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まっすぐな勇気

 いつも使っているMacBook Proが、バッテリーが膨らみ機体が静置しなくなったので修理に出した。iPhoneがあるのでそれなりに何でもできるが、でもパソコンがないのはやっぱり不便。

 一番困るのは、長い文章を書けないこと。スマホで小説を書く人もいるようだけど、ぼくには難しい。キーボードの問題もあるし、まとまった量の文を画面で一度に見れないと、山で遭難したみたいに自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。

 でも、はじめからスマホで長い文章を書いてきた人にとってはこれが当たり前なのであって、パソコンの方が書きにくいのかもしれない。

 先週は台風が近づいていたせいで、ずっと雨模様。リモートワークなので毎日家にいるのだが、雨でジョギングができないとやっぱり調子が出ない。ぼくたちの身体と心はつながっている。日課のピラティスやストレッチだけでは不十分だ。ぼくたちは外を歩き、走る必要がある。

 昨日、夢を見た。最近いろいろあって、ぼくはある人にどうしても逢いたいのだが、ぼくは相手の携帯番号もメールアドレスも、住所も知らないので連絡が取れない。初めて出会ったSNSをのぞいてみても、もうアカウントはとっくに消えていて、連絡の取りようがない。そんな夢。

 約束された未来だとしても、孤独や距離を抱えて生きていくには人生はあまりに長い。

 目が覚めて書斎の本棚を見ていると、一冊の本が目に留まった。村上春樹の短編に「かえるくん、東京を救う」という作品がある。1995年1月の阪神淡路大震災の一月後、東京を襲う大地震を片桐とかえるくんが未然に防ぐという物語。

 東京に大地震を引き起こすみみずくんを討伐するため、かえるくんは片桐に助力を求めるが、片桐はかえるくんの要請に尻込みする。そこでかえるくんは言う。

 かえるくんはくるりと大きな目をまわした。「片桐さん、実際に闘う役はぼくが引き受けます。でもぼく一人では闘えません。ここが肝心なところです。ぼくにはあなたの勇気と正義が必要なんです。あなたがぼくのうしろにいて、『かえるくん、がんばれ。大丈夫だ。君は勝てる。君は正しい』と声をかけてくれることが必要なのです」
 かえるくんは両腕を大きく広げ、それをまた両膝の上にぴしゃっと置いた。
「正直に申し上げますが、ぼくだって暗闇の中でみみずくんと闘うのは怖いのです。長いあいだぼくは芸術を愛し、自然とともに生きる平和主義者として生きてきました。闘うのはぜんぜん好きじゃありません。でもやらなくてはならないことだからやるんです。きっとすさまじい闘いになるでしょう。生きては帰れないかもしれません。身体の一部を失ってしまうかもしれません。しかしぼくは逃げません。ニーチェが言っているように、最高の善なる悟性とは、恐怖を持たぬことです。片桐さんにやってほしいのは、まっすぐな勇気を分け与えてくれることです。友だちとして、ぼくを心から支えようとしてくれることです。わかっていただけますか?」

 この箇所を読むと、いつもそうだよな、そのとおりだよな、と思う。

 まっすぐな勇気を分け与えてくれること、心から支えようとしてくれること、そしてそれらの根底に深い信頼と共感があること。

 本を書棚に戻し、昨日見た夢を思い返しながらぼくの脳裏に浮かんだのは、いつかその時が来るまで、とにかく頑張り続けるしかない、ということだった。他に手段はなさそうだし、かといって諦めたり忘れたりすることはそもそも選択肢にない。

 窓の外を見ると久しぶりの晴れ間が広がっていた。空の青と眩しい日の光はいい。心がウキウキするし、元気が出る。


ありがとうございます。皆さんのサポートを、文章を書くことに、そしてそれを求めてくださる方々へ届けることに、大切に役立てたいと思います。よろしくお願いいたします。