七篠先生の異様な“七話”(A-1novel)  内木志COLLABO EDITION

 最終ページに作画・内木志の《七篠先生》エピローグイラスト&特別寄稿付き

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第一話 異様な入学式

 私は舞台の校長を二度見してしまった。
 長い髪が顔にかかり、クシャミしそうになる。
 晴れの入学式の席。新入生を体育館に迎えての、学校長の式辞だ。お祝いの言葉が、いつしかストーカー殺人の話題へと切り替わっていたのだ。
「つい先だっても、高校の女子生徒が男友だちの逆恨みを買って殺害される、という事件が起きています。十代、二十代の殺人動機において多くを占めるのが男女間のトラブル。みなさんも本日より高校生です。恋愛やら異性やらに興味が尽きない年頃だと思いますので、くれぐれも責任ある行動を心掛けてください」
 ちょっと待って、と心でつっこむ。入学式のあいさつで出す話題ではないだろう。殺害とか殺人とか、おめでたい席では絶対の禁句だ。
 今春から本校に赴いた新任教師の私は、校長のキャラクターをよく存じ上げないが、相当失言癖のあるおじさんらしい。
「生徒だけではなく、聖職者とされている教員が、殺人に手を染めるケースも珍しくはありません。だれかれを安易に信用せず、高校生としての自覚を持って……」
 えっ、教師まで持ち出す?
 あまりの非常識さに冷や汗が出る。生徒や父兄はどんな顔をして聞いているのだろう。見るのも怖かったが、黒眼だけ動かして反応をうかがった。
 皆……普通だった。むしろ親御さんたちは深々とうなずきながら聞き入っている。新入生が好奇の表情を浮かべるのはわかるとして、周囲の教員たちも妙に落ち着き払っていた。
 焦っているのは私だけ……?
 校長の訓示はいつものことだと、あきれているのだろうか。けど、国旗と校旗が掲げられた晴れがましい舞台で、殺害や殺人の連発はないだろう。
「最後にひとつ。我が校からそう遠くない場所に、死亡事故の多い踏切があります。もともと古い塚があったのをつぶして線路を敷いた経緯があり、塚にまつられていた心霊の祟りではないか、と言われています。実際、踏切付近で変な声が聞こえたとか、体を引っ張られた、などの噂が絶えません」
 殺人事件の次は、か、か、怪談話? この暴走どこまで続くの……。
 ふと、地元紙の三面記事が頭をよぎった。このあたりの踏切で音楽教師が電車に跳ねられて死亡、みたいな内容。女性の顔写真付きで、死に方が謎めいていた……とか。まさか同じ踏切だったりして。
 いや、私まで悪ノリしてる場合じゃない。
「みなさんもその踏切を利用することがあるかと思います。心霊らしきものを見たり感じたりしたら、『どうぞご成仏ください』『ご冥福をお祈りします』と念じ、できれば手を合わせてあげてください。以上が、本校に入学される諸君に、私から贈る言葉です。 結びにあたり、ご臨席の保護者の皆様、ならびに……」
 生徒、父兄、教員らは納得顔で、校長に拍手を送っていた。
 
 私が赴任した宇和高等学校は、中部地方の山間にあるローカル色豊かな私立高校だ。県庁所在地の実家から、えらく田舎へ飛ばされた感もあるが、きょうは初めて教壇に立つ日。新任ながら、新入生クラスの担任を仰せつかり、下ろしたてのスカートスーツで、フレッシュマン然と臨んだ入学式だった。
 一週間前の4月1日に初出勤し、先生方との挨拶はひと通り済ませていたが、きょうが初対面の教員もいた。隣のクラス担任の観月という男性教諭だ。同じ二十代で、私の指南役的立場の人間と聞いていたので、逢うのが楽しみだった。
 その観月に、はからずもときめいてしまった。朝礼の直後に声をかけられ、色白の端正な顔を見上げた瞬間、キラキラした感情が駆け巡ったのだ。
 ただ、その感情は即刻葬り去られる運命にあった。左手の薬指に指輪が輝いていた。妻帯者。異性として最も意識してはいけない存在。
「わからないことがあったら、遠慮なく聞いてくださいね」
