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【短編小説?】熱的死の果ての

レッド・リアリティ見てたら思いついた


それは「何もない」ということすらない灰色の中を漂っていた。
その宇宙は熱的死を迎えたらしい。だから「それ」以外の構造物は何もないわけだ。光も音も水も空気もない、物質もない、時間も空間もない、差異も境界もない。「無」さえもない。なぜなら「無」をつくるためには「ものに溢れた世界の中の、ものがない空白」という観念が必要だからだ。

全てのエネルギーは散逸し、全ての結合は解かれた。
よく知られた物体の質量の大半は、実のところ素粒子を結合させているエネルギーである。ゆえに、エネルギーが散逸すると我々は肉体を保てない、はずだ。

だというのに、それこそ神とかいう失われた概念の思し召しだろうか──それだけが散逸することなく、何もないところにいた。
まあ、「ところ」といってもそれは「空間」ではないのかもしれないが。

かつてはそれにも名前があった。
だが今──とはいえ時間自体がもはや存在しないから、「今」とは便宜上の呼び名だが──はもうない。ことばは失われてしまったのだ。

何者かの寵愛によって物理法則を凌駕してかたちを保つそれは、それだけで独立して存在する一つの閉じた世界であった。
「ここ」には何もないが、それだけがものであることによって空間である。「今」には始まりも終わりもないが、それだけが測定できることによって時間である。
それはかたちがあるというだけで、文字通りこの死んだ宇宙の「すべて」であった。

それはこんな特徴を持っているようだ。

プラスチック製の細い筒が突き刺さった、同じくプラスチック製の逆円錐台型の容器である。中はいわゆる「甘い」香りのする#BC9C78色の液体で満たされている。
液体は主として、アカネ科コーヒーノキ属の植物の種子を焙煎して砕いた粉末の成分を水で抽出したものと、ウシ科ウシ亜科の動物の母乳と、イネ科サトウキビ属の植物の茎から絞った汁を煮詰めたものから構成されている。
また、プラスチック製の細い筒の先端には、ヒト亜属に属する動物の唾液が少量付着している。

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