おひねりは種籾 (前編)

足皮すすむ(2024年)

〜はじめに〜
この世界には、何かひとつの事柄に突出した才能を持った人間が一定数存在する。音楽や絵、スポーツや暗算など、その傾向は多岐に渡る。
そんなあらゆる才能の中でも"脱獄"ときいたら読者の皆さんは何を思うだろうか。
褒められたものではない、何の役にも立ちやしない、犯罪者を擁護し持ち上げる必要なんてない…。ええ、わかりますとも。私だってそう思います。
しかしながら今回この本を執筆する場合は別です。多くの場合本というのはエンタメの側面を持っています。脱獄と、エンタメ。何か思い浮かびませんか?
その通り。本書は脱獄の実話をエンタメに落とし込み、ドキュメンタリーとして執筆いたしました。でも安心してください。彼が最後に脱獄してからはもう時効が成立してますし、彼に関わった被害者と彼との間に和解も成立しています。
今はただ、彼の驚くべき脱獄劇をひとつのエンタメとして見てみようではありませんか。
さあ、このページをめくって見てください。あなたを"没頭"という脱獄不可能な監獄に終身刑として収監してみせましょう。
足皮すすむ・2024年



『おひねりは種籾』

1962年から1990年初頭までの間、あらゆる刑務所をいっさいの痕跡をも残さず脱獄してきた男をご存知だろうか。
日本中のどんな重警備刑務所に入れても数日〜数年すれば跡形もなく消えてしまう、そんな彼を人は「脱獄王」「檻越えの忍」「墓石なき霊」「実態なき概念」「ギョウ虫」「ケムリンチョ」「もっさん」「あいつ」「例のクソ」「あれ」と呼ぶ。
彼の名は便沼〆々(べんぬましめしめ)。各地方の重警備刑務所をなんの痕跡も残さずに脱獄した天才脱獄マンである。
今回私は便沼に関して、警察関係者・刑務所の職員・自衛隊に属する様々な方々にお話を伺う事ができた。
それら情報を便沼の生い立ちからその生涯を時系列に沿って整理し執筆したので、ここまで立ち読みをした人はぜひお会計をして自宅で読破してほしい。結局のところ私は印税が欲しいのだ。

一、便沼家のなりたち
1930年代初頭。邪魔亡死県の山間に位置する小さな集落に、便沼将々(べんぬままさまさ)という男がいた。将々は大変頭の切れる男である上に幼少の頃に経験した貧困の反復で金銭に対する大きな執着があり、稲作や農具の作成・販売にはじまり、道の整備や植木・伐採、ガンプラの転売やゲーム実況動画投稿による広告収入、"いただき男子"と銘打って集落の女性から金銭を巻き上げる事により、莫大な富を手に入れたという。
だので将々はそれはそれは大きな屋敷、それも集落の役場よりも大きな建物に居を構えたそうな。
先に書き記した"いただき男子"というのは、彼の魅力あっての功績でもある。事実将々は端正な顔立ちに惹きつけられる話術を持ち合わせ、また女性にだらしない一面もあるプレイボーイそのものだった。なので集落の女性は大金をはたいてでも将々をかれぴっぴにしたいと、ヨダレを垂らし大股を開きながら願った。
そしてその中のひとり、国籍不詳の女性モチョヴェ・工リ力・グァーオガディチン・YY・ウンポ氏(以下ウンポ)が将々の妻となった。
ウンポもまた非常に頭の良い女性で、留学をするために母国を出てきたものの、渡海中に船が沈没し日本の海岸に打ち上げられてしまい、たまたま近くに漂着していたセグウェイの上に乗り気絶したままずっと走り続け挙げ句の果てにこの集落に運ばれ辿り着いていたという。
かくして便沼将々と便沼ウンポは集落一番の豪邸に住み、何不自由なく幸せな生活を送っていた。
そしてその幸せにさらに拍車をかけたのは便沼家に長男が産まれたことだ。だが全てが上手くいくはずもなく、誰もが経験しているように彼らも、子供の名前を決める際にある程度は揉めたらしい。
「俺はやっぱり男らしい名前がいいな。力々(ちからぢから)なんてどうだ。」
「そんな、ヒョロガリひ弱が産まれたらどうするのよ。それに読みにくいわ。当たり障りないものがいいわね。例えば漢字の"〆"なんて、なんか妙に意味合いがあるようでない…いいじゃないのよ。」
「そんなシグネイチャーのような形の漢字はなあ…かっこいい印象の名前がいいな。剛とか鋼とかカブトムシとかドラゴンとかヘヴンズドアとか…いや待てよ、おいどんの名前に入ってる々←この文字の形かっこよくねえべか?角ばった所に男らしさを感じるでごわすし、お前のニーズでもある意味合いか無いという意味でもクリアしているではないかザマス。」
「それなら〆々はどう?しめしめ!これならオスでもメスでも成立するわ!」
「それだ!!」
こうしてのちの脱獄王となるお腹の赤ちゃんは〆々と名付けられた。

