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番外*人は人に元気をもらう証拠

亡父の記事を書いていたせいか、
暑いせいか、メラメラと燃え上がるように、思い出したことがある。

根性がない私は競争心や向上心は、ほぼ皆無なのだけれど、
いい大人になって、ある男性と張り合いつづけたことがある。

それは電話でのやりとり。

男性のイメージというと、
年下=子供っぽい人、
年上=心が広くて、常識もあって、という感じ。

それに「頭がいい」「仕事もできる」と加われば、
プラスのイメージが大きくなるが、
現実には、そんな夢のような人ばかりではないことは経験済み。

それでも取引先のその人は、その肩書や仕事内容からは、
回りの方々よりも抜きんでて頭がいいと思われた。

やや低温の声は、口調もおだやか。

そのお姿は一度も見たことはなかったけれど。

難しいことは頼りになる方だけれど、
簡単な、単純な事柄はどうも頭に残らないらしい。

つまり、仕事上の急ぎの電話で、
簡単なことを伝えても、忘れられる頻度が、
抜きんでて、恐ろしく高いのだ。

とても簡単なこと。

その営業所には、事務方の女性がおふたりいらして、
どちらも電話が忙しかったり、席をはずしていると、
このXさんが電話を受けることが多い。

気持ちはバツさんと読みたいが、バツではなくエックスさんとする。

Xさんはいつも落ち着いた声色で、
何事にも動じないタイプとお見受けした。

事務方のAさん、Bさんは優しくて電話の受け答えも明るくて丁寧。

だけどある時気づいたのだ。

Xさんに伝えてもスルーされてることが多い。

いったいなぜ?

問い合わせをすると「申し訳ありません」と謝るのは、
大抵Aさんか、Bさんなので、どこかの何かがすっきりしない。

もしや、私が電話をかけ忘れただろうか、
そうだろうか、どうだろうか・・・(エコー)。

思い余って、Xさんの会社のチャラい営業さんに尋ねたことがある。

彼は慣れているかのように、はっきりと快活に答えた。

「申し訳ございません。忘れっぽいんですよ。
その分私がフォローするので勘弁してください」

いや、仕事なのでそういう問題ではないと思う。

一度、その認識が肯定されると、私の口が閉めきれなくなってしまう。

問題が明るみにされたことで、徐々に、取引先含め、
私がXさんに対する人物像は、社内外の共通認識だと知ることになる。

チャラい営業さんが来るたびに、Xさんの告げ口をする。

そのたびにチャラい営業さんが謝る。

私を慰めるつもりなのか、
「先日は〇〇の社長さんに、陰に連れて行かれて、
Xは病院に連れて行った方がいいんじゃないか?と真剣に言われました」
と、苦々しさを込めた演技で、さも重々しそうに語る。

こちらの方が真剣に苦々しくなっているというのに。

それでも会社は、Xさんの能力と資格がぜひ必要なので、
チャラい営業さんの言葉には真剣味がなく、笑い話に付き合うほかはない。

「電話に出ないで欲しいと思う。先日はXさんが電話を取ったので、
Aさんに変わって下さいってわざと言いましたよ」

「はい。それでいいです。避けてください」

「Aさんは電話中だというので、じゃあBさんお願いします、と言ったら、
席をはずしてるというので、それならまたかけ直しますと伝えたんだけど」

「はい、それが正解です」

「普通なら、こちらから掛け直しますとか、伝言で良ければ承ります、
とかいうのに、Xさんは絶対そんなこと言わない!それに傷つかない!」

「はいはい、そうです!そういう男です!」

「しかも電話を受けても絶対復唱しない!]

「はいはいはい、みんなにそうなんです!」

「Xさんのことを考えると、
この先、更年期なんて絶対来ないだろうという位、
体中の血の巡りが良好になるんだけど!」

性格はチャラいが、見た目正統派ハンサムの営業さんは、
「うちのXのことは好きなように活用していただけると嬉しいです」
と、真面目な顔で平謝りになる。

まるで、私が性格が悪くて、いじめてるみたいではないか。

しかし、燃える理由の一番は、伝言をしょっちゅう忘れるとか、
復唱しないとか、空気を読まないとかではなく、
こちらより先に電話を切ってしまうことだった。

普通に考えて「分かりました。どうもありがとうございます」と、
Xさんがいう立場なので、こちらが電話を切ったのを確かめて、
Xさんが受話器を置くべきでしょう?

絶対、どこの会社のアドバイスも、家庭の躾もそうでしょう?

Xさんは、その動作が素早すぎることも大きな問題だ。

毎回耳に響き渡る、遠慮のないガチャッという音にいらつく。

そのため、どうしてもAさんもBさんもいなくて、
急ぎのためXさんに伝えるしかなかった時に、
彼の物忘れが100%ではないことに望みをかけて
フラットな心で、明瞭な発音と、わざとらしいゆったりリズムで、
用件を話すが、その受話器を置くまで気を緩めない。

復唱しないことはすでに分かってるので、
こちらが言いたいことを言って、
Xさんの「はい、分かりました」の返事を待って、
「よろしくお願いします!」と言ったあと、間髪おかず、即効電話を切る。

「・・・勝った!」

私の、勝利の喜びのため息を聞いて、上司は時々大笑いする。

勝負のはじまりは、私の声色で分かるので、
たまに煙草に火をつけて、その耳を澄ましているのでさらに緊張する。

「会うと彼はいい人なんだがなあ」と、煙草をくゆらしたまま、
のんびりと苦笑しながら宥めてくれる。

しかしXさんがいい人だと分かったら、
数々の、電話口での非礼を許さなければならないので、
絶対顔を見る気にはなれなかった。

私の数少ない、競争意識にかられた思い出の男性だ。

人と交わると言うことは、時として思いがけない元気をもらう。


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