見出し画像

PARIS2024男子バレーボール分析&総括

こんにちは。ray-manと申します。

2024年夏に開催されたパリオリンピックが閉幕しました。

今大会の男子バレーボール競技では開催国・フランスが優勝し、男子バレーボール競技では36年ぶりとなる五輪連覇を自国開催で達成しました。また、ポーランドは48年ぶりのメダル獲得となる準優勝という結果に終わりました。前評判に違わぬ見事な結果を残したフランス、ポーランド両国は本当に素晴らしかったと思います。

加えて、前回大会で苦汁を嘗めたアメリカは今回、見事銅メダルを獲得しました。イタリアは準々決勝で、日本にあと1点で敗退というところまで追い詰められながらも逆転勝利し、4強入りを果たしました。

オリンピックはバレーボール界における最も大きな大会の一つです。そのため出場権を獲得した各国は入念に準備して本番に臨み、持てる全てを試合で発揮しようとするでしょう。そのためオリンピックは現時点の世界トップクラスの国が何を考えているのかを理解し、現在のバレーボールの潮流を読みとることができる良い機会です。

そこで本記事では、PARIS2024男子バレーボール競技について公開スタッツを用いて分析し、今大会のトレンドを読み取ることで、現在の男子バレーボールの流れを推測したいと思います。


1. 分析方法

本記事におけるパリ五輪に関する分析は、Volleyball Worldの公開スタッツ(Match Report)を利用しました(引用1)。また、2021年に開催された東京五輪、2016年に開催されたリオ五輪、及び2012年に開催されたロンドン五輪に関する分析は、過去記事(引用2)と同じデータを用いて行いました。2.3ではサーブ得点率を説明変数としたロジスティック回帰分析を行い、勝率を推定しました。データの処理にはR version 4.3.0を用いました。

2. 大会全体の傾向

まずは主要スタッツの大会全体の傾向を、試合ごとの勝ちチームと負けチームに分けて確認したいと思います。なお、以下の図表において”2012”は2012年に開催されたロンドン五輪を、”2016”は2016年に開催されたリオ五輪を、”2020”は2021年に開催された東京五輪を、”2024”は2024年に開催されたパリ五輪を示します。

2.1. アタック関係

はじめにアタック関係のスタッツを見ていきたいと思います。

 図1.直近五輪4大会の試合ごとのアタック決定率の分布。

アタック決定率(Attack/attempt; アタック決定数÷アタック打数×100)は様々なカテゴリで勝敗との相関が強いスタッツとされています(引用3)。今回の調査においても、アタック決定率は、過去大会(東京五輪、リオ五輪、ロンドン五輪)及び今大会(パリ五輪)ともに、負け試合よりも勝ち試合の方が高い値を示す傾向にありました。また、今大会の負け試合のアタック決定率は、前回大会(東京五輪)よりも若干低い傾向にあり、勝ち試合のアタック決定率は、前回大会よりも低い傾向にありました。

以上の結果から、今大会は全体的にアタックが決まりづらい傾向にあり、過去大会に比べてアタック決定率が低くても勝てる傾向にあったと推測されます。

図2.直近五輪4大会の試合ごとのアタック得点割合の分布。

次に総得点に占めるアタック得点割合(Attack/all points; アタック決定数÷総得点×100)の傾向を見ていきたいと思います。アタック得点割合はアタック決定率とは異なり、過去大会及び今大会ともに、勝ち試合よりも負け試合において高い値を示す傾向にありました。今大会は前回大会と比べてその傾向がやや強めに出ており、勝ち試合と負け試合のアタック得点割合の差が前回大会よりも大きい傾向にありました。また、今大会のアタック得点割合は前回大会と比べて負け試合・勝ち試合ともにばらつきが小さくなっていました。

以上の結果から、今大会はアタック以外で得点することが勝つためにより重要になっていたと推測されます。

2.2 ブロック関係

次にブロック関係のスタッツを見ていきたいと思います。

図3.直近五輪4大会の試合ごとのブロック決定率の分布。

ブロック決定率(Block/attempt; ブロック決定数÷ブロックコンタクト数×100)は、過去大会及び今大会ともに、負け試合よりも勝ち試合において高い値を示す傾向にありました。またブロック決定率は勝ち試合・負け試合ともに、ロンドン五輪から大会ごとに緩やかに低下する傾向にありました。しかし緩やかな低下のため、勝ち試合・負け試合それぞれのブロック決定率は概ね前回大会と同じくらいでした。