二、ヤンチャな優等生
〆々は両親の頭の良さと人を出し抜く狡猾さを見事に遺伝子に受け継いで生まれ育った。
まさに「元気印」というべきわんぱくさと、いかなる時でさえ人を出し抜く事に重きを置く思考、そしてそれを即座に実行する卑怯さと狡猾さ、そして賢さーーー。
同い年の子供に比べると頭が良すぎるせいで少し変わっている、そんな印象を受ける〆々だったが、幸いにも友人や先生に恵まれたおかげで、むしろ彼の変わったキャラクターは皆のムードメーカーともいえる存在であった。
そして〆々が中学生に上がる頃、世間を震撼させたとある大きな脱獄事件が起きる。ご存知ましゅまろ事件である。
犯人である越助兵衛(えちすけべえ)が、後略プロフィールの運営元サーバにサイバーテロを起こして終身刑をくらったのだが、なんと一晩のうちに房から姿が消えてしまったというのだ。
その事件に興味を持った〆々は、父親とこんな会話をしている。
「お父様、助兵衛はどのようにして監獄を出たのですか?」
「それはな、とても頭がいいからなんだ。」
「とても頭がいいと、監獄から出られるのですか?」
「頭が悪いと監獄からは出られん。」
「頭がいい事は、悪いことでもあるんですね。」
「しっかり勉強なさい。」
「はい、お父様。」
〆々は父に言われたとおり勉強に精を出した。
しかし〆々が15歳の時に将々がかゆみによりこの世を去った事が、〆々のその後の人生を大きく変える事となる。
ましゅまろ事件に相変わらず興味を示していた〆々だが、厳しかった父の死によりグレて外で悪さをするようになる。チャリでの右側通行や歩きスマホ、三郎系ラーメン屋でのフライングコールなど、非常に素行の悪い青年となってしまった。
母のウンポは将々の莫大な遺産を持って蒸発しており、それがさらに〆々を縛るもののいない状態を作り上げてしまっていた。
しかしながら不思議な事に、〆々は学業では常にトップの成績をおさめており、不良と優等生の両の側面を持つ非常にユニークな青年でもあった。そんなもんだから〆々の先生も〆々の悪行を見て見ぬふりをし、半ば放置状態にあった。
すると悪知恵を働かせてしまうのが思春期。〆々はさらに悪事に手を染めていき、しかもそれは段々とスケールが大きくなっていったーーー。

三、ポーツマスちんどんヲ
20歳になった〆々は相変わらず賢くそれでいて悪く、また父親に似て端正な顔立ちでありながら都会っ子なのに野菜に詳しく、餅をわざと喉に詰まらせ喉仏でつき直して柔らかくし飲み込む荒技を披露したが、披露した場所が平日のジャスコだったのであまり注目されず、まあとにかくそんな男になっていた。
〆々は悪行に悪行を重ねているうちに不良仲間もでき常にそれらの不良グループとつるんでいた。そんなある日ーーー。
不良グループのひとり、〆々の先輩でもある百瀬マヌ男が便沼に言う。
「おい便沼、お前あそこに見えるか?いいだろう、あの操作をしでかしても、お前にだけは揺らがん。よしやってみろ、拳がテーマだ。もちろんそうとも限らない。お?!?!あのようだな。」
「へへっそんなもんチョロいもんだぜ」
便沼は百瀬の言う通りにした。しかし。
「そこのキミ、止まりなさい。いや心臓は動いてていいが、自ら止められる部分に関しては意識して止めてみなさい。」
警察の原澤ワイファイじゅんぺえ氏がガトリング砲を〆々の脳天に向けて構えながら〆々を止めた。
「お前、警察そうだな。おれをどうしようってんだ。」
「逮捕だ。」
こうして〆々は都内でも有数の重警備刑務所であるエビフライ刑務所に収監されようとしていた。
しかし護送車の中で〆々は既に、脱出できないか目論んでいた。
「すみません、どうにかして脱出したいのですがなんとかなりませんかね。」
「バカお前は今護送されてんだ。何のために護送されてるかわかるか?お前は収監される。送りつけてるのさ器用にもな。」
「げげ、そんなあ。。。」
「落ち着いてろ!紙吹雪で死ぬなよ。」
「ワシにもくれ。」
「ッハーーー!!!」
大きな掛け声と同時に〆々の足の左薬指は護送車のドアノブに引っかかっていた。
「あ!それはよせ!」
しかし警察官が〆々のこめかみを掴んでそれを静止した。脱出失敗だ。〆々が刑務所にぶち込まれる事が確定したーーー。

四、エビフライ刑務所の場合
〆々を乗せた護送車がいよいよ刑務所の前に到着するとドアが勢いよく開いた。先ほどのせいで勢いが残っていたのだか。
いやぁそして刑務所の大きな重い扉が開き、足枷をはめられた者どもが次々と降りてきた。
「お前達すすめ。いいな、抵抗したらこの棒でコロス。」
「ザッザ」
罪人達は刑務官の言う通り、次々と刑務所の本丸へとむかう。その後一列に整列すると、刑務所長の御肌饅マオヌス(ゴハタヌタマオヌス)氏が罪人達に言う。
「バシィ!お前らここに酒はないし、すこじても楽できてると思うなよ。こうなったら死ぬまで追い詰めてやる。罪人よ、粉をまぶしてやるから素っ裸になれ。」
罪人達は言われた通りに服を脱ぎ、何かを持ち込んでいないかの検査に移った。
〆々もまた裸になって水をかけられ、後ろを向いて水を粉もまぶされた。
粉は大変ヒリヒリとするもので、最初の晩は寝れないくらいダッたそうな。

翌日。さっそく〆々は脱獄のスケジュール調整に入った。
自分の房に入ると、四方は分厚いコンクリートで囲われそこに一辺が15センチほどの正方形の鉄格子窓が1つだけある。外部との接触をさせないためにそれは、大人の背丈よりも高い所に配置されている。
房に入って左側には一枚の木製の衝立を隔てて便所があり、反対側には壁に固定された簡素なベッドがあるのみ。
そんな房が同じようにずらりと30ほど並んでおり、一本の廊下がそれらすべてにアクセスできるよう伸びている。
その廊下を常に6人の刑務官が往復しながら見張っており、さらに各房の鉄格子越しの上部には監視カメラが設置されており、まさに完全防備といった感じだ。
〆々がここから脱獄する何かヒントはないものか周りを見渡していると、刑務所内の放送が流れた。
『食事の時間だ。受刑者は速やかに一列に並べ。』
すると間も無くして各房の鉄格子が開いた。〆々は他の受刑者がそうしているように廊下に出て隣の房の者の後ろに並んだ。
「右足を出し、そして左足を出し、そして再び右足を出すと歩ける…。今説明したやり方で進め!」
鬼刑務官の叫びが廊下に響き渡り、受刑者達は食堂へと向かった。