 爽やかな残り香とともに、観月は私の前を去った。短い時間に恋をして失恋した気分。
 そもそも私は、ひと目惚れするタイプでもないし、簡単なことで人を好きにはならない。異性とつきあったことはあるが、自然交際、自然消滅という、とてもおぼろげなものだった。
 最初の印象でこんな心境になっている自分が信じられなかった。初めての土地、初めての職場で、頼れる存在を渇望していたところに、王子様風の観月が現れ、恋愛感情まで発動してしまったのか。
 教育理念に燃える一年生教諭が、情けない話……。 
 式終了後、新入生は在校生に導かれて先に教室へ入り、担任は少し遅れて入室する。私は新任ということで、学年主任につきそわれて教室の戸をくぐった。
 その瞬間、緊張はピークに達したが、居並ぶ生徒たちの顔を見ると覚悟が定まり、ふっと地に足がついた感じだった。
 白髪で大柄の主任が教壇にのぼって、私を紹介し始める。
「えっと……お名前はなんでしたっけ」
「七篠(ななしの)です」
「そうそう。こちらにいらっしゃる方が、きみたちの担任を務められる、七篠先生です。先生はこの春、当校に赴任されたばかりで……」
 私は生徒たちの視線に負けないよう、凛と佇まう。
 それにしても、「お名前はなんでしたっけ」「七篠です」のやりとりは、これで何度目だろう。初出勤の日の校長に始まり、教頭、事務長、そして学年主任……。今年度の新人は私だけなのだから、名前くらい覚えておいてほしい。
 逆に、私はというと、初めて対面する先生の名が突然浮かび、それがピタリと当たったりするのだ。気持ちが集中すると、こんなこともあるのかと驚いてしまう。
「では先生、あとよろしく」と、学年主任は目配せして教室を出て行った。
 私は小さく深呼吸し、初教壇を踏みしめる。
 この日を夢見て、この日のためにがんばってきたのだ。
「え〜、みなさん。私が1年1組の担任を務める『ななしの』といいます。私もみなさんと同じ、この学校の1年生で、教師も1年生です。共に助け合い協力し合って、いいクラス、いい学園生活を実現していきましょう」
 若さとフレッシュさをフルボリュームにして、はつらつと呼びかけた。なにごともスタートが肝心だ。
 けど。
 妙に空まわりの余韻が漂っていた。
 あれ……。教育実習のときも感じたことのない、停滞気味の白けた空気。私はあわてて静まり返っている生徒たちを観察した。不真面目な態度の子など見当たらないし、表情も皆柔らかい。
 なんだろう、この手応えの無さは……。
 自己紹介を兼ね、国語教師を目指すきっかけとなったエピソードを、冗談を交えて話す。
 全員、好意的に聞いてくれてはいるが、この年齢特有の、希望や期待に満ちあふれた生命感が希薄なのだ。それがクラス全体に行き渡っているような……。
「じゃあ、皆さんにも自己紹介をしてもらいましょう。名前と趣味と抱負と……あと、ひとことでいいので、将来の夢とか目標を語ってもらえるかな。小さい頃に憧れてた職業でもいいわ」
 私は、出席番号1番の男子を指名した。
 生徒にまで将来の夢を語らせるつもりはなかったが、彼らのパワーの微弱さが気になって、思わず口をついて出た。
「僕、別に将来の夢なんてありませんけど……」
 やっぱり、と思ってしまう。この生徒たちに欠落しているのは、未来へ向かうエネルギーのようなもの、かも。
 次は女子の出席番号1番。
「私も、特別やりたいことなんて、思い当たりませ〜ん」
 おちゃらけ気味の女子に、ちょっとつっこんでみる。
「子供の頃はなんかあったでしょ? モデルさんとか女優さんとか。なんでもいいのよ」
「う〜ん、思い出せないなぁ」
 ふたりとも投げやりな感じではなかった。隠している感じもない。本心から何もなさそうな言い方。私は、出席番号順で男女交互に当てていった。
 全員が同じような答えだった。淡々と「目指すものはない」「憧れている仕事はない」で終わり。趣味や特技などは、ウケ狙いで奇抜なことを言ったり、自意識過剰にカッコつける生徒も、将来の話になると、急に「夢はありません」と冷めた発言をする。
 未来にだけ徹底して無気力なのは、なぜ……?
