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ジャーキー哀歌~余命3か月の犬と私~

春散歩

おじいさん そこのけそこのけ おいぬが通る
「おー、はやい、はやい!」
そうです、おじいさん
こちとら余命三ヶ月
疾風の如く!
短い脚で!
転げるように!
踊る!
弾ける!
走る!走る!走る!
さぁどいた、どいた
おいぬが通りますよ

昼寝

ひなたぼっこ お昼寝
お気に入りの窓辺
ふたり まるまってお昼寝
お気に入りの時間
目を開ければ 君の寝顔
君の寝息 僕の安堵
ふくらむ しぼむ
しぼむ ふくらむ
ねぇ 病気ってほんとう?
ふくらむ しぼむ
しぼむ ふくらむ
何度でも 繰り返そう
いつまでも こうしていよう

待ち侘びるもの

家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
ただいま
待っていたね
シッポ飛んでっちゃうよ
はいはい、ジャーキーね
待って、待って
手を洗わなきゃ
飛びついたら痛いよ
はいはい、ジャーキーよ
待って、待って
一口サイズに千切らなきゃ
そんなにちょうだいして
ひっくり返っちゃうよ
家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
待っているかな
何しているかな
いつものところにお座りして
待っているかな
それとも眠っているかな
鍵が開いたら
跳び起きるんだろうな
はいはい、ただいま
ジャーキー ジャーキー
そんなに嬉しいの?
先生がね、好きなだけ食べていいってさ
家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
待っているから
帰ってくるのを
待っているから
何時間でも
待っているから

急いで帰るから
待っていて
扉を開けたら
待っていて
いつもみたいに
待っていて

破裂

あげたことのない叫び
聞いたことのない悲鳴
小さな体は蝕まれ
病は五臓へ浸潤し
堪えきれずに破裂した
ぼんやりと虚空を眺む
焦点を失くした目には
あの魔王が映っているだろうか
けれども君はシューベルトを知らない
連れて行かせない
帰っておいで、ここへ
名前を呼ぶ
何度も
何度も
尻尾の付け根を撫でると
微かに振れた
円らな眼差しに光が還った

ぜんぶぜんぶ

かわいいね
お目目まっくろでかわいいね
かわいいね
お耳ぴこんて動くのかわいいね
かわいいね
お鼻がボタンみたい
かわいいね
まあるい頭 かわいいね
おてて かわいい
柔らかい毛
お腹あったかい
ふくらはぎ
おしり
しっぽ
足の付け根のしみ
しみがたくさん
ちいさな呼吸
おおきな鼓動
匂い
目やに
鼻水
かわいい
かわいい
かわいい

おさがり

君が使ってるそのタオル
ぜんぶ ひらがなで 私の名前
ママがマジックで書いてくれたの
幼稚園のプールの日に持って行ったの
なんでこんなの取っておいたんだろうね
なんでいまごろになって使ってるんだろうね
私と君のママ

母の献身

焦げ付く太陽が
そのこを射さぬよう
日の出より早く
母は散歩に出る
歩けなくなった犬を
抱っこひもに入れて
降っても晴れても
来る日も来る日も
薄暗がりの朝もやに
初老の女とくたびれた犬
首すら立たなくなったなら
大切にそぅっと抱いて
降っても晴れても
来る日も来る日も
献身を積み上げたその先に
喪失の悲しみが増そうとも

母が話しかけるのを聞いた
もう少し一緒にいてくれるの?ありがとうね

生きている

腹が小刻みに上下する
弱音を吐かず
不満を漏らさず
愚痴もこぼさず
ただただ静かに横たわる
小さな命を奮い立たせて
生きている
呼吸するたび消耗しながら
生きている

綱引

時折
彼方と此方を行き来する
開始を知らせる
瞳の白濁
かえってこい
かえってこい
このこをかえして
見えぬ力と綱引する
渡さない
名前を呼び
背中を摩る
渡さない
漆黒の艶が戻る
まだ
かえさない

しあわせのうた

私は大の字
小脇には ぺしゃんこの犬
どこかで山鳩の声
遠慮がちな風に
耳の産毛がさわさわ揺れる
小さな菩薩さまが微睡んで
細めた目が笑っている
気持ちよさそうだねぇ
もうすぐ秋だねぇ
総理大臣が替わるんだって
銀鱈の煮つけが食べたいな
巨人のマジック点灯はいつかな
シャンプーの残りが少ないんだった
まぁいいか
いまは もう ぜんぶいいや
しあわせだねぇ
生きているねぇ
ふたり いっしょだねぇ