食堂に着くと驚くべき事が判明した。このエビフライ刑務所、なんとコース料理のスタイルを取っているのだ。
なんでも配膳した食器を密かに房に持ち帰り、脱獄の道具にされないための対策らしい。
したがって料理を運び、食べ終わったら片付ける際に、運んだ時と数が一致しているか逐一確認しているのだそうだそだうだのそだだ。
〆々がテーブルに着くと、まず前菜が運ばれてきた。鬼刑務官が前菜の説明をする。
「これは地元産野菜のサラダだ。ただちに上の歯と下の歯を離しては付け離しては付けを繰り返す事で食べ物を細かくし、舌と喉の筋肉を利用して服内へと追いやることで飲み込め!」
〆々達受刑者は言われた通りに咀嚼し飲んだ。つまり、食べた。
次の料理が運ばれてくる。
「これはな、魚料理。ミジンコのソテーだ。ミジンコを薄く輪切りにしてバターでサッと炒めて、隠し味に何か隠してあるものです。おいしいぞ。」
食べ終わるとさらに次の料理が運ばれてくる。
「弊飯は、なんらかのボイルだ。シェフの滑舌が壊滅的なのはご存知かと思うが、そのせいでこれがなんなのか聞き取れなかった。しかしボイルという言葉はモチョモチョの隙間から聞き取れたから、きっとボイルされているんだ。おいしいぜ。たぶんな。」
そして最後の料理が。
「デザートのジュースだ。水道水にひとつまみの砂糖を混ぜたジュースだ。しかも三温糖だからおいしいかったらオレにもくれ。」
これらの料理が運ばれては片付けられる間、やはり食器の数はカウントされ管理されていた。
食事を終えるとブザーが鳴り、〆々達は房へと戻された。

ーーー

「ひらめいた。」
消灯時間も過ぎた頃、〆々はポツリと小さく呟いた。そして勢いよく立ち上がり、口の中に指を入れるとモゾモゾと何かを取り出そうとしている。
そしてそれは房の冷たい地面に落ちた。スプーンだ。
〆々は実は歯のカルシウム成分を溶け出させ、さらにそれを口の中で固めてスプーンを作れるという特技を持っていたので、食堂から調達できないのならばと思いそれを実行したのだ。
「これさえあれば」
そう言うとその歯プーンを用いて鉄格子窓の硬い檻に小さな傷をつけ始めた。

翌朝〆々はわざと大きな声を上げた。
「あーー!ちょっと刑務官さん!来てください!」
「25番房何事だね!どうしたというのだ!おいしいモツ煮でも作ってくれたのかね!?」
「私の房の鉄格子窓を見てください、これでは私は簡単に脱獄できてしまう!」
〆々がそう言うと見張りの刑務官2人がやってきて鉄格子窓を見た。
なんと、格子のいくつかに傷がついていて、思い切り押せばプラモデルのパーツのようにパキンと折れて、向こう側に出られそうになっていたのだ。〆々が言う。
「ああああこれでは…私は真面目に刑期を全うしようとしていた最中これでは…ああ…真面目に全うしようとしてたのになあ…終身刑を真面目に受け切ろうと思っていた矢先これでは…」
〆々のそのベテラン劇団員ですら見抜けないであろう芝居に刑務官達も納得した。
「うむ、これでは確かに脱獄されてもおかしくない。至急修理せねばな。しかし便沼、お前の素直で真面目で模範的な振る舞いには感銘した。刑務所の決まりで模範囚には特別な房を用意している。お前をそこに移動できるよう刑務所長に計らってみるよ。」
「ええー!?わたくしめが御刑務所の特別な房に移動ですって!?ええー!?」
こうして〆々は収監翌日には模範囚としてエビフライ刑務所の特別な房『ほぃっぷくり〜む』に移動した。
ほぃっぷくり〜むはそこに収監される模範囚に少しでも外の世界を感じてもらおうと言う事で、窓は檻ではなくなんとシャボン液の幕を採用している。
エビフライ刑務所の所長、マオヌス氏はこうおっしゃっている。
「我が刑務所に収監される受刑者達はみな素直でまっすぐな目をしています。一人ひとりが夢を持って日々切磋琢磨しながら刑期をつとめています。その中でも特に素晴らしい行いをしたいわゆる模範囚の子には特別な房を用意しています。そこは外の世界への干渉が可能ですが、なんせ我が刑務所は先も申しましたがお利口な子が多いですからね。脱獄しようなんてまず考えないでしょう。それよりも刑期を終えた先の夢に向かって毎日汗水流しながら房で過ごしています。そこで刑期(=ケーキ)を無事終えられるという意味を込めて、ほぃっぷくり〜むと名付けたんですね。」
〆々の優秀さが功を奏し、入所翌日にはほぃっぷくり〜むに移動した。
しかしーーー。

