夜はこれから

 夜もすっかり更けた頃、玄関のドアが開く音が聞こえる。彼は音を立てずに寝室へと入ってきた。しかし、枕元の灯りを見て驚いた様子。
「まだ起きてたの?」
「明日休みだから」
「何してるの?」
「本読んでる」
 本当は彼の帰りを待っていた。でも本人に言うのはさすがに照れ臭くて私は嘘をついた。
「じゃ、風呂入ってくる」
「うん」
そう言って彼は寝室を出ていく。少ししたらシャワーの音が聞こえてきた。早く上がってこないかななんて思いながら本を読んでいると、内容が頭に入ってこない。彼が帰ってきてから同じところを何回も読んで、全く先に進まない。結局全然読み進めることが出来ず、気がつけば彼がお風呂から出てきて寝室へと戻ってきていた。
「何の本読んでんの?」
「今話題になってる本。面白いってテレビで言ってたから買ったんだ」
「それ面白い?」
「うん、面白い」
 彼はへぇと聞いた割に興味がなさそうな返事をして、私の隣にゴロンと寝転がった。本当は内容なんて頭に入ってないから、面白いか分からない。それは全部全部、彼のせい。
「そんなに面白いんだったら今度俺も読もうかな」
「私が読み終わったら貸してあげるよ」
「ありがと」
 本当は本なんて読んでいなくて、頭の中はあなたでいっぱいなんて言ったらどんな顔するのだろう? そんなことを考えていたら不意に名前を呼ばれた。

 気がつけば視界一面彼の顔で、油断すると唇がくっついてしまいそうだった。
「さっきから全然ページ進んでないよ?」
「それは……うん」
「もう本いいから」
 そう言うと彼は、私が手に持っていた本を奪い取る。
「……俺のこと、ちゃんと見てよ」
 すると彼の手が私の腰に回って、ギュッと力強く引き寄せられた。
「まぁ俺だけしか見れないようにするけど?」
耳元で彼が囁くと、私はもう白旗をあげずにはいられない。
「もう……最初から本なんか読んでないよ」
「そんなことだと思った」
  何でもお見通しな彼が少し口角を上げる。それが合図のように、夜は終わらない。

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