白い舌

ふと目を覚ますと
暗闇に
黒く潤んだ目
私の鼻先で佇んでいる
どうしたの?
こっち見てたの?
呼んでいたの?
気がつかなくってごめんね
オシッコしたの?
オムツを替える?
お水飲みたい?
濡らした手を近づける
真っ白な舌が
やさしく
ちからなく
手に触れる
懸命に、何度も触れる
あぁごめんね、喉が乾いていたね
首を支え
水の入った皿を近づける
もう掬えない
濡らした舌から水滴を運ぶ
もうこれしか体に入らない
もうこれしか生きられない
だいじょうぶ
だいじょうぶだよ
ちゃんとそばにいるから

雨の朝

もう、引き留めてはならない
溺れもがく
息ができない
行かせてやらねばならない
雨音が責め立てる
名を呼ぶことを憚って
ただ、ただ、撫でる
苦しみから解かれんことを
痛みから放たれんことを
祈りなど
何の救いになろうか
いかにこの手が無力でも
私はただ、ただ、撫でる
いいこ、いいこ、よくがんばったね
ここにいるよ
そばにいるよ
またいつか、いっしょに遊ぼうね
雨は止んだ

可愛い亡骸

こうやって ふたりで寝転がったらさ
昨日とおんなじみたい
お腹 あったかい
寝息 聞こえるかな
おめめぱちくりするかな
ふんって鼻息飛ばすかな
お水飲みたい?
ジャーキー食べる?
おそと見る?
おそと晴れたよ
いいお天気
ふわふわだね
やわらかいね
ここ、気持ちいいでしょう
ここ、撫でられるの好きでしょう
おててが少し、硬くなったね
おてて触ってもいやがらないの
お鼻の先っちょ 触っても怒らないの
へんだね
へんなの
かわいいね
お耳 くさいくさい いいにおい
かわいい におい
まだ ここにいるよね
ここにいるよね
かわいい かわいい うちのこ
ずっと ずっと うちのこ

おかしなこと

主を失くした容れものは
支えがなければ
ばらんばらん
重力の欲しがるままに
手も脚も首も
ばらんばらん
漏れ出た糞尿を
きれいに洗う
押し出す力もなかったのに
力が抜けたら出てくるなんて
おかしなことだね 生きるって

ジャーキ哀歌

散りばめられた
お花 お花 お花
食べきれなかった
ジャーキー たくさん たくさん
おさんぽのリードも
いっしょにね
大好きが いっぱい
うれしいね
さいごに もう一度
おでこに 顔を 押しつける
ひんやり おでこ
ひんやり お耳
さよなら さよなら さよなら

帰らぬもの

家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
ただいま
待っていたね
シッポ飛んでっちゃうよ
はいはい、ジャーキーね
待って、待って
手を洗わなきゃ
飛びついたら痛いよ
はいはい、ジャーキーよ
待って、待って
一口サイズに千切らなきゃ
そんなにちょうだいして
ひっくり返っちゃうよ
家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
待っているかな
何しているかな
いつものところにお座りして
待っているかな
それとも眠っているかな
鍵が開いたら
跳び起きるんだろうな
はいはい、ただいま
ジャーキー ジャーキー
私じゃなくて
ジャーキーを待っていたのかい?
家に帰ったら
まずは君の顔を見なくちゃ
待っているから
帰ってくるのを
待っているから
いつまででも
待っているから

帰っておいで
待っているから
帰っておいで
待っている

伽藍堂

名前のない隙間に
君が詰まって居た
この部屋はこんなに静かで
私の手はこんなに孤独で
フローリングは伽藍堂
爪がぶつかる軽い調べも
退屈そうな温もりも
いまはひっそり伽藍堂
君のいない瞬間を
ひとつひとつ思い知る
君がそこに居たことを
ひとつひとつ思い出す

いっしょに遊ぼ

ねぇ 遊んでるの?
近づけば 逃げる
追わねば 近づく
ねぇ 楽しいの?
近づけば 逃げる
追いかけないよ
なんちゃって!
逃げる 逃げる
振り向いて
見てる
また 近づく
捕まえちゃうぞ!
ねぇ 楽しいね
遊ぼ 遊ぼ 一緒に遊ぼ