「先生、全員、終わりましたけど」
 半ば、茫然としてしまった。
「えっと、自分が大人になったとき、どんな職業に就きたい、とか、本当に何もないの?」
 私は背筋に寒気を感じていた。
「だって、先生、みんないつかは死ぬんですよ」
「そうだよ、先生。数秒後だって、生きてるか死んでるかわかんないのに」
「未来のことなんて、考えるだけ無駄じゃん」
「死んだ気になって過ごしてるほうが楽だよ、先生」
「そうそう。生きてることがマボロシ〜みたいな」
 言えてる、だよね、という声が飛び交った。 
 みんな屈託のない純真な笑顔だった。 

  


第二話 異様な歓迎会

 
 私の着任の歓迎会が、入学式の翌週に催された。
 居酒屋などを利用する代わりに、畳敷きの教室に飲み物やデリバリーの品を持ち込む、というアットホームな宴だった。宇和高校は、華道、茶道、書道という伝統芸能の授業や部活が盛んで、畳敷きの教室が二部屋存在していた。
 開始は夜7時。ふたつの長机には、寿司桶が八つに、オードブルの大皿が八つ、ノンアルコール・ビールやお茶、ジュース類が所狭しと並べられた。30人足らずの教職員の会には十分過ぎる量だった。
 田舎ならではの派手で砕けた雰囲気に、自然とテンションが上がり、にわかに気が晴れていく。
 入学式以来、生徒たちの無常観みたいなものが、ことあるごとに垣間見え、ストレスが募っていたのだ。地方の学生らしく、のんびり純粋な印象はあるのだけれど、誰もが悟ったように、未来に向かって生きることの虚しさや、はかなさを言う。
 おまけに、殺人や怪談話にはやたら食いつきがいい。始業式のときもそう。入学式に続いて、校長がまたその手の話を引き合いに出したのだが、とたんに生徒らは眼を光らせた。
 宇和の校風だろうか。仏教の「諸行無常」的思想を教育に取り入れ、「死」を身近に感じさせて、物欲や煩悩から解放しようと……。
 禅寺修行じゃないんだから。
「隣、いいですか?」と、観月が着座した。
 心臓がドクンと打った。
 相変わらず、観月を前にすると恋愛感情めいたスイッチが入る。これも不思議だった。安易に恋などしない私が、仮にひと目惚れしたにしても、既婚者とわかれば恋愛回路を遮断するだろう。
「結んだヘアスタイルも素敵ですね」
「いえ、そんな」と、赤らみそうな顔をうつむける。きょうは長い髪をお団子状に後ろでまとめていた。
 観月は、さりげなく助け舟を出してくれたり、いやみなくほめてくれたり、一緒にいればいるほど気持ちが傾き、惹かれていった。品のいいイケメン教師を女子生徒も放っておかなかったが、それを鼻にかける風もなく、いつも素朴で颯爽としていた。
 私が前に出てあいさつをし、教頭の乾杯の音頭で宴が開かれた。
「どうですか、七篠先生。入学式から一週間。高校教師の手応えは?」
 半分ほど減っていた私のコップに、観月がすかさずコーラを注ぐ。
「ありがとうございます」と、私もノンアルコール・ビールを注ぎ返した。慣れないお酌で泡がこぼれた。
「あっ、すみません」
 大丈夫、大丈夫、と泡をすすって、改めて学校の感想を聞いてくる。