以上の結果から、今大会のブロック決定率が勝敗に及ぼす影響は前回大会と概ね同等だったと推測されます。

図4.直近五輪4大会の試合ごとのブロック得点割合の分布。

次に総得点に占めるブロック得点割合(Block/all points; ブロック決定数÷総得点×100)の傾向を見ていきます。ブロック得点割合は、過去大会及び今大会ともに、負け試合よりも勝ち試合において高い傾向にありました。また勝ち試合のブロック得点割合も、ロンドン五輪から大会ごとに緩やかに低下する傾向にありました。またブロック得点割合も勝ち試合・負け試合ともに前回大会と概ね同じくらいでした。

以上の結果から、今大会のブロック得点割合が勝敗に及ぼす影響は前回大会と概ね同等だったと推測されます。

図5.直近五輪4大会の試合ごとのブロックコンタクト率の分布。

次にブロックコンタクト率(Block contact; ブロックコンタクト数÷被アタック打数×100)の傾向を確認します。ブロックコンタクト率は、過去大会では負け試合よりも勝ち試合においてやや高い傾向にありました。しかし今大会では、勝ち試合と負け試合のブロックコンタクト率が同等程度になっていました。また、ブロックコンタクト率は勝ち試合・負け試合ともにロンドン五輪から前回大会までは上昇傾向にありましたが、今大会では一転、低下傾向を示しました。さらに前回大会と比べて、勝ち試合・負け試合ともにブロックコンタクト率が低下していました。

以上の結果から、今大会においてはブロックコンタクト率が勝敗に及ぼす影響は小さくなっていたと推測されます。

2.3 サーブ関係

次に、サーブ関係のスタッツを見ていきたいと思います。

図6.直近五輪4大会の試合ごとのサーブ決定率の分布。

サーブ決定率(Serve/attempt; サーブ決定数÷サーブ打数×100)は、過去大会及び今大会ともに、勝ち試合で高い傾向にありました。また今大会における勝ち試合のサーブ決定率は、過去大会と比べても高い傾向にあり、特に前回大会と比べると顕著に高くなっていました。

また今大会の勝ち試合のサーブ決定率は、真ん中がややくびれて縦に太く長い、特徴的な分布をしていました。つまり今大会のサーブ決定率は、高い試合と低い試合とに二極化する傾向にあったといえます。上の山は10%付近に形成されていますが、このような位置に山が形成された過去大会はなく、特徴のある山だといえます。一方5%付近に形成された下の山は、前回大会の勝ち試合の山の近くであって、ロンドン・リオ大会の勝ち試合の大きな山よりも下にありました。

負け試合のサーブ決定率も過去大会と比べても高い値を示していました。また山の位置は前回大会の勝ち試合と近い位置にありました。

以上から、今大会はサーブ決定率が過去大会よりも高い傾向にあったことが確認できました。

図7.直近五輪4大会のサーブ決定率と勝敗の関係。

ここまでの検証で、今大会はサーブ決定率に大きな特色がありそうだったため、サーブ決定率について少し詳しく検証しました。各大会におけるサーブ決定率と勝敗の関係を調べた結果、サーブ決定率が0%の時、前回大会では27%程度の勝率が期待されたのに対し、今大会では8%程度の勝率しか期待できないことがわかりました。また、サーブ決定率が0%から10%になった場合、前回大会では約50%勝率がアップしたのに対して、今大会では約76%も勝率がアップしました。

以上の結果から、今大会においては、前回大会と比べてサーブ決定率が低いと勝率も低い一方で、サーブ決定率が高くなると勝率が一気に上がりやすいことが分かりました。従って今大会は、前回大会よりもサーブ決定率と勝敗の結びつきが強くなっていたと推測されます。

サーブ得点割合(Serve/all points; サーブ決定数÷総得点×100)は、ラリーポイント制の性質上、サーブ決定率の結果とほぼ同じ結果を示し、サーブ決定率の説明と同じ内容になるため、省略させていただきます。

2.4 サーブ戦術

2.3より、今大会の勝利試合におけるサーブ決定率は二極化傾向にあったことが確認されました。この結果は、サーブ決定率の高い、所謂ビッグ・サーブ戦術の他に、サーブ決定率の低いサーブ戦術も採用され、後者のサーブ戦術が一定以上有効に機能していた可能性を示唆しています。

