞り出すように「はい」と答えなくてよくなった。
そもそも本人かと確認されなくなった。

それが当たり前の人生を皆送っていたのか。

ずるい。

そして、FBや往時のmixiのように実名を名乗ることを気軽に推奨する風潮や、
それに平気で乗る人達のことが少しわかった気がした。
何も考えていないのである。
プライバシーという観点以外で、自分の本名を名乗るのが嫌な人間がいるなどと、恐らく想像もしていないのだ。

改名してすぐに、ツタヤのレンタル会員になった。
これも改名するまでずっと我慢していたことだった。
せっかく外見はどっちつかずなのに、「美奈子」という名前で女性という認識を他人に与えるのは、
たとえ一瞬でも、記憶されなくても、嫌だった。

それから2年半ほど経った頃、ホルモン投与を始めた。
改名できれば満足だと思っていて、元々はやるつもりはなかった。
女性と思われたくはないが、男男した外見にはなりたくなかった。
しかし、欲が出るというか、
名前のせいで女と思われるという精神的コストがなくなったのに、
外見のせいで女と思われる(かもしれない)状態は残っていることに疲れてきていた。
結局、中性的という状態は、女性と思われる可能性も引き受けて過ごすことなのだ。
(性自認については別の機会に書きたい。)

病院を探して、エナルモンデポー(男性ホルモン注射)を打ち始めた。

性ホルモンは本当に不思議である。
毎日鏡で見ている自分自身や、しょっちゅう会う人には、外見の些細で連続的な変化はなかなかわからない。
なので自分では特に何も変わった実感がないのに、あれだけパスに苦労していた外見が、
ホルモンを開始してから知り合った人には100%パスするようになった。
今となっては、初対面の人と接するたびに「どっちと思われてるんだろう」と探る「習慣」がすっかり抜けた。
いつ頃からこの習慣が抜けたのか、はっきりとはわからないが、
言葉の端々で、自分が男だと認識されていることを確認できる機会が増えていったように思う。

名前が変わり、男だと思われてるかどうか探らなくて良くなって、
初めて「普通の人」の生活ができるようになったと感じる。

普通の人って、すごい楽だ。

SRSも戸籍変更もしていないので、今後も都度都度不都合は生じるけれど、
通称名の使用実績を集めて戸籍改名するために宅急便の伝票を剥がして保管しておく必要はもうない。
パスできていないから女子トイレに入らざるを得なくて、誰もいないタイミングを見計らう必要はない。
怪しまれないことに逆に傷付きながら女性に混じって並ぶ必要もない。
怪しまれたら怪しまれたで、自ら女性だと証明し、自分で自分を傷付ける必要もない(幸い、私はそういう目には遭ったことがないが)。

そういったことに神経をすり減らして、生きる時間を削らなくていい。

GIDに限らず「障害」と呼ばれるものを抱えている人は、
「普通」の生活をするために有形無形の様々なストレスとコストを毎時毎秒かけて生きている
私は見かけ上「普通の人」に近付き、精神的コストは限りなく減ったが、
それを維持するためには年間十万円単位の金額を十割負担で払ってホルモン投与を受け続ける必要がある。

自分の名前をいつでも気楽に名乗って、
自分の思う性別として振る舞い、周りにもそう扱われる、
そんな「普通」を手に入れるために費やした時間と精神的疲労(とお金)は、
初期状態が「そう」な人達なら、その「普通」の上に積み重ねていろんな体験をするために使えたもののはずだ。
私は、10代の終わりから大学を出て数年後まで、20代の全てを、
新しい場所で新しい人に出会うことに使えなかった。

その分「普通」の人達がしなかった、できなかった、する必要がなかった経験を私は沢山したけれど、
それは徴兵された人がジャングルの奥地でマラリアに苦しみながら食べられる虫を見分ける知識を身につけるようなもので、
経験として活かせるかもしれないが、別に望んだものではないし、
したければ平和な時にキャンプ場で図鑑を見ながらできるようなものだ。

不公平だ。
改名やホルモンをする前からそう思っていたけれど、
自分が実際諸々の面倒から解き放たれてから改めて現在と過去を比べると、
ひどくそのことを実感する。

とはいえ今は快適だ。
10年前、いや5年前ですら、自分がこんなに何も気にせずに生活できるようになるなんて想像もしていなかった。

だが、暗い部屋で金八先生の鶴本直を見て泣いていた頃のことは、
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思い悩むあまり知恵袋に相談を書き込んでは、ついた回答に一喜一憂していた頃のことは、
忘れないでいようと思う。
それは今苦しんでいる人に無神経な言葉をかけないために必要なことだろうから。

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