「ずっと目指していた仕事なので、やることなすこと新鮮で、やり甲斐があるんですが、ただ……」
「さっそく問題発生?」
 観月になら、生徒に対する心のわだかまりを打ち明けられそうだ。少しプライベートなノリで、観月とおしゃべりをしたい願望もあった。
「あのぉ、生徒たちと直接交わるようになって感じたことなんですが、みんな、すごく明るくていい子なのに、ある部分すごく冷めてるというか、無感動なところがあって……」
「例えば?」
「将来の夢とか憧れの職業について質問すると、誰もが『人間いつか死ぬのに、なんで夢なんか持つの?』みたいな反応をするんです」
「さすが国語の先生、鋭い観察眼ですね」
「とんでもない。でも、観月先生は感じられません?」
「今どきの子供は、スマホ片手に情報過多の中で育ってますからね。ある意味、大人より達観してるところがあります。才能も実力もない者が夢を見たって仕方ない。堅実に生きることこそ目指すべき将来像、くらいに割り切っているんでしょう」
「大それた夢じゃなくても、こういう職業に就きたいとか、こういう家庭を築きたい……くらいのビジョンはあると思うんだけどなぁ。具体的な未来像がまったく描けてなくて。最後は『どうせ死ぬのに』で片付けちゃうんですよね」
 私は小皿に取り分けていた卵焼きを口に運ぶ。そして思い切り顔をしかめた。
 しょっぱい。
 甘い卵焼きはあるけど、こんな塩を効かせた味付けは初めてだ。
「どうかしました?」
「この卵焼き、すごく塩辛いな、って……」
「え、そう? 僕もさっき食べたけどな」
 私は、卵焼きの横に並ぶ、蒸しエビや春巻きも小皿に取って食べた。 
 塩辛い!
 異常なほど塩が効いてる。私はコーラをつかんで流し込んだ。周囲を観察するが、みんな機嫌よくオードブルの料理をつまんでいた。まさかと思いながら、私はお寿司にもハシを伸ばした。
 辛いのだ。醤油なんてまったく必要ないほどの、塩っ気。
「なんか渋そうな顔してるけど、口に合わない?」と、観月が笑う。
「いえ、そんなことないです。ただ、どれも塩味が強いというか」
「七篠先生のご実家のあたり、相当薄味なんでしょうね」
 そういうこと? けど、この辛さは、飲み物がいくらあっても足りないレベルだ……。
「今年は百合子先生のピアノが聞けなくて、残念ですね」
 学年主任がふいに言った。全員に呼びかけるような調子だ。
「何か物足りないと思ってたけど、それかぁ」
 上座の校長が受ける。
 百合子先生って誰だろう。ピアノといえば音楽の教員か……。そういえば、音楽教師とはまだ面識がなかった。
「去年の僕の歓迎会では、モーツァルトの『レクイエム』を弾いてくれたんですよ」
 私のはす向かいに座る、教員2年目の社会科の須藤が言った。「レクイエム」といえば、死者の安息を祈るミサ曲だ。
「その翌日だったよね、事故で亡くなられたの」
「四十歳は若過ぎますよ」
 教頭の話を、再び須藤が引き継ぐ。全員やや鎮痛な面持ちになった。
 突然なんの話題? 音楽の先生が去年の歓迎会でピアノを弾いて、その翌日亡くなった? しかもその曲が死者を弔う「レクイエム」?