近年の男子バレーボールにおける、サーブ決定率の低いサーブ戦術といえば、”multi-turn (マルチターン)・サーブ戦術“(引用4)が想起されます。マルチターン・サーブ戦術とは、ショートサーブに代表されるようなサーブで、サーブ得点を目的とせず、レシーブチームのアタッカーの動きを制限することで、有効なレセプションアタックを繰り出し辛くすることを目的としたサーブ戦術です。

よって本セクションでは、「今大会においてマルチターン・サーブ戦術が採用され、有効に機能していた」という仮説を検証したいと思います。マルチターン・サーブ戦術を採用すると、サーブ得点が減る代わりに、トランジションアタックの機会が増えるため、アタック得点が増えます。従って、マルチターン・サーブ戦術が採用されていた場合、サーブ得点割合が低く、アタック得点割合が高くなります。そこで、今大会のアタック得点割合とサーブ得点割合の関係を調べることで、上記仮説の検証を試みました。

図8.直近五輪4大会のアタック得点割合及びサーブ得点割合の分布。
図9.東京五輪とパリ五輪とにおけるアタック得点割合が60%以上かつサーブ得点割合が5%以下の試合。

図9に示すように、東京五輪ではアタック得点割合が60%以上でサーブ得点割合が5%以下の、「サーブ得点割合が低くアタック得点割合が高い」試合が、全体の30.3%を占めていました。またこの条件下において52.2%の勝率を示していたことから、東京五輪においてはサーブ得点割合が低い状態でも試合に勝利できる、マルチターン・サーブ戦術が一定数採用され、有効に機能していたと推測されます。

一方今大会では、同様の条件の試合の割合が、東京五輪の約半分に減少していました。また、同条件下における勝率は東京五輪の半分以下でした。

以上より今大会における「サーブ得点割合が低くアタック得点割合が高い」試合は、①意図せずサーブ得点を得られなかった非マルチターン・サーブ戦術の試合②マルチターン・サーブ戦術が有効に機能しなかった試合、のいずれかであると推測されます。即ち、「今大会においてマルチターン・サーブ戦術が採用され、有効に機能していた」という仮説は正しくない可能性が高い、と結論付けられます。

なお、本結論はチーム及び試合全体のサーブ傾向についてのものであり、選手個々やセット単位についてのものではないことに、ご注意ください。

2.5 小括

それではここまでの結果を一旦まとめます。

今大会は全体的に、アタック得点に依存せずに勝利する傾向にありました。また、ブロック得点の重要さは前回大会と概ね同じくらいと推定されました。一方、サーブ得点の重要さは、前回大会と比べて大きくなっていることが確認されました。従って今大会は全体的に、サーブで得点すること、及びサーブ得点を献上しないことが重要だったと推定されます。

また、今大会では東京五輪で見られたようなマルチターン・サーブ戦術は多く見られなかったか、又は有効に機能していなかった、ということも推測されました。

加えて今大会では、アタック決定率が低下傾向にありましたが、ブロックコンタクト率も低下傾向にありました。この結果から、アタック決定率の低下は、ブロックリバウンド(ワンタッチを取ってディグ、又はブロックによる攻撃側陣への返球)の増加によるものではなく、ブロックに当たらずに抜けたボールを、ディガーが処理に成功するケースが増えたことに起因すると推測されます。即ち、出場国全体として、ブロックとディグの関係がより洗練されていたのではないかと考えられます。

3. 出場各国の特徴

次に今大会に出場した各国の特徴を確認したいと思います。以下においては、各国の総得点に占めるアタック、ブロック、サーブ得点の割合(得点割合)と、総失点に占めるアタック、ブロック、サーブ失点の割合(失点割合)について確認することで、各国の得失点傾向を掴みたいと思います。

3.1 得点パターン

まずは各国の得点パターンについて確認します。

図10.パリ五輪における各国のアタック失点割合、ブロック失点割合、及びサーブ失点割合の分布。

図10より、得点パターンの全体的な分布には明確な傾向がありませんでした。従って、各国の特徴を比較することで、今大会のトレンドを確認したいと思います。

まずは上位の成績を収めた国(上位国;フランス、ポーランド、アメリカ、イタリア)の得点パターンを確認したいと思います。優勝したフランスは、ブロック得点割合が他国より高いものの、サーブ得点割合も全体4位と比較的高い値を示していました。一方でアタック得点割合は低い傾向にありました。準優勝したポーランドは、サーブ得点割合が飛びぬけて高く、アタック得点割合が低い傾向にありました。3位だったアメリカは、アタック得点割合とブロック得点割合とが比較的高い傾向を示しました。4位だったイタリアは、フランスとよく似た傾向を示しました。