いじわる

つまんない!
つまんないよ
いてくれなくちゃ
いじわるさせて
鼻の頭とか
後ろの足とか
なでなでして
いやがられたい
頭に口を押し当てて
息をふうっと吹きかけて
怒られたい
唸られたい
煙たそうな顔で
鬱陶しそうな目で
よっこらしょって
遠ざけられて
すぐさま追いかけて
捕まえて
抱きしめて
大好き
大好き
ってさせてほしい
つまんない
つまんないよ

彼岸花

消えた鼓動に 赤を灯して
もいちど鳴らせ もいちど鳴らせ
冷えた躰に 赤を滾らせ
もいちど廻れ もいちど廻れ
燃ゆる花弁を 血潮に変えて
もいちど赤に もいちど赤に
彼岸のほとり 君の足跡
一人眺める 斜陽の臥床

あれ?
ああ ちがうか
そんなわけないもの
君はもう いないんだ

さみしがりたち

壁が 床が 電球が
さみしいって 言ってる
君がいないって 言ってる
誰よりこの部屋にいた
あのこがいないって
お留守番してたあのこがいないって
さみしいね さみしいね
うろうろしたり
くるくるしたり
寝息を立てたり
この部屋にいたあのこがいないって
泣いてる
泣いている
この家はみんな優しい
声を殺して
泣いている

ふたりはなかよし

私の不機嫌
君の怪訝
君の気まぐれ
私の食らう 肩透かし
私のただいま
君のおかえり
君が零す
私が掬う
私の歌
君のダンス
ふたりは仲良し
ふたりはなかよし

おふとん

ふたり丸まって眠ったお布団
君が残した毛とにおい
手繰り寄せて集めたら
夢で会えるかな
触りたいな
遊びたいな
笑ってくれるかな
喜んでくれるかな
いつもみたいに
いつもみたいに
いつもみたいに!
傍に居てくれるかな
隣りで眠ってくれるかな
背中向けてさ
お尻くっつけてさ
一緒に眠ろう
いつもみたいに
一緒に眠ろう

九月

九月は嫌い
今年も一つ、歳をとり
暑さに溶けて呆けていたのに
隙をついては冷えてゆく
実りなど
思い当る節もなく
枯れゆく準備を急かされる
暮れては憂さを募らせて
睨んだ月の無機質に
いくら嫌えど果敢ないことと
今年も一つ、諦めを知る

かくれんぼ

呼んでも来ないのは
どこかに隠れているからでしょう
ベッドのなかに潜り込んで
聴こえているくせに
毛布を剥いだら
しっぽを振って転がっているんでしょう
見つかるのを待っているんでしょう
ほうら、みっけ
ほうら、みっけ

衣替え

引っ張り出した長袖シャツに
黄金色の毛がひとつ
潜り込んだな?
だいじょうぶだよ
気丈にやってる
時々は 笑ったりもしてる
首をかしげて
真っ直ぐ見てる
やがては伏せて
上目遣い
敵わないな
その顔はずるい
ほんとうだよ
だいじょうぶだよ
季節は巡る
容赦なく
次は冬のセーターだ
その時までには もっと笑おう

あとがき

元気がなさそうにしている日が何日か続きました。4月の下旬、病院に連れて行き、次の週に脾臓摘出の手術をしました。手術の日の朝に病院に連れて行き、家に帰ると、家のなかが静かで何とも言えず寂しいものでした。こんな日が入院している数日間は続くのかと思うと、早く帰ってきてほしいと思ったのものです。

ところが手術の翌日には退院しました。病院にいると、水も飲まないしオシッコもしないというのです。少しなら今日から散歩もさせてよいとのことで、想定外の出来事に困惑しつつも喜んで連れて帰りました。エリザベスカラーが不満そうでしたが、昨日お腹を切って臓器を抜いたとは思えないくらい、元気でした。

脾臓に腫瘍ができた場合、2/3は悪性腫瘍だといいます。さらにそのうちの2/3が血管肉腫だといいます。摘出した脾臓を病理検査に出し、結果が分かるのは一週間後でした。

そして結果、やはり脾臓の腫瘍は悪性で、血管肉腫でした。

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