「いわくつきの踏切でしたからな」
「しかも、百合子先生、足から滑り込むように線路内へ侵入した、とか」
「目撃者の話だと、遮断機の下から足を引っ張っぱり込まれたような感じだったらしい」
「よしましょう、よしましょう。歓迎会の席で事故の話は」
 主任と教頭の不気味な会話を、校長が制した。
 あの地元紙の記事のことではないのか。音楽教師が踏切で謎の事故死……。
 宇和高の先生だったの? しかも例の踏切で……。
「さびしいですね。百合子先生の演奏のない歓迎会は」と、美術教師の眞田。
「きっと、きょうも来てらっしゃるさ。去年みたいに黒のドレスに紫のスカーフを髪に巻いてね」
「そのうち、上の音楽室からピアノの音でも聞こえてきたりして」
 校長と学年主任が、ビールを注ぎ合って笑う。
 私は青くなって長テーブルの末席をのぞいた。開宴のあいさつをする際、黒いドレスに紫のスカーフを巻いた、四十格好の女性が見えたのだ。
 いない。
 おトイレにでも立っているのか。
「どうしました?」
「観月先生、さっき、存じ上げない女性がいらしたので、お声かけしようと思ったら、今、席を外されてるみたいで……」
「存じ上げない女性?」と、観月が席を見渡す。
「全員そろってるみたいだけど」
「でも、この机のいちばん端に、黒いドレスに紫のリボンをつけた……」
「黒いドレスに、紫のリボン?」と、メガネ女子の芥田が素っ頓狂な声を上げた。
「七篠先生、やめてくださいよ。まるで百合子先生じゃないですか」
 学年主任がいぶかしげに言った。
「いやいや、主任。やっぱりあの世から顔を出してくれてるのさ。主役の七篠先生には姿を見せたかったんでしょう」
 校長の言葉に、そうかそうか、と再び場が和んでいく。
 突如、頭上でピアノの音が響いた。私はゾクリとして天井を見上げる。
 あれは「レクイエム」だ。有名なモーツァルトの鎮魂歌。まさかそんな……。
 他の教員は雑談に花を咲かせている。
 あの音が聞こえないの?
 誰もなんの反応も示さない。隣や向かいの人と談笑に興じるばかり。観月も寿司をつまみながら、メガネ女子の芥田と英語教材の話をしていた。
 私の耳にしか届いてない……? 血の気がサッと引いていく。
「ちょっと、おトイレ行ってきます」
 私は言い残して教室を出た。すぐ左側にあるトイレの前を素通りし、階段ホールまでやってくる。弱々しい蛍光灯に照らされた踊り場を見上げ、覚悟を決めて階段に足をかけた。
 我慢できなかった。音の正体はなんなのか。空気の振動として、今もちゃんと耳に伝わってくるのだ。放ってはおけなかった。
 2階フロアに立った。暗い廊下が伸びている。一番手前が音楽室。部屋の電気は消えている。けれど確実に「レクイエム」は鳴っていた。静かに繊細に美しく……。
 震える手でドアを引いた。鍵はかかっていなかった。窓明りを背景にグランドピアノの屋根が開いている。頭らしきものも見えた。スカーフのシルエットも……。
 演奏がピタリと止み、その影がすごい勢いで襲ってきた。
 私は悲鳴を上げて逃げる。
「もっと近くで聞いて」と、後ろから腰をつかまれた。
 あらん限りの金切り声で助けを求めた。
 その瞬間、まばゆいばかりの光が放たれ、ドッと笑い声が降ってきた。
 がく然と、あたりを見まわす。
 教員たちだった。
「ドッキリ大成功!」と、校長が諸手をあげ、みんなが拍手する。
「七篠先生、ごめんね。これ、幽霊ドッキリなんだ」
 観月が座り込んだ状態の私に、手を差し伸べた。
 私は引っ張り起こされながら、まだ状況を把握できなかった。
「ごめんなさい、初対面でこんないたずらしちゃって。音楽教師の玉坂百合子です」
 紫のスカーフを髪に結んだ、黒いドレスの女性が会釈する。
「百合子先生は、遠い所に出張してらして、きょうが初出勤だったものでね。何か衝撃の出逢いを演出できないか、主任といろいろ考えたのさ」
「音楽室でピアノとくれば、幽霊しかないでしょ、って、みんなで協力し合ってね」
 校長と学年主任が、いたずらっ子の顔で握手している。
「ここは僕に免じて許してもらえます? 本当、すいません」
 観月が申し訳なさそうに手を合わせた。
 私は怒ることもできず、顔を引きつらせて笑った。
 ちょっと冗談が過ぎる……と思う一方、新聞記事の写真とそっくりな百合子の笑顔が、気になって仕方なかった。


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