これらを総合すると、上位国は他の国と比べてサーブ得点割合が高い傾向にあったように思えますが、明確にサーブ得点割合が高かった、とは言い切れない点には注意が必要です。今大会出場国のサーブ得点割合は、5~6%付近に密集分布しており、フランス・イタリア・アメリカはその密集域に含まれているためです。つまりポーランド以外の3か国のサーブ得点割合の高さは、あくまで相対的なものに過ぎないため、今大会上位国のサーブ得点割合は低くない傾向にあったと言うに留められます。

次にその他の国の得点割合をざっと確認したいと思います。スロベニアはポーランドに次ぐサーブ得点割合の高さを示し、サーブを武器にしていたことが分かりました。ドイツはフランス、イタリアと似た傾向を示していました。日本とブラジルはアタック得点割合が高い傾向を示していました。また日本はサーブ得点割合が高い一方で、ブラジル、アルゼンチン、エジプトはサーブ得点割合が低い傾向にありました。

3.2 失点パターン

次に各国の失点パターンについて確認したいと思います。

図11.パリ五輪における各国の被アタック失点割合、被ブロック失点割合、及び被サーブ失点割合の分布。

図11より、失点パターンの全体的な分布としては、概ね左上(被サーブ失点割合・高/被アタック失点割合・低)の6か国(SLO, GER, BRA, CAN, ARG, EGY)と、右下(被サーブ割合失点・低/被アタック失点割合・高)の6か国(FRA, POL, USA, ITA, JPN, SRB)とに分かれていました。左上グループには下位3か国が、右下グループには上位4か国が分布していました。よって今大会は被サーブ失点割合が低く被アタック失点割合が高い国が優位だったと推測されます。

次は上位の各国の失点パターンをより詳細に確認したいと思います。フランスは被ブロック失点割合が大きく、被サーブ失点割合が低い傾向にありました。またポーランドは低い被サーブ失点割合を示しました。さらにアメリカは、被アタック失点割合が大きい一方で、被ブロック失点割合及び被サーブ失点割合は低い値を示しました。イタリアは被アタック失点割合こそ及ばないものの、アメリカと似た失点傾向を示しました。

次にその他の国の失点パターンを見ていきます。スロベニアは高めの被サーブ失点割合と低い被アタック失点割合が特徴的でした。ドイツは被ブロック失点割合が少し高いことを除いて、スロベニアに近い失点傾向を示していました。また日本はフランスに似た失点傾向を示していました。ブラジルは被ブロック失点割合と被サーブ失点割合が高い傾向にありました。アルゼンチンは高い被サーブ失点割合と低い被アタック失点割合が特徴的でした。

3.3 小括

得失点パターンに関して、今大会上位国のアタック得点割合は、アメリカ以外は低い傾向にあったことが確認されました。この結果は2.1で示した、アタック以外(ブロック、サーブ)で得点することが重要だったという全体傾向と合致します。上位国のうちフランスとイタリアは主にブロックで、ポーランドはサーブで得点を稼いでいたことも確認されました。また、ブロックで得点を稼いでいたことが顕著なフランスとイタリアも、一定水準以上はサーブで得点していた、という点には注意が必要です。

失点パターンに関しては、上位国はサーブ失点割合が明確に低い、という傾向が見られました。これらの結果から、2.3で示した今大会のサーブ得点重点化の傾向とも合致しており、今大会はレセプションで失点しないことが特に重要だった、ということを改めて示していると考えられます。

4. 上位国の特徴

次に今大会の上位4か国(フランス、ポーランド、アメリカ、イタリア)の得失点パターンを、過去大会の上位4か国の得失点パターンと比較し、今大会の相対的な位置づけについて確認したいと思います。

4.1 得点パターン

まずは得点パターンから確認します。

図12.直近五輪4大会における各大会上位4か国のアタック得点割合、ブロック得点割合、及びサーブ得点割合の分布。

図12より、今大会の上位国は、アメリカを除いて図の左側に位置する傾向が見られました。この結果から、今大会上位国のアタック得点割合は、過去大会上位国のアタック得点割合と比べて、低い傾向にあったことが確認されました。また、今大会上位国のすべての国のサーブ得点割合は、前回大会上位国のすべての国のサーブ得点割合を上回っていました。以上より、今大会の上位国は、アメリカを除けば過去大会上位国と比べてアタック得点割合が低く、前回大会上位国と比べてサーブでの得点が多い傾向にあったことが確認されました。