けたたましいサイレンと共に刑務所内が喧騒で満たされた。
「こちらC棟!こちらC棟!ほぃっぷくり〜むにて脱獄者あり。脱獄者あり、繰り返す、脱獄者あり。繰り返しまくる、脱獄者あり。」
150年の歴史を誇る老舗刑務所エビフライ刑務所に於いて初の脱獄者が出てしまった。脱獄したのはもちろん、便沼〆々である。
刑務所長のマオヌスが、エビフライ刑務所所属の全刑務官に言う。
「我が刑務所から重罪犯が脱獄した。これは民間人の危機を意味する。それに刑務所の信用を一気に失う。いいか、ヤツが脱獄してから1時間は経っている。徒歩なら5km、車なら30kmは移動できる。ここより半径100km圏内を全力でくまなく探せ。虫の1匹、落ち葉の一枚見逃すな。いいな。セミの抜け殻1つ、みみずくの1羽、キッチョムの一杯、テニスのワンゲーム、モンスーンのひと吹き、ケセラセラのひと概念、でんぷんのひとでんぷん見逃すな。わかったらすぐに取りかかれ!」
「「「イエッサ!馬乳!」」」
バニュった刑務官達はすぐさま〆々の捜索を開始した。
また警視庁にも情報がいっており、社員全員が便沼〆々捜索作戦に参加していた。
万が一に備え自衛隊からも派遣があった。こうして頭狂にいる平和を守る仕事の人達が全員集まった。それらは次々と束になって重なり、やがて一本の剣となった。
刑務所長のマオヌスはその剣を手にし、雨の中エビフライ刑務所を後にして便沼の捜索に入った。そしてそれは5分後に終息した。
便沼が見つかったのだ。脱獄後に、慣れない土地だから分からないという理由で交番に駆け込み、「脱獄にもっとも適したルートを教えて欲しい」とたずねていたのだ。
便沼は、太めの木の枝を武器として片手に持った警察官に捕まり、再び刑務所に戻される事になったーーーー。

ーーーその約15分前。
「よし、支度は完璧だ。」
エビフライ刑務所のほぃっぷくり〜む内で小さくそう呟いた〆々。
なんらかの方法で自作した腕時計を見ながら期が熟すのを待っている。そして分針がカチリと動いた瞬間、先述したように自らの歯のカルシウムで作ったスプーンでシャボン液の幕を突いて割った。
そしてそこから這い出、見事脱出に成功したのだ。こんな常軌を逸した方法、誰が想像したであろうか。
エビフライ刑務所の全刑務官が唖然とした。あれほど1日間も模範的だった便沼が、次に見回りに訪れた時には影も形もなくなっているのだから。
「こちらC棟!こちらC棟!ほぃっぷくり〜むにて脱獄者あり。脱獄者あり、繰り返す、脱獄者あり。繰り返しまくる、脱獄者あり。」
刑務所長のマオヌスはこれを聞いた瞬間に状況を悟り、把握し、すぐさま対策を講じた。
「…んぬゃ…?ふあ〜あ…ンなんだ?脱脂綿がなんだって…?ぶっとい濾紙?ン〜ン…まだ眠いよお…ダツ…?ダツゴク…?ん?脱獄?なにぃ脱獄?!いやそんなはずは…いやでも脱獄って…えでもそんなはず…いやでも…もう一回放送してくれないかな…いやしかし…聞き間違いだったら恥ずかしいし…いやでも脱獄だったらやべーけども…へへっまさかな…いやでも本当に脱獄だったらどうしよう…いやまさかうちに限ってそれはないよな…いやでも本当に脱獄なの?…んなわけないっか!夢でも見てたんだろう…けど万が一脱獄だったらさすがにクビだよな…でも違うよね?なんとかなるよね?本当に脱獄だったら刑務官達がなんとかしてくれるもん。オレは刑務所長だからこの所長室で書類を書いたりするのが仕事。畑が違うから無闇に首突っ込んで怒られても嫌だし!…あれでも脱獄だったら責任はオレにあるし…いやさすがにそれは考えすぎか!」
そうこうしているうちに刑務官や警察官、それに警視庁の社員や自衛隊の人間が集まり、ギュウギュウになりながら融合していき一本の剣になって所長の右手に召喚された。
「コイツが真実の剣…必ず邪を倒して見せるぜ!」
そして先に記述した通り、交番でヘマした〆々がお縄を頂戴してしまったのだ。

五、ツミレヂル国立刑務所の場合
静まり返った法廷で、裁判長がいう。
「便沼〆々被告は脱獄の恐れがある。エビフライ刑務所よりも警備の厚い刑務所に収監せねばならない。よって被告をツミレヂル国立刑務所にぶち込む事にします。」
ツミレヂル国立刑務所ーーーここもエビフライ刑務所同様、脱獄者が未だ1人も出ていない優秀な、かつ特に警備に特に経費をかけている刑務所である。

