見出し画像

森とクジラ (15)

 家族以外の誰かと共同生活をするのは初めてだったが、思っていたよりずいぶん気楽なものだった。朝はだいたいミトの方が早く起きるが、朝食の準備が済んだ頃合いになるとユミも起きてきて、一緒に朝ごはんを食べる。昼は二人で食べたり食べなかったり、夜は一日交代で夕飯をつくる約束だったが、面倒な気分だと二人でオオノの店に行って食べた。

 何日かの滞在というのは二、三日のことを指すのだと思っていたが、気がつくとユミが来て一週間が経っていた。もうすぐお盆休みで、どこかへ行く予定もないので無理にユミを追い出す必要もないのだが、とはいえ、いつまでこの家に泊まっていくのかわからない。今のところ、ユミが帰る気配はまったくない。

 見事なものだ、とミトは感心した。世界のあちこちに友達がいる、と以前ユミが言っていたが、多分、こうやって好きなだけ泊まっていける、そして相手もそれを許容するタイプの友達が、世界中にいるのだ。

「どうやったら、そんなふうに生きていけるわけ?」
「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」

 ユミが来て以来、日暮れどきに、縁側に蚊取り線香を焚いてビールを少々嗜むのが二人の日課になった。

「友人が遠くから久々に来たら、誰だって嬉しいものでしょ」
「まあね」
「なんとなく会いたいなっていう気持ちが、相手とシンクロしやすいんだね、私は」
「だからって、わたしだったら気軽に遠くの友達のところへは行けないなあ」
「私たち、タイプが違うからね、風と土みたいなものかな」

 なるほどなあ、と思いながらミトは畳の上に寝転がった。たしかにわたしは土っぽいところがあるかもしれない。根を張る方が落ち着くし、根性だって、たぶん、多少はある方だ。

「やっぱりね、自分に合った生き方をする方が健全だと思うのよ。ミトみたいなタイプはさ、隣に誰が住んでるかわかんないような環境より、毎日顔を合わせて、挨拶したり声を交わしたり、そういう場所の方がフィットすると思うよ」
「そうね、人間関係がべったりしたところじゃなきゃね」
「ニューヨークとか、ドライなようで意外とあたたかいんだよね、人が。近所の人と結構挨拶したり、会話したりするしさ」

 ニューヨークか、とミトは思った。大学時代に留学していたサンディエゴは、ゆるくて、いいところだった。ヒスパニック系の友達と寮でメキシコ料理を作ったり、楽しかった思い出がある。まだ二十代だし、英語が使えるのだし、海外に行ってみる選択肢もある。ここに骨を埋めようだなんて、覚悟を決める必要なんてないのかもしれない。

 でも、とミトは思う。キタムラさんからこの森について相談されたのだ、多分、彼女は誰か相談相手を求めている、もしかしたら仲間を求めているのかもしれない、だとすればキタムラさんを見捨ててこの土地から離れることはできない、それでは女がすたるってものだ、天井を見上げてミトはそう思う。

「ねえ、海行こっか」

 ユミに声をかけられて、ミトは体を起こした。ちょうど夕日が沈む頃かもしれない。

(つづく)


ありがとうございます。皆さんのサポートを、文章を書くことに、そしてそれを求めてくださる方々へ届けることに、大切に役立てたいと思います。よろしくお願いいたします。