次に今大会上位国の各国の位置づけについて確認します。今大会のフランスは過去大会の上位国と比較してもブロック得点割合が高く、サーブ得点割合も高い傾向にありました。また、アタック得点割合は過去大会の上位国と比較して低い傾向にありました。フランスは前回大会でも上位に入っていますが、前回大会のフランスは図の右下部に配されているのに対して、今大会のフランスは図の左中部に配され、色が濃くなっています。これらの結果から、今大会のフランスは前回大会のフランスと比べて、ブロック得点割合とサーブ得点割合が増加し、アタック得点割合は減っていたことが分かりました。

今大会のポーランドは、直近4大会の上位国の中でも突出して高いサーブ得点割合を示しました。一方でブロック得点割合とアタック得点割合は低い傾向にありました。アメリカはアタック得点割合が過去大会上位国と比べても高い一方で、ブロック得点割合は低い傾向にありました。イタリアはフランスとほぼ同じような傾向を示していました。

4.2 失点パターン

次に失点パターンについて確認します。

図13.直近五輪4大会における各大会上位4か国の被アタック失点割合、被ブロック失点割合、及び被サーブ失点割合の分布。

まずは今大会上位国の全体的な傾向について見ていきましょう。今大会上位国は被サーブ失点割合が低いという共通点がありました。しかし今大会上位国の被サーブ失点割合は、過去大会上位国を含めた延べ16か国中5位から11位と、やや低い傾向がみられる程度に留まっていました。また、ROCを除いた前回大会上位国の被サーブ失点割合と比べると、今大会上位国の被サーブ失点割合は高い傾向を示していました。以上の結果から、今大会上位国の被サーブ失点割合は過去大会上位国と比べると高くはない程度であり、前回大会上位国と比べるとむしろ高い傾向にあったことがわかりました。

各国の失点パターンに目を向けると、フランス・ポーランド・イタリアの被サーブ失点割合と被アタック失点割合は、似たようなパターンにあり、被ブロック失点割合は、それぞれに特徴ある値を示していました。アメリカの被サーブ失点割合は、過去大会上位国と比べても低い傾向にありました。一方、アメリカの被アタック失点割合は、過去大会上位国を合わせても、上位に位置していました。

4.3 フランスの得点パターンの変化

4.1で述べたように、連覇を達成したフランスは、前回大会とは異なる得点パターンを示していました。そこでフランスの得点パターンの変化をもう少し詳しく見ておきたいと思います。

図14.東京五輪とパリ五輪とにおけるフランスの得点パターン。

今大会のフランスの得点割合は、東京五輪のフランスに比べて、アタック得点割合が4%以上減少し、ブロック得点割合が1.2%、サーブ得点割合が2.6%増加していました。特にサーブ得点割合は、前回大会の約1.8倍と大きく伸びていたことが分かりました。以上の結果から、今大会のフランスは特にサーブ得点が大きく増加していたことが分かりました。

4.4 小括

過去大会の上位国の得点パターンと比較することで、アメリカを除いた今大会上位国の得点パターンは、アタック得点割合の低さに特徴があることが確認されました。加えて、前回大会の上位国と比べると、今大会の上位国はサーブ得点割合が高い傾向にあったことがわかりました。

また、今大会上位国の被サーブ失点割合は、過去大会上位国と比較すると、明確に低いとは言えないことが確認されました。従って、今大会は全体的にサーブが強く、上位国ですらレセプションに苦戦していたと推測されます。なお今大会のサーブが全体的に強力であったことは、(注1)の結果からも確認できるかと思います。

5. 考察

5.1 今大会のトレンド

本記事ではパリ五輪における男子バレーボール競技について、公開スタッツを用いて分析してきました。分析の結果、今大会はサーブで直接得点すること/失点しないことが、勝敗に大きく影響する傾向にあったことが分かりました。また今大会の上位国は、「サーブかブロックで得点」し、「レセプションで失点しない」傾向にありました。以上の結果を総合すると、今大会は強力なサーブで積極的に得点を狙うというトレンドがあったのではないかと推測されます。