そうこうしているうちに〆々ら重罪犯を乗せた護送車はツミレヂル国立刑務所の前に到着した。
護送車から降りた数名の重罪犯は、一人ひとりこめかみにピストルが向けられており、少しでも抵抗しようものならその水鉄砲から出た冷水のせいで寒い思いをせねばならぬ状態であった。
3枚の分厚く高い煉瓦の壁。そこに設置されたドアをくぐり、ツミレヂル国立刑務所の内部へ。
見るからに頑丈で分厚くて重圧感のある壁が、冷たく受刑者を囲っている。それはまさに、たった1cmの穴すら許さないと言わんばかりに、罪人どもを確実に閉じ込めるためのた厚さであることは明白だった。
ここツミレヂル国立刑務所で〆々は、ただ脱獄するだけでなく仲間を手に入れた。その経緯も詳細に書き記していこう。
〆々の収監された房はB棟の35番房。1つの房に2人の受刑者が入る形になっており、その時〆々と同じ房にいたのは小松原澤岡田山暴郎(以下暴郎。)暴郎はその世界ではコソ泥界の帝王と呼ばれており、ナタネ油やヘチマに始まり、罠やギョウ虫検査のシール、オムスビ、コマネチ、ケチメチ、オゥムォチ等を万引きした。しかも万引き時彼は水のでるハンドガンを所持しており銃刀法違反にも触れていたのだ。
そんな危険人物と同じ房になった〆々。しかし〆々の頭脳はそんな危険人物すらも利用できるのではないか、という所まで考えていた。
〆々と暴郎の最初の会話を記録した映像がツミレヂル国立刑務所の房監視カメラに記録されており、今回許可を得てそれを入手する事ができたので書き起こす。
便沼が房に入れられると、それまで房に備え付けられたベッドに座りながら壁を睨みつけていた暴郎は、その細く鋭い目で便沼を睨んだ。眉毛のないその表情はより一層威圧感を与えている。色白細身のスキンヘッド、鋭く血走った目、腕や足だけでなく顔面や頭皮にまで入れられたタトゥー。一度見ただけで関わってはいけない危険人物だという事が容易に分かる。
そんな男を目の前にしても〆々はいっさい動じず、淡々と挨拶をする。
「世話になるぜ同居人さんよ。前にいた刑務所を脱獄した罪でこっちに収監されちまってな。なあにアンタの生活に首突っ込む気はねえさ。ただ寝泊まりする場所の半分を貰うってだけ。いいな、お互いの生活や過去については干渉しないようにしようぜ。オレらは同居人。ただの顔見知りだ。」
それを聞いている間も暴郎は〆々を今にも殺しかねない目つきで睨み続けており、数秒の沈黙の後ベッドから立ち上がり〆々の目の前に歩み寄った。そして〆々を睨みながら顔を近づけてメンチを切りながらこう言い放った。
「はじめまして新入りさん。この房に先におりましたが、どっちが偉いとかは無しにしましょう。お互い気持ちよく生活できるようこちらも精一杯計らいますので、楽しい刑期生活にしましょうね。あ、ぼく小松原澤岡田山暴郎っていいます。暴郎って呼んでください!えーと、あなたはなんてお呼びしたらいいですか?」
「オレは便沼〆々。呼び方はなんでもいいが、まあ刑期の邪魔はしないでくれ。」
「ええ、わかりました。世の中いろんな人がいますからね、刑期のスタイルも人それぞれ…だからこそぼくはそれを尊重します。ひとまず次の夕食まで時間がありますから、きっと護送車に揺られて疲れてると思います。どうぞこのベッドで仮眠を取ってください!ぼくは下のマットで構いませんから!」
暴郎はベッドの横にあるマットを広げてそこに座った。そもそもここ最近の治安の悪化に伴い刑務所の房が足りず、元々1人用だった房を無理やり2人用にしたためベッドが1つしかなく、簡素で粗末なマットが1枚だけ追加されているだけなのだ。なので各房にいる罪人たちはそれを交代で使ったり、権力で独占したりと各々のやり方で使っている。
便沼は見た目とは真逆に礼儀正しい暴郎を利用できるのではないかと策略し、ベッドに寝転び天井を見上げながら色々と思案した。

ーーーその日の夜の食事の時間。
ツミレヂル国立刑務所での食事は一風変わっていて、「全自動受刑者餌付機」と言われる装置に備え付けられたスプーンに、一定時間ごとにゼリー状の栄養食が乗せられ、椅子に座り手足を縛り付けられた受刑者たちの口に運ばれるというものだった。
これは先にも登場したエビフライ刑務所のように食器を使った脱獄を防ぐための対策として導入されている。
このゼリー状の食べ物、最低限の栄養は含まれているものの味が酷く、味覚・嗅覚の専門家が特別に調合した調味料・香料を用いて、極端に薄い塩味+ゴキブリの香りのゼリーに仕上げられている。それを朝晩2回、腹一杯食べさせられるのだ。
地獄のような食事を終えた〆々は早々に房に戻らされ、そこで暴郎とこんな会話をしている。
「なあ、なあ暴郎。あの食いもんはなんだ?うっすら塩味があるのは指を舐めた時のようで、あの土のような埃のような臭いはゴキブリそのものだ。しかも食感がゼリーときたもんだから気持ち悪くて仕方ない。」
「あれはですね…この刑務所専属の味覚嗅覚の専門家が特別に配合して作った栄養食なんです。刑期を終えて出所後にもパウチで貰えるみたいなんですけど、ぼくはちょっとあれは…」
「そうだよな、俺もあれは毎日食えん。また明日の朝あれを腹がパンパンになるまで食わされるんだろ?そんな事絶対…」
「…」
「なあ、暴郎。」
「はい。」
「脱獄…しねえか?」
「なんですって!?」
「シーー!看守に聞かれるだろ。俺は前にいたエビフライ刑務所を脱獄してきた。ここでもできるはずだ。現にこの房と食堂にいくつかのヒントを見つけた。どうだ、お前が力を貸してくれるのなら今夜早速脱獄できるぜ。」
「けどぼく…明日出所なんです。」
「え!?」
「明日の朝、刑務所長と面談した後に必要書類にサインしたらそのまま出られるんです。明日の昼飯はシャバで食べられるんですよ。」
「お前…」
「明日外に出たらまず自宅アパートに戻って大掃除しなきゃいけないんです。なんたって刑期の15年分の埃が溜まってると思いますし。」
「…それで…いいのか?」
「え?」
「お前は明日の朝出所でいいのかと聞いているんだ。明日の朝となるとあと6時間くらい。俺と脱獄するなら4時間後には外に出られる。2時間も得するんだぜ。2時間あれば何ができる?映画を見てもいいし、少し遠くに買い物だって行ける。人生においての2時間を、お前は無駄にするのか?」
「うーむ…」
「2時間だぜ。どうする。あとはお前次第だ。」
「… … …。わかった、同行するよ。」
「マジか。」
こうして〆々は暴郎という力強い仲間を手に入れ、なんと投獄されたその日の晩に脱獄を決行する事にした。

