見出し画像

【原書講読感想】『ムーミン谷の仲間たち』「目に見えない子(Berättelsen om det osynliga barnet)」②:「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」(リトルミイ)


「目に見えない子」原書講読の感想2回目です。今回はミイの台詞について書きます。

↓原書講読の感想1回目はこちら(足と鼻の表現について書いています)

書く予定を立ててはいなかったのですが、Instagramでムーミンカフェの投稿を見ていた時に、「目に見えない子」の中のミイの台詞を見つけて思い立ちました。「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」という台詞はすごく見いっぽい!と思います。

日本語訳の変化と英語訳のこと

※ムーミンカフェの写真での記載は「~いいことよ」ですが、『ムーミン谷の仲間たち』(講談社、2020)では「~いいことよ」となっています。

原書講読の時に日本語訳も合わせて読んだのですが、この台詞に見覚えがなく、古い版を見てみました。講談社文庫では、「いちばんいいことを希望して、いちばんわるいことがおこってもおどろくなってさ」となっています。英語訳ではこの箇所が「Hope for the best and prepare for the worst.」(備えあれば患いなし)になっているので、古い訳は英語訳を参照したのだと思います

スウェーデン語の原文は、「Det är alltid bra att leva i hoppet.」です。新版では原文に沿った表現に修正されたようです(Google翻訳:It is always good to live in hope.)。

補足しておくと、ムーミンの訳はずっとほぼ初出のままでしたが2019-2020年に元の訳を底本として編集された「新版」が出ました。

ミイのいたずらの話をするムーミンパパ&ママに対する発言

英訳が「備えあれば患いなし」となるのは、一見どういうわけかわかりませんが、文脈を見るとわかります。「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」の台詞を切り取るとなんだかとてもいいことを言っているのですが、これはミイが自分のいたずらに対して話している台詞です

「目に見えない子」では、ムーミンたちがベランダで収穫したきのこの土を取り除く作業をします。この場面に出てくるのが、件の台詞です。

「ミイったら、またベニタケを取ったね。去年はテングタケを取ったっけな」
ムーミンパパがいうと、ムーミンママもつづけました。
「来年の秋は、アンズタケあたりであってほしいわね。でなけりゃ、すくなくともそれほど、毒でないのをさ」
「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」
こういってちびのミイは、くすくす笑いました。
みんなは、おだやかな静けさの中で、手を動かしつづけました。
『新版 ムーミン谷の仲間たち』p.150

食べられない、あるいは判断の難しいきのこを採ってきたことを悪く言わないムーミンパパとムーミンママの会話に、皮肉っぽいコメントを添えるところがミイらしいと感じます。ちょっと意地の悪い発言に特に返事もせずにもくもくと作業を続けるパパとママはを見ると、ミイのいたずらの扱い方に慣れていて、親しい関係性なのだなと思います。

英訳が「備えあれば患いなし」になったのは、「毒きのこを採るかもしれないと覚えておいた方がいいよ」という意味をこめたからかもしれません。それはそれで皮肉ですが、「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」のほうが皮肉感が強めで私は好きです。

きのこの話

この場面には、たくさんきのこの名前が出ています。ミイが今年採ってきたベニタケ(pepperriska)は塩漬けにして食べるきのこだそうです(あまりおいしくない?)。Wikipediaによれば、「毒々しい色調のために、古くは毒きのこの代表格のように扱われてきていたが、すべてが有毒であるわけではない。ただし、辛味や苦味が強いものが含まれ、そうでないものも一般に歯切れが悪いために、食用きのことして広く利用されるものは少ない。」のだそうで、種類が多くて食べていいかどうか見極めが難しそうです。

ミイが去年採ったテングタケ(flugsvamp)は毒きのこですね(汗)。

ムーミンママが来年に期待しているアンズタケ(kantarell)は黄色いきのこです。映画『かもめ食堂』でスーツケースいっぱいに詰められていたきのこはアンズタケだと思います、たぶん…。またWikipediaの力を借りますと、「アンズのような香りとコショウのようなピリッとした味で、鶏卵、カレー、鶏肉、豚肉、仔牛肉などと良く合い、ピザのトッピングやシチュー、マリネ、フライ、クレープの具などに用いられる。伝統的には鹿肉と合わせて食べられる。他にもアンズタケシャーベットなどのデザートにされることも多々ある。」とのことで、さまざまな食べ方があるようです。

ムーミンママが「毒でないの」と言っているのは、原文では「vinkremla」というきのこの名前が挙げられています。学名は「Russula vinosa」、ベニタケの一種で、和名はないようです。スウェーデン語のきのこ解説サイトを見つけました。説明を見ると、味はマイルド(mild)、若いときはシャープ(skarp)ということですが、きのこの味の説明って難しいです。「skarp」を調べてみると、においや味が強い(きつい)ことを表すそうです。…よくわからないので食べてみたいです!

きのこを調べるのに結構時間がかかりました。(きのこ食べたい…。)

おわりに

「いつも希望を胸に生きるって、いいことよね」は、いたずら好きのミイらしい皮肉っぽい台詞です。

ムーミンの中に出てくる台詞は、台詞だけですごく際立つものがたくさんあります。名言を読者が頭の中なかで膨らませて大事にすることも素敵なことですが、物語の文脈にとっての台詞の意味やニュアンスを考えてみることもまた楽しいことです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?