5.2 今大会の戦術史における位置づけ

昨今は日本代表選手たちや漫画『ハイキュー!!』の影響もあり、サーブで得点することの重要性が、一般に広く周知されたように思います。そのため、今大会では各国が「強力なサーブで積極的に得点を狙うというトレンドがあった」という結論に対して、当たり前で特筆すべきほどのことではない、と感じる方も多いかもしれません。しかし近年の男子バレーボールの傾向を考慮すると、上記トレンドは注目すべき重要なトレンドだったと考えられます。

ここで、近年の男子バレーボールのサーブ戦術のトレンドを振り返りたいと思います。まず近年の男子バレーボールのサーブ決定率は、2012年のロンドン五輪を境に低下傾向にあることが確認されています(引用5)。さらにサーブ決定率と勝敗の関係は弱まる傾向にあり(引用6)、サーブで直接得点することの重要性が低下していたことが確認されています。そして前回五輪では、顕著にショートサーブが増加するなど(引用7)、直接得点を目的とせず、レセプションアタックの効果を低減させることを目的とした、マルチターン・サーブ戦術が増加傾向にありました。つまり、2012年以降の男子バレーボールのサーブ戦術は、ビッグ・サーブ一発で直接得点を狙う”single-turn (シングルターン)・サーブ戦術“から、相手のレセプションアタックを凌いでトランジションアタックで得点することを意図したマルチターン・サーブ戦術“に少しずつ移行していたと考えられています(引用3スライド18)(注2)。

図15.近年の男子バレーバールのサーブ戦術トレンド変遷。

マルチターン・サーブ戦術への移行の象徴ともいえるチームが、東京五輪で優勝したフランスと3位に入ったアルゼンチンです。両国は東京五輪において、サーブ得点割合が近年の五輪メダル獲得国の中で最低の値を、逆にアタック得点割合は最高の値を示してメダルを獲得しました(引用8)。つまり、前回の東京五輪で好成績を収めた両国は、サーブによる直接得点に依存せず、レセプションアタックを凌いだ後の攻撃で得点する、というマルチターン・サーブ戦術を採用することで、好成績を収めたと考えられます。

上記のように、ついに、前回大会にてマルチターン・サーブ戦術で頂点に立つ国が出現しました。そのため、今大会の前には、今大会でも同様のサーブ戦術がトレンドになるだろうと推測されました。ところが実際は、直接得点を意図したシングルターン・サーブ戦術がトレンドとなっていました。以上の背景を踏まえると、「強いサーブで積極的に得点を狙う」という今大会のトレンドは、ロンドン五輪以来実に3大会ぶりに顕著に見られたトレンドであり、サーブ戦術の変遷を見直すきっかけとなりうる、重要で注目すべきトレンドだったと考えられます。

5.3 今大会のトレンドの背景

次に、なぜこのタイミングで直接得点を狙うサーブがトレンドとなったのかを、考察したいと思います。なお本セクションの内容は、東京五輪以降の各大会の結果と、後述するインタビュー文献に基づいたものです。そのため、データへの依拠が弱く、妄想に近い考察であることにご注意ください。

2021年の東京五輪で優勝したフランスは、2022年の世界選手権では準々決勝で敗れ、全体5位という結果に終わってしまいました。またフランスは翌2023年のネーションズリーグ(VNL)でも望ましい結果を得られませんでした。これらの結果を受けてフランスのジャーニ監督は、オフェンス、ブロック、サーブの強化を図ったことを、インタビューで語っています(引用9,10)。以上の流れを踏まえると、東京五輪後フランスが苦戦するようになった理由は、オフェンス、ブロック、又はサーブのいずれか又は全てに問題があったためであると考察されます。

上記考察に、フランスが東京五輪をマルチターン・サーブ戦術で制したことを加味すると、東京五輪後はマルチターン・サーブ戦術が機能しづらくなったため、この間のフランスは苦戦を強いられたのではないかと推測されます。つまり各国は東京五輪の結果を受けて、マルチターン・サーブ戦術への対策を構築し、その結果、東京五輪後はマルチターン・サーブ戦術全体の有効性が下がったのではないかと考えられます。そしてこの間に、マルチターン・サーブ戦術の有効性の低下に気づいた国が、シングルターン・サーブ戦術に切り替えた結果、今大会のようにシングルターン・サーブ戦術が流行したのではないかと考察されます。

以上の考察の正しさを確かめるには、2022年から2024年パリ五輪前までのデータを分析し、マルチターン・サーブ戦術の効果が低下しているかを検証する必要があるように思います。

