🎩＜ジェントルマン！！

ふざけたタイトルだけど、内容は重めです。そしてバチクソ長い。
暇なときに頑張って読んでね！！

あと、間違っているところがあったら教えてくれると嬉しいです。

ジェントルマンとは何か？

さて、イギリスの支配階級たるジェントルマンとは、そもそも何なのか？

辞書的な定義をいえば「特有の価値観※を身につけた有閑の資産階級」ということになるだろうね。

必ずしも、先祖代々の貴族やジェントリ（地主）だけが支配階級だったというわけではないのである。
ジェントルマン特有の価値観を身につけていて、それっぽく見える有閑の資産階級であれば良いんだから。

実際、ロンドン・シティの金融業者、企業家、商人とかも、後には支配階級に合流していったみたいだしね。
条件さえ満たせば、「下々の者」にも支配階級の座にのし上がれるチャンスがあったわけだ。

この点で、イギリスの支配階級は「開かれたエリート」であったといえる。
とはいえ、支配階級のあり方そのものが昔から大きく変化していったのかというと、そんなことはなかったんだな。

というのも、「有閑の資産階級」の「有閑」部分は、商工業や金融ではなく土地所有に基づくものだったからだ。

支配階級はあくせく働いていてはいけなかったし、「働かない」ための収入源も「土地」でなくてはならなかった。

それは、土地というものが、大不況の起こる1880年代くらいまで極めて安定した資産とみなされていたからである。

（まあ、1870年代以降にアメリカから安価な作物が流入してくると、地価の下落と地代収入の減少が起こって、大不況になったんですけどね）
（絶対的に安定した資産なんてないんだなぁ……）

まあ、要するに、

「産業、貨幣、証券を持っていようが、土地持ってなきゃ上流階級じゃねぇ！」
「仕事なんかしているようなヤツは上流階級じゃねぇ！」
「パブリック・スクールに行け！　オックスブリッジにも行け！！　そこで支配階級の価値観を身につけろ！！！」

……ということである。

※
ジェントルマン特有の教養は、騎士道精神とルネサンス・ヒューマニズムの接合によって成立したとされる。

騎士道精神っていうのは、「騎士は貴婦人に命がけで仕えるぞ！」という『アーサー王物語』のランスロットみたいなロマンティックラブ・イデオロギーとか、実利よりも名誉を重んじる価値観のことだね。
概して祝祭的というか、浮世離れしている感じ？？

で、ヒューマニズムはそのまま、人間中心主義的な価値観だ。
まあ、ルネサンス→宗教改革→啓蒙主義という風に発展してきた近代的人間観に連なる考えなんだな、と思ってもらえれば。

そしてそれは、古典を核としたアマチュア主義的な教養の重視と、パターナリズムにつながった。

まず、「アマチュアである」ことを重視するから、何かの技芸によって金を取ることは厭われたんだ。
「その仕事で金を稼ぐことを考えないからこそ、金に囚われず、真の熱意をもって高みを目指すことができる」的な。
だからこそ、議員は無給の名誉職だったし、プロスポーツ選手とかも存在しなかったんだね。

でもって、こういうロマンティックで浮世離れしたアマチュア的価値観は、翻って「俗世間で金を稼ぐことに必死になっている俗物は、ロクなことを考えられない。俺らが代わりにやってやらないと。そうするのがヤツらのためでもあるんだ」みたいなパターナリズムにもつながっていったんだ。

「ジェントルマン」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib
「人文主義」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib
「スポーツ」『日本大百科全書』Japan Knowledge Lib

そして、支配階級たる彼らジェントルマンにとって特に重要だったのが、「それっぽい、尊敬されうる見かけであること（＝respectability）」だったのである。

なぜ"respectability"が重要だったのか？

さて、なぜジェントルマンは見かけを重視したのだろうか？

⑴有閑階級の指標としてのrespectability

その理由は第一に、見た目が（土地所有に裏づけられた）有閑階級であることを示す一つの指標となったためだと考えられる。

このことを示す最も典型的な事例は、カントリー・ハウスである。

カントリー・ハウス。まあ、上流階級の田舎の邸宅のことなんだけども。
あそこでの暮らしって、めちゃくちゃ贅を尽くしているんだよね。

先祖代々受け継がれてきた、バカでかい敷地にクソでかい庭。
イギリス帝国の植民地からかき集めてきた数々の物産に彩られた贅沢な文化。
使用人として多くの労働者階級を雇い入れて、初めて維持できる浪費的生活。

