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エッセイ|ハイヒール


「ヒールの高さは女のプライドの高さだよ」

口癖のように声に出す友人がいた。彼女はいつも7センチヒールを履いている。もっと高いこともある。わたしはといえばヒールは5センチ、たまにスニーカー、夏はクロックス。

だから「もっと高くしたら?」と何回言われたか。女としてのプライドがないように映っていたのだろう。たしかに『女としてのプライド』があったのかどうかは自分でも怪しいが、ひとりの人間としての信念はあったつもり。

どんなときでも彼女は高級なものを身にまとっていた。一目見て分かる。高そう。わたしはどこかに出かけるときは身なりには気を配っていたけれど、日常生活はジーパンにカットソーとか。

家の中では何ならもっとラフだ。その話をしたら「そんな恰好で旦那さん嫌がらないの?」「え?ポイントメイクだけ?旦那さんに失礼だよ」と驚かれたことがあった。(メイクに関しては事情があり出来ないことが多かった)

彼女のご主人は、朝から晩までフルメイクで美しく着飾っていてほしいらしい。それが女性の在り方だと。スエット上下なんかで家にいようものなら怒るし、彼女自身も美しくあることが妻としての務めだと言っていた。

家では自然体でゆったり過ごすのがいいよね、という我が家とは正反対。もちろん、彼女の生き方も素敵だと思う。他にも何人かそういうご夫婦を知っているから、もしかしたらわたしたちの方が世間から見たらだらしがないのだろうか?と思ったりもしたけれど。

それから数年が経ち、久しぶりに彼女と会った。

シングルマザーになっていて息子さんと二人暮らしだそう。「今はアパートに住んでるのよ、びっくりでしょ?」と笑っていた。

足元に目をやるとフラットシューズ。相変わらずきちんとした服装だけれど、ブランドで身を固めているわけではない。ヒールは低くても内側から輝いていて本当に美しかった。

あのころはお人形さんのような印象だった彼女が、しっかりと両足で立って生きているように感じて、なんだか嬉しかった。

きっともう、ヒールでプライドを保つことはないだろう。


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