5.4 フランス連覇の背景

今大会では東京五輪に続き、フランスが連覇に成功しました。準決勝・決勝と危なげない戦いで金メダルを手にした姿は、フランスの時代が到来することを多くの人に予感させただろうと思います(その時代はもう来ているかもしれません)。フランスは伝統的に守備の良い国であり、今大会のフランスのサーブ失点割合は、前回大会と比べると高くなってはいるものの、相対的には低い値だったことが連覇の要因の一つであると推測されます。

フランス連覇の要因の推測には、得点面での変化も考慮する必要があります。前回大会のフランスは、サーブ得点割合が近年の五輪メダル獲得国の中でも最も低く、アタック得点割合が最も高い、典型的なマルチターン・サーブ戦術国でした(引用8)。一方、今大会のフランスは、前回大会と比べてブロック得点割合とサーブ得点割合が大きくなっていました。特にサーブ得点割合は東京五輪からパリ五輪で約1.8倍にもなっていたことから、フランスは少なくとも部分的に、シングルターン・サーブ戦術に移行したと推測されます。

フランスのブロックとサーブの向上は、前述の通り、ジャーニ監督の「オフェンス、ブロック、サーブの改善」というチーム方針の結果であると推測されます。そしてサーブ得点の重要性が高まった今大会において、ジャーニ監督の方針は見事に嵌まり、フランスは連覇に成功しました。つまり、ブロックとサーブを強化するという得点面のモデルチェンジこそがフランス連覇のカギだったと推測されます。

5.5 前回大会よりも成績を落とした国

連覇に成功したフランスとは対照的に、望ましい結果を残せなかった国もあります。アルゼンチンは前回大会で銅メダルを獲得しましたが、今大会では予選落ちという結果に終わりました。前回大会のアルゼンチンは、サーブ得点割合が低く、アタック得点割合が高いマルチターン・サーブ戦術国でした。そして今大会のアルゼンチンは、フランスのようなモデルチェンジを行うことなく、サーブ得点割合は低いままで(全体10位)、被サーブ失点割合が高い傾向にありました(全体12位)。これらの結果はアルゼンチンが今大会のトレンドに乗り切れなかったことを示しており、この点が望ましい結果につながらなかった原因ではないかと推測されます。

ブラジルは2004年のアテネ五輪から2021年の東京五輪まで、5大会連続でベスト4に残っていましたが、今大会を全体8位で終了しました。今大会のブラジルもアルゼンチンと同様に、サーブ得点割合が低く(全体11位)、被サーブ失点割合が高い傾向にありました(全体9位)。つまりブラジルもアルゼンチンと同様に、今大会のトレンドに乗り切れなかったために、直近6回の五輪で最低の成績となってしまったのではないかと考えられます。

5.6 台頭した国

成績を落とした国があれば、新たに台頭した国もあります。近年強豪国として台頭していたスロベニアは今大会、オリンピックに初出場しました。スロベニアは直前のVNLにて、サーブランキング上位5位以内(6人中)に3人がランクインし、サーブの強い国としての印象を持たれていました。そして今大会でもスロベニアのサーブ得点割合はポーランドに次ぐ全体2位であり、今大会のトレンドにしっかり乗っているように見えました。

久々のオリンピック出場となったドイツは、OQTを全勝で突破するという好成績で五輪本選に参戦しました。今大会開幕戦では、直前のVNLで準優勝した日本をフルセットの末に破り、今大会の台風の目となることを予感させました。この後も銅メダルを獲得したアメリカ、優勝したフランスを相手に負けはしたものの、フルセットの戦いを繰り広げるなど、大健闘しました。そんなドイツの得点パターンはフランス、イタリアと似通っており、得点パターンからも強豪であることが伺い知れました。

スロベニア、ドイツの両国の得点パターンは上位国に引けを取らない立派なパターンでした。しかし両国は、被サーブ失点割合が高い傾向にあり、大会成績下位のグループに属していました。そのため、今後両国はレセプションの改善に成功すれば、非常に強力な国になると考えられます。

6. 総括

最後に今大会を総括したいと思います。

2024年のパリ五輪男子バレーボール競技は、サーブによる直接的な得失点が勝敗を左右する傾向にありました。このトレンドは、近年の男子バレーボール国際トップ層が「マルチターン・サーブ戦術」から、「シングルターン・サーブ戦術」へ移行し始めていることを示唆しています。このトレンドに先回りする形で、攻撃面のモデルチェンジに成功したフランスは連覇に成功し、モデルチェンジできなかったアルゼンチン・ブラジルは、前回大会と比べて成績を落とすことになりました。またサーブ得点の重点化というトレンドは、裏を返せばサーブ得点を与えないことが重要だったということも示しています。実際、今大会の上位国は、レセプションによる失点が少ないという共通の傾向が見られました。