これは明らかに、貨殖を重んじるプロテスタント的精神とは異質なものだ。
まさに有閑階級──古くからの有閑階級であることを示す「贅沢の見世物」的な生活文化が、カントリー・ハウスというシステムの中には息づいていたのである。

そして、その中に近代イギリス社会を幾重にも包んだパターナリズムが立ち現れていたのであった。

カントリー・ハウスは、地所の主人でありイギリスの支配階級たる家長と、その家族（女性、子供など）や使用人（労働者階級）、果てはイギリス本国と植民地との間にも存在したパターナリスティックなヒエラルキーの関係の縮図だったんだ。

カントリー・ハウスに見られる贅沢な文化と生活サイクルは、「長男子相続制による爵位・財産の集約」や「大勢の使用人の雇用」、「植民地からの新奇な物産の流入」によって実現された。

これらはそれぞれ、「家長→使用人含むその他の家族へのパターナリズム」「上流階級→労働者階級へのパターナリズム」「イギリス本国→植民地へのパターナリズム」を象徴しているといえる。

このように、ジェントルマンとは、制度化されたパターナリズムの頂点に立つことによって初めて成立した階級なのであった。

……という風に考えていくと、彼らのrespectabilityは、彼らが「形式・儀礼を重視する騎士道精神の色彩を帯びた、贅沢な有閑階級」であることを示す指標であったがゆえに重要だったといえそうだ。

⑵イギリス帝国の拡大期における文化的模範としてのrespectability

さて、ジェントルマンが見かけを重視した第二の理由は、考えるのが少し難しい。
これは、プロテスタンティズムとジェントルマン概念との関係から捉えることができるように思う。

イギリスって、プロテスタンティズムとの関係が結構深いんだよね。
ヴィクトリア朝時代に至ってもキリスト教信仰が根強く残っていたみたいだし。

（まあ、宗教的にはイギリス国教会とかいうイレギュラー宗派なんだけど）

で、このプロテスタンティズムの特徴として「予定説に由来する、救いの確証を得るための絶えざる禁欲的労働」が挙げられるんだ。
プロテスタントは、内面の信仰よりも、実際に絶えず善行を行い続けることによって救いの確証を得ることを重視したわけだね。

（この辺りのことはヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に詳しく書かれていると思うよ）

それで、イギリスにおいてこうしたプロテスタンティズムを体現していたのが誰だったのかといえば、シティの金融業者、企業家、商人などの市民階級だった。

こういう市民たちは、元々はイギリスを伝統的に支配してきた貴族・ジェントルマンとは異なる階級に属していたわけだけど……伝統的支配層の富の一部を国債や海外商業に運用していく中で、徐々に支配階級の一員に合流していったんだ。

その結果として形成されたのが──ひょっとして聞いたことあるかな？　ジェントルマン資本主義※体制だったわけだね。

※
ジェントルマン資本主義は、伝統的支配層とシティの金融との融合によって生じたものであった。

竹内幸雄『イギリス人の帝国　──商業，金融そして博愛──』（ミネルヴァ書房、2000年）、18ページ。

この体制の中で、プロテスタント的な市民が働きまくって蓄積した富は、旧来の支配階級と同盟して、イギリス帝国の世界への拡大へとつながっていったわけだ。

でもって、市民たちが支配層に合流していく過程においても、先に書いたジェントルマンの理念は教育を通じて伝えられ続けていたんだね。

イギリス帝国の拡大において、プロテスタント的に蓄積された富が経済的原動力であったとすれば、ジェントルマンの理念は文化的模範だったわけだ。支配者たるもののね。

（ジェントルマン理念は「文化的」原動力であって、どうやら「経済的」原動力ではなさそうだ）

respectabilityが重要なもう一つの理由は、ここにあるんじゃないかな。

つまり、respectabilityは「イギリスの文化」というものを、国内の新たな支配層（市民たち）や海外植民地に「伝道」する際のシンボルとしての機能を持っていたんだ。

さて、そろそろまとめに入ろうか。

まとめ

まず、「ジェントルマン」は、イギリスにおける支配階級の理念的・文化的模範の役割を果たしていた。

産業革命が起こって製造業者・産業資本家層などの新興階級が勃興しても、1870年代以降の大不況によってジェントルマンの富が立脚する土地の価値が低下しても、それは変わらなかった。