消灯時間を過ぎた深夜0:30頃、〆々と暴郎は緊張しながらあるタイミングを待っていた。そのタイミングとは刑務官が見回りにくるその時だ。
そしてそれはやがて訪れた。〆々の合図で暴郎が刑務官に話しかける。
「すみません、刑務官さん。」
「ん?暴郎か。どうした。」
「いやあの…眠れなくてですね。物語を読んで欲しくて。」
「物語だと?!仕方のないやつだ。何がいい。」
「"ホホェホ王子のきみょうな水虫"をお願いします。」
「あれか、よし。書庫に行ってその本を取ってくるから待ってろ。」
「はい。」
「その間…そうだな、この房の鍵を預けておくぞ。房の鍵を持っているのに見回りをしていない所を刑務所長に見つかったら大目玉食らうからな!お前に預けておくよこの房の鍵を。」
「はい。あと本がなかったら見つかるまで探し続けてください。」
「ああ、そんなにあの物語が好きか。わかった。待ってろ。」
こうして暴郎は自分の房の鍵を手に入れた。アホ刑務官が書庫に向かったのを確認すると、その鍵を使って自らの房を開けた。
〆々と暴郎は房から出たが、次は棟そのものを封鎖しているドアを開けなくてはならない。
しかしながらなんと親切な事にその鍵束の中に"棟そのものを封鎖しているドアを開ける鍵"と記入された鍵を見つけた。
〆々と暴郎はそれを使って棟を抜け出した。しかし次の瞬間、思いもよらぬジ・アクシデンツが発生してしまう。
棟の見張りをしている刑務官が目の前に現れたのだ。房の前を行き来する刑務官、そしてそれらを総括して棟の外側からモニター越しに見張る刑務官、そのモニター室を経由しなければ棟の外には出られないのだが、〆々と暴郎はまさにそのモニター室に侵入してしまったのだ。
目の前にいる刑務官。しかしそいつはなんとイビキをかいて居眠りをしていたのでなんの問題もなくモニター室を抜けられた。きっと連日の激務続きで疲れていたのだろう。お疲れさんってこった。
そこから食堂に抜ける廊下を進み、食堂のドアをこれまた鍵束にあった"食堂"と記入された鍵で開け、ついに食堂の窓の前まで来た。
食堂の窓は人が1人這い出るには十分な大きさで、〆々はここから脱獄することを既に夕食の時クセェゼリーを食いながら決めていた。
しかしその時ーーー。
「おいお前、何している!」
後ろから声がする。見つかった、見つかってしまった…。
そう思って後ろを見るとそこには受刑者餌付機の1台がいた。なんと音声機能が付いており喋れるようだ。
「お前たち、脱獄する気か?」
〆々が咄嗟に答える。
「いや違う。我々は受刑者の格好をして脱獄者がいざ出た時のためにデモンストレーションをしている刑務官なのだ。」
「本当か、それならワタシも入れてくれ。どういう内容だ。何をしたらいい。」
〆々は思った。これは使えるぞ、と。
「それならこの窓を開けてくれ。音が出ないようにできるのなら割ってもいい。とにかく私たち2人が塀の外に出られるようこの窓をまずは越えたいのだ。」
「がってんしょうちのすけ。」
そういうと餌付機は備え付けのスプーンを横に振って窓を叩き割った。
「さあお行き、ワタシに出来ることはここまで。幸運を祈るよ。」
餌付機との別れを涙を飲んで惜しみながらも〆々と暴郎は、その割れた窓を超えて棟の外つまりはあと塀を3つ超えれば外に出られる位置にまで辿り着いた。時刻は深夜の2:86。予定より遅れてしまっているようで、〆々は冷や汗というものを流した。
〆々と暴郎が辿り着いたその塀にはこう書かれていた。
『もし万が一にもこの塀を越えなくてはならない事象に見舞われた際は、それぞれの塀に書かれているナゾナゾを解くべし。』
そしてその横に第一問が彫られた壁面を見つけた。内容はこうであった。
『パンはパンでもイースト菌を使わず、麹菌や納豆菌も使わず、またバクテリアやウイルスも使わず、とことん何も使わないで作ったパンはなーんだ。』
トンチのきく〆々はすぐにわかった。しかしその前に暴郎が答えた。
「これは簡単だ。答えは"フライパン"。フライパンには問題文の菌達は含まれていない。」
「違うぜ暴郎。これはフライパンと見せかけて、本当の答えは"モリャス?!ガチ地響きナウそしてお前はなぜ便座を下げないのか…(呆)インパラだねぇ?"だ。」
すると監視塔にいた刑務官のひとりが〆々達に向かってこういった。
「ぴんぽーん!正解!」
そして塀の一部にあしらわれた扉がギィと音を立てて開く。
それをくぐり次の塀に辿り着いた〆々と暴郎は、またもやナゾナゾを発見する。
内容はこうであった。
『次の○に入る単語を答えよ。リウマチ→砂時計→○→スムースジャズ』
暴郎は早くも頭を抱えている。
「くぬぅわからない…!さすがにここまでの重警備刑務所ともなるとナゾナゾの質がちげぇ…」
しかし〆々の頭脳は深夜であろうとも冴えていた。
「いいかい、これは少し考え方を変えればそんなに難しくはない。答えは"ズックに粘土を!メッチ子曰くプロ棋士の指はもう限界!ええ!?私が二の腕職人の一番弟子になるにはまだまだもう少しのようだな。あのな、湿度ミルク。"だ。」
するとまたもや監視塔の刑務官が2人に向かってほざく。
「ぴんぽーん!大正解!君ら凄いね、さすがだよ。じゃ次も頑張って👍」
こうして2つめの塀にあしらわれた扉がゾムォギィと音を立てて開き、〆々と暴郎はそこを潜り抜け最後の塀に辿り着いた。同じようにそこにもナゾナゾが書かれており、これが脱獄するための最後のナゾナゾである。
監視塔の刑務官が言う。
「最後のはかなり難しく作ってあるからな。もし答えを間違えたらお前らをこのライフルで撃ち抜かなきゃならない。気を抜かずにやり遂げろよ。」
「ありがとうございます!監視塔の刑務官さん!」
暴郎は腹いっぱいの大声で感謝を伝えた。
さてナゾナゾの内容だが、内容はこうであった。
『最後のナゾナゾ!イポチ・ゾピミョムの出身校を3つ答えよ。』
暴郎はこの問題を見て怒りに震えた。
「卑怯…卑怯だよこんなの…!これまでは頭の回転でなんとかなるナゾナゾだったのに、こんなの知識がなきゃ答えられないじゃないか!」
しかしそう言い切る前に〆々の右手が暴郎の口の前に差し出された。
「暴郎、安心しろ。オレはこいつを知ってる。」
「え!?便沼さん、この人知ってるんですか?!」
「いや、そもそも人だと思うから分からないんだこれは。イポチ・ゾピミョムはカエル。カエルなんだ。」
「ゲコゲーコ…って事ですか…?」
「そう、そしてそのイポチ氏が出身の学校ということは…!」
「ということは…?」
「"レヂン鍋で答弁大乱闘株式会社幼稚園"、"ゎゴムで髪結ってみ死ぬぜ👯小学校"、"炒りゴマ?!!国会議員の居眠りに熱湯を💢専門学校"だ。どうだ監視員!」
監視塔の刑務官が言う。
「ぴんぽーん!いやはやさすがだよ。そしたらそのナゾナゾが書かれている横に小さい穴があるっしょ?そこから脱出してね〜。」
「ありがとうございます!」
ーーーかくして〆々は暴郎を連れ、ツミレヂル国立刑務所をたった1日で脱獄したのだ。ーーー