以上、今大会トレンドを踏まえると、今後は直接得点を狙える強力なサーブと、強力なサーブを受けても失点しないレセプションとが一層重要になると推測されます。

7. さいごに

最後までお読みいただきありがとうございました。結論に斬新さが全くないことに多少申し訳なさを感じています。厚かましい話でありますが、そういうこともある、と受け止めていただけますと幸いです。

本記事に関するご感想・ご批判は大歓迎です。議論を行い、現象の理解を皆で深めていきましょう。

ray-man

8. 引用資料・注釈

引用資料

1.         Volleyball World, Volleyball Olympic Games Paris 2024 Match Reports https://en.volleyballworld.com/volleyball/competitions/volleyball-olympic-games-paris-2024/schedule/#fromDate=2024-08-11

2.         ray-man, TOKYO2020男子バレーボール分析&総括①~大会全体の傾向~, 2021.8.9 https://note.com/_volleyball_/n/nb57046b959d7

3.         吉田敏明, 箕輪憲吾, 25点ラリーポイント制のバレーボールゲームにおけるゲーム結果と得点に直接関連する技術との関係, スポーツ方法学研究, 2001.3, 第14巻第1号

4.         HQ_VASIS, hq vasis第18回配信 プレゼン用スライド (スライド49, スライド18), 2024.7.27 https://speakerdeck.com/hq_vasis/hq-vasisdi-18hui-pei-xin-purezenyong-suraido?slide=49

5.         垣花実樹 バレーボールアナリスト, 【バレーボール】東京オリンピックの戦術トレンドを検証する 2022/04/23, 11:38~, 2022.4.23 (ライブ配信) https://www.youtube.com/watch?v=tjITUhJ5c2g&t=979s

6.         ray-man, 【バレーボール】YouTube Live "東京オリンピックの戦術トレンドを検証する" 発表資料公開, ダウンロード資料(20220423rayman.pdf), 2022.5.3 https://note.com/_volleyball_/n/n3413f6a662e8

7.         Stay Foolish, 東京五輪に見る世界トップのトレンド, 2021.8.1, https://sputnik0829.hatenadiary.com/entry/2021/08/01/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BA%94%E8%BC%AA%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%89

8.         ray-man, TOKYO2020男子バレーボール分析&総括②~各チームの傾向~, 2021.8.14 https://note.com/_volleyball_/n/n13fbe9081142

9.         宮間@miyamaoh, "ジャーニ、今シーズンの初めに選手たちに「うちのチームは確かにレセプションとディフェンスで最高だが、重要な試合に勝つためには、オフェンス、ブロック、サーブを改善する必要がある」と伝えたのだと。そしてこれらの分野で改善プランを実施し、", 2024.8.12 0:40 https://x.com/miyamaoh/status/1822659325921239384

10.      Marcin Sawoniuk, Igrzyska Olimpijskie – Andrea Giani: Musieliśmy poprawić atak, blok i serwis, strefa siatkówki, 2024.8.11 https://siatka.org/pokaz/igrzyska-olimpijskie-andrea-giani-musielismy-poprawic-atak-blok-i-serwis/

注釈

図S1. 過去4大会における各国のサーブ得点割合(Win Serve)及び被サーブ失点割合(Lose Serve)の分布。

1.         図S1より、今大会(2024)出場国の分布は、過去大会出場国の分布に比べ、全体的に右上に偏っている。特に前回大会(2020)と比較するとその傾向は顕著。従って今大会出場国は過去大会出場国に比べ、サーブによる得失点の割合が高い傾向にあった、即ち全体的に強力なサーブを放っていた、と推測される。

2.         ビッグ・サーブに見えるサーブの中には、マルチターンを意図したものが含まれていることは否めないが、本記事ではビッグ・サーブはシングルターン・サーブ戦術に含まれるものとして扱う。

24.08.26追記:2.1 アタック関係に関する誤記の修正
修正前 "アタック得点割合はアタック決定率とは異なり、過去大会及び今大会ともに、勝ち試合よりも負け試合において低い値を示す傾向にありました。"
修正後 "アタック得点割合はアタック決定率とは異なり、過去大会及び今大会ともに、勝ち試合よりも負け試合において高い値を示す傾向にありました。"

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?