紙と裂が織り合わさって一枚の布に。
独自にコラージュした和紙と大島紬の緯糸(よこいと)をあしらった帯が織り上がってきました。
白色の経糸と、黒色の経糸をそれぞれ掛けた機の2台をメインに動かしており、それぞれの帯がようやく手元に届いたのでご報告です。
下のような、和紙に和紙を貼り重ねて、3ミリ幅に裁断した引箔をよこいとに、アクセントとして織り込んでいるものです。
こちらの制作過程については、前回と前々回の記事をご覧ください。
まずは、白の経糸がかかった機で織ったもの。
「古事記ちらし」の引箔と「大島紬」が緯糸になっています。
夏物の帯として締めてもらえるように、透け感のある風合いと軽さを工夫した織り方をあしらっています。
一方で、こちらは黒の経糸が通った機で織ったもの。
揉み和紙に漆(うるし)を頒布して裁断したものと、「古事記ちらし」と「謡本」を裁断したものを緯糸のアクセントにしています。
こちらの帯も、白経の帯と同じように夏の帯として、軽い風合いの織組織を地紋にあしらいました。
紙のよこ糸、裂のよこ糸もただの薄っぺらいモノだったのに、
経糸を通り織り合わさることで、一枚の布へと昇華し、帯として生まれ変わりました。
写真ではわかりづらいのですが、漆の引箔は、ほんの数本入っているだけなのに、まるで皮革のような存在感を放っています。
写真の、上から数えて二列目が漆の箔です。
もちろんのことながら薄く厚みを削った皮革も、引箔として緯糸に使うこともできるのですが…。
印象として重厚感を持ち合わせながら、紙素材に漆を頒布しただけというこのシンプルさ。
そして、この「紙」という素材の軽さが、今の時代のキーワードである
「サスティナブル」「持続可能性」にそぐわしいものであるように感じています。
〇〇◎◎◎◎●●●○
そもそもの話なのですが、和装が構造的に内包している形そのものが、とてもサスティナブルなものだと、常々感じています。
それは、どういうことかというと、
ある人のために、着物を仕立てるとします。
着尺の布(帯よりも少し広くて、約38センチ巾で織り上がる布)を手で縫い、『ある人』の寸法で着物に仕立てて、数年着ることができます。
『ある人』は、少し歳を重ねたので、布の色や体型と合わなくなってきました。
そうすると、着物を全部ほどいてしまい、約38センチ幅の数枚の布に分解してしまいます。
そこで汚れをきれいに落とし、もう一度『ある人』の、今の顔色に合う色へ染め変えることができます。
お絹は堅牢度が低く、染め色が落ちやすい一方で、何度も色を重ねて染め変えることができるのです。
そして、染め変えられた反物は、『ある人』の今の体型に沿った形で仕立て直しをします。
そうすれば、古くなったはずの着物は甦って、『ある人』にまた寄り沿い続けることができます。
一枚の着物は、そのようなサイクルを伴って、『ある人』だけでなく『次の人』に受け継がれていくこともあるのです。
もちろんのことながら、着物という形だけでなく、洋服や巾着などの小物などへと形を変えることもあるでしょう。
このようにして、おきぬ(お絹)は一枚の布から、何度もの再生を果たして受け継がれます。このような、持続可能性をもつ和装の文化もまた、次の時代へ受け継がれていくことを願うばかりです。
古いお絹を使った着物でも、モダンな帯を合わせるだけで、すっと今の時代に溶け込むものになります。
私たちのように帯を作る人間は、
これまで引き継がれてきた「良いもの」を守り作り続けていく一方で、
新しく再生した着物を今の時代の感性に沿わせるという役割を果たすべきなのではないかと考えているこの頃です。
フランスからスペインに抜けて進む、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼旅へいつか出たいと思っています。いただいたサポートは旅の足しにさせていただきます。何か響くものがありましたらサポートお願いします♪