深い森の中、2人分の走る足音だけが響き渡る。
「さあ、ここまでくればもう大丈夫だろう。」
「…」
「どうした暴郎?」
「ここまでだ、便沼。」
「え?」
そこには凶器のバターナイフを構え、こちらを睨みつける暴郎がいた。
「お前、いったいどういう…」
「便沼、お前の脱獄を手伝ったがよく考えたらお前ほどの天才ならどこかに逃亡資金や着替えなんかが用意されてるんだろ?そいつを全部オレに寄越せ。」
「…見た目と真逆でいいヤツだと思ってたのに…暴郎!見損なったぞ!見た目どおりめ!」
「おぉっとあまり大きな声を出すな。刑務官に見つかっちまうだろ。さ、このバターナイフで削ぎ殺されたくなかったら逃亡資金の所まで案内しな。」
「チクショヲォ…」
〆々は背中にバターナイフを突きつけられながら暴郎をある場所へと案内した。
そしてやがて森の中を流れる川沿いに辿り着き、ある地点に枝で×印がされている所まで来た。
〆々がそこを掘ると、中から大きめのスーツケースが出てきた。
「その中に何が入ってる?」
「逃亡に必要なものだ…。」
「その大きさのスーツケースに2人分入ってるとは思えない。なのにオレを仲間にしたというのはどういう事だ?のちのち匿名でオレの居場所を通報して警察から謝礼でも受け取ろうって魂胆だったか?まあいい。とにかくそのケースごといただく。お前はそこに座ってろ。」
暴郎はその重たいスーツケースを手に取ると、そそくさとどこかへ逃げてしまった。
唖然とする〆々…。これからどうしようか、だがまだ命はある。なんとかしなければ…。
思案しながら朝を待つことにしたーーー。

さて暴郎はというと森を抜けて山に入った。しかし山の坂道で重たいスーツケースを引くのはかなり根性がいるようで、暴郎の全筋肉は乳酸地獄と化していた。
「っぐはぁ!もうだめだ、重すぎる。いったいこの中には何が入ってるんだ…よく考えたら着替えなんかは今着てないとおかしいよな。民間人を装わなきゃいけねえのに。へへっドジ。」
そう言いながらスーツケースを開けると、ガラガラと音を立ててあるものがなだれてきた。大量のぶんちんだ。その中に一つだけぶんちんじゃない物があった。横に振るとウェケウェケ音が鳴るハンマー状のオモチャだ。
「なん…だこれは…」
冷や汗をかきながら絶望する暴郎。遠く後ろからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
"オゥ〜〜オゥ〜〜オゥ〜〜"
「あいつめ騙しやがったな…!」
暴郎はとにかく急いで山の奥に逃げ込むことにしたーーー。

明け方、〆々はひらめいた。
「よし、まだ大丈夫そうだ。」
実は〆々は暴郎ありきでの脱獄作戦を実施していたのだが、肝心の暴郎に裏切られてしまった今、頼れるものは何も無くなってしまった…しかしそこである事を思いついた。善人の味方警察である。
〆々は、さすがにこんな裏切られ方してしまえばむしろ味方してくれるだろうと考え、森を抜けて近くの交番に駆け込んだ。そしてそのまま流れるように逮捕された。馬鹿なのである。
ちなみに暴郎だが、山肌を捜索していた警察ヘリが彼を見つけたとか。なんでもウェケウェケとバターナイフを手に持ちポケットに入る限りギチギチにぶんちんを詰め込んだうえに状態で逮捕されたという。