贅沢で豊かな外形（respectability）を備えたジェントルマンの文化は、イギリス国内外において一種の理想としての意味を持ち続けたんだね。

また、実質的な支配階級としてのジェントルマンは、市民たちの富と手を結んでジェントルマン資本主義を形成し、300年に渡るイギリス帝国の拡大の実際の動力を提供したともいえる。

そして、帝国の拡大に伴って獲得された植民地からの収奪・搾取によって、彼らの余剰に満ちた贅沢な文化は維持され、下層階級にまで押し広げられていったんだ。

「砂糖を入れた紅茶」なんかがその典型例といえそうだね。
最初は紅茶も砂糖も上流階級だけが享受できる贅沢品だったわけだけど、徐々に下層階級にまで普及していって、彼らの貴重なエネルギー源にまでなったわけだ。

（↑これは、川北稔の『砂糖の世界史』に詳しく書かれているよ。ジュニア新書だから読みやすいし、興味があったら是非調べてみてくれよな）

ジェントルマンが19世紀のイギリスに与えた影響とは、こうした贅沢な文化の下層階級への下賜であり、それを可能にした自由貿易と金融の帝国主義への文化的原動力の提供だったといえるだろう。

そして、彼らがこのような文化的模範としての影響力を保つために必要であったのが、respectabilityだったと結論づけられそうだ。

参考文献（ムダに長いぞ！）

• アーネスト・ゲルナー著／加藤節訳『民族とナショナリズム』（岩波書店、2000年）

• 「イギリス」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib

• 大谷伴子『マーガレット・オブ・ヨークの「世紀の結婚」　──英国史劇とブルゴーニュ公国』（春風社、2014年）

• 川北稔『砂糖の世界史』（岩波書店、1996年）

• 川北稔「生活文化の「イギリス化」と「大英帝国」の成立　──一八世紀におけるイギリス帝国の変容」木畑洋一編著『大英帝国と帝国意識　──支配の深層を探る──』（ミネルヴァ書房、1998年）

• 川北稔『世界各国史11　イギリス史』（山川出版社、1998年）

• 佐藤元状「イギリス映画とは何か？　──ナショナル・シネマの完成まで」武藤浩史ほか編著『愛と戦いのイギリス文化史　1900－1950年』（慶應義塾大学出版会、2007年）

• ジェーン・ガーネット「信仰生活と知的生活」コリン・マシュー編／君塚直隆訳『オックスフォード　ブリテン諸島の歴史　第9巻　19世紀　1815年〜1901年』（慶應義塾大学出版会、2009年）

• 「ジェントルマン」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib

• ジャネット・ハワース「ジェンダー、家庭重視、性の政治学」コリン・マシュー編／君塚直隆訳『オックスフォード　ブリテン諸島の歴史　第9巻　19世紀　1815年〜1901年』（慶應義塾大学出版会、2009年）

• ジョルジュ・バタイユ著、酒井健訳『エロティシズム』（ちくま学芸文庫、2004年）

• 「人文主義」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib

• 「ストーン」『岩波　世界人名大辞典』Japan Knowledge Lib

• 「スポーツ」『日本大百科全書』Japan Knowledge Lib

• 竹内幸雄『イギリス人の帝国　──商業，金融そして博愛──』（ミネルヴァ書房、2000年）

• 竹内幸雄『自由主義とイギリス帝国』（ミネルヴァ書房、2011年）

• 平田雅博『イギリス帝国と世界システム』（晃洋書房、2000年）

• 「ビクトリア時代」『世界大百科事典』Japan Knowledge Lib

• マーク・ジルアード著／森静子・ヒューズ訳『英国のカントリー・ハウス : 貴族の生活と建築の歴史. 上』（住まいの図書館出版局、1989年）

• マーク・ジルアード著／森静子・ヒューズ訳『英国のカントリー・ハウス : 貴族の生活と建築の歴史. 下』（住まいの図書館出版局、1989年）

• マックス・ヴェーバー著／大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』（岩波書店、1989年）

• リチャード・D・オールティック著／要田圭治、大嶋浩、田中孝信訳『ヴィクトリア朝の人と思想』（音羽書房鶴見書店、1998年）

• Melissa Aaron. “Who were the titled Americans?”. National Trust. （URL: https://www.nationaltrust.org.uk/discover/history/people/who-were-the-titled-americans）（2023年2月6日参照）