六、名もなき刑務所の場合
すごい筋肉痛でほぼ直立から動けない便沼〆々。彼が交番に駆け込んだ翌日のことであった。
交番のポリスメンがミニ刺股で〆々のくるぶしを固定して逮捕したそうなのだが、その時もがきにもがいたせいで普段使わない筋肉をしこたま使ったためその場で精も根も使い果たし倒れ込んだのだ。
それを警察が椅子に拘束し、目を覚ますと全身の筋肉痛の激痛に唸り声をあげていた。
「うぬーーーん、ウユゅ…オォフ…グニューーーゥ…」
「うるさいぞ罪人!脱獄犯!人でなし!ゴミクズ!糸くず!あと…あとなぁお前は…とにかくウゼェんだよ!」
「まあまあ、お待ちなさいな。」
「あなたは?!」
警官がそれまで入って遊んでいたロッカーから出てくると、そこにはとんでもない偉人がいた。
その偉人とは、日本中の刑務所を総括している日本刑務所財団の財団長チョネンベンぎゃあ吾郎氏(以下チョネンベン)だった。
チョネンベンは〆々の元へ歩み寄るとこう言った。
「ほほぅ、君が便沼君だね。噂には聞いているよ。君は、エビフライ刑務所とツミレヂル国立刑務所を見事に脱獄して見せた。…そこで私から提案だ。なぁに、君にとっても悪い話ではないよ。私の元で働かないかね?君ほど刑務所のセキュリティを掻い潜れる頭脳を持った者はそうなかなかお目にかかれるもんじゃない。それに、もう十分苦しんだろう?…君の罪状が殺人ならば情状酌量の余地はないが、そうではない。だから私が手を回して、君の犯罪歴を消してやる事だってできる。その条件として私の元で働いてもらうがね。」
痛みに悶えながら〆々は返した。
「もう一回…言って…くれ…ませんか…痛くて、痛くて…きこえませんでした…。」
「うぬぅ…もういい!!お前のような愚か者は二度と日の光を拝めない刑務所にぶちこんでやる!特別待遇だ!」
「ええそんな…いでで」
「あのな、日本には本当の極悪人を収容する名もなき刑務所ってのがあるんだ。表の世界で生きてちゃいけない・厚生がまず望めない、誰にも関わらせる事なく死なせた方がいいような罪人を、そこに死ぬまで置いておく刑務所だ。警察関係者や刑務所に務めているどんな人間ですらほとんどが知らない、まさに裏世界の刑務所だ…。」
交番のポリスメンが言う。
「えええ俺そんな機密情報知っちまったじゃねえか…。」
「なぬぅ!?ならばお前もその刑務所に入れ!2人ともそこで終身刑だ!!しねぇぇぇぇ!!!」
こうして何の関係もないはずのポリスメンと筋肉痛ごときで泣きべそかいてる〆々は名もなき刑務所に送られることとなった。
財団長がどこかに電話をかけ、数分後に黒ずくめの男たちが交番の中に入ってきた。
そしてポリスメンと〆々を拘束し目隠しをすると、車に乗せてどこかへ走り出した。
ーーーそれから数時間たち、車を降りるとやけに涼しい。おそらく港だ。ここからさらに船に乗って名もなき刑務所へと向かう。
相変わらず拘束されたまま目隠しと、耳栓まで入れられて船に揺られて約4秒。やっと現地に着いたようだ。
船から蹴り出された〆々とポリスメン。後ろから黒ずくめの男のものであろう声が2人に言う。
「あとは自分の力で生きていけよ。バカ罪人!フハハハハハ波羽歯派!」
2人はもがいてなんとか自らの拘束具から抜け出し、目隠しと耳栓を取っ払った。
ここはどこかの島だ。いわゆる石の壁で囲われた刑務所ではなく、島そのものが刑務所のようだった。船はすでに地平線を越えているらしく、もうどこにも見当たらない。
なるほど、これは確かに絶対に脱獄できないし生きるも死ぬも罪人次第ってわけだ。そう感じた〆々はまず辺りを見回した。なぜか、もちろんこの難攻不落の城から脱獄するためである。
「…おいお前、お前のせいで俺までこんな島に送られちまったんだ。責任取れ。」
ポリスメンは怒りで顔を真っ赤にしている。その頭からは湯気が立ちのぼっている。
しかし〆々はポリスメンを無視してその島の漂着現場から森の方へと歩いて行った。
「おい、ちょっと待てよ。」
後に続いてポリスメンも〆々を追った。
しばらくして森を抜けると、ひらけた広場に出た。そこには何やら木製の小屋が何軒か建っており、畑があり、水車があり、さながら小さな村のようだ。
〆々はその畑の真ん中を通る小道を進むと、奥の小屋から人が出てきた。そして〆々とポリスメンに言う。
「お前たち、新入りか?」
「ああ、そうだ。20分前に降り立ったばかりだ。」
「そうか。見ての通り、ここは罪人の住む村だ。この島が罪人しかいない島ってのはもう知っていると思うが、そんな罪人たちが自給自足で村を作ったってわけだ。で、多くの新入りはお前らと同様まずこの村にに立ち寄る。なんせ森を抜けてまず来れる場所だからな。俺はゼビーン田村。田村って呼んでくれ。」
「ゼビーンさん、この村についてもう少し詳しく教えていただけませんか?」
「…へへ。あめぇ。甘ぇよお前ら。それくれぇてめぇで調べて身につけやがれ。あのな、なんでも教えてもらおうとするな。オレは案内役じゃあねえんだ。ただ一つ言える事といったら…殺されるくれぇなら自ら死を選びな。」
「凄みのある事を言っているが薄っぺらいですね。ありがとうございました。」
〆々とポリスメンはゼビーンをシカトしてさらに道を進んだ。
すると、ちょうど家が建てられそうな空き地を見つけた。ポリスメンがいう。
「この辺りにオレ達の家をつくろうぜ。冬なんか凍え死ぬし、衣食住をまずは確保したい。」
しかし〆々はそれを聞き終えるや否やすぐにこう答えた。
「いや、そんな必要ないぜお巡りちゃんよ。今ゼビーンのオヤジが言っていた言葉の数々…。もう俺はこの島からの脱獄ルートを考えちまった。明日の朝には脱獄開始する。お前はどうする?家を建てて刑期を全うするか?それとも俺と一緒に脱獄して、本当の家に帰るか?」


(後編へ続く。)

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