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[小説] 記し #15

 なぜ、佐伯さんに会いに来たのか、その答えは単純だった。沖田都が、佐伯真のことを好きだったからだ。でも、それはあくまで、記録の話。実家の勉強机の抽斗に、大切そうにしまってあった、それ。事故の後、記憶を紐解く鍵になるかもしれないと思いながら開いたノートには、彼への思いが綴られていた。まるで、他の出来事は些細なことだというかのように、その日記には彼しか出てこなかった。あとは、ごくたまに部活の内容が書かれている程度。卒業アルバムで何度も彼の写真を眺めた。だけど、特別な感情が湧いてくることはない。一冊の小説を読んでいるかのようで、他人の人生を覗き見ているようで、現実味はまるでなかった。
 一方で、知りたくなった。私の知らない沖田都が過ごした時間を。そして、日記の中の佐伯真ならば、それを証明してくれるのではないかと思った。しかし、会いに行く勇気はなかった。彼にとってみれば、私は、知らない女性で、会ったところで、まともに会話が続くとも思えない。そもそも、漠然と会いたいと思っているだけで、具体的に話したいことがあるわけではない。会いたい、だけど、会いに行く勇気も資格もない。そんな状態が長く続いた。
 しかし、大学を卒業し、社会人として働きだすにつれ、失われた高校生活のことなど気にする暇もなくなった。気が付けば、日記の中の佐伯真と同じ年齢になっていた。
 私は疲れていた。毎日、磨耗するだけの日々。やりたい事があるわけでもない。没頭できる趣味があるわけでもない。生活するためだけに仕事をする。誰かに強く魅かれたこともなければ、何かに心を奪われたこともない。空っぽで、つまらない人生。
 転職を決めたのはこの時期だ。誰にも告げず、ひっそりと会社を辞めた。
 転職を機に引っ越すことになった私は、部屋の本棚に高校の頃の日記が並んでいることに気が付いた。数年間、放置されたノートにはうっすらと埃がたまっていた。ぱらぱらと読み進めた日記。数年ぶりに目にしたそれは、私の心を揺さぶった。
 そして、思った。何度、繰り返せば終わるのだろうと。日記を読むたびに高校生の自分に憧れ、彼女の描いた佐伯真という人物に憧れる。憧れ、というものは厄介なもので、未知のものへの期待は自然と増長し、彼らを神格化させる。そして、彼らと今の自分を思い、自分自身に落胆する。
 自分自身に振り回されることが嫌になった私は、彼に会いに行くことに決めた。憧れなんてものは、目の前にしてしまえば儚いものだ、と今の私は知っている。
 だけど私は、彼の連絡先を知らなかった。友人伝いに連絡先を聞こうにも、担任でもない教員の連絡先を聞くには、それなりの理由がいる。今となっては記憶もない元友人たちに日記のことは話したくなかった。だから私は、佐伯真の今を調べた。世の中、便利なものだ。少しインターネットで検索すれば、特定の個人を調べることなんて造作もない。特に彼の活躍は目覚ましく、情報は簡単に見つかった。片田舎の高校で彼の作ったディベート部は、都内の有名私立高校を差し置き優勝していた。それだけではない。彼の授業は教育誌で紹介もされていて、高校の英語教育において、有名な御仁となっていた。
 それからは、簡単だった。英語ディベートの大会がある日を調べ、その日に会場近くでうろつく。正直、実行することに抵抗はあった。特定の個人を調べて、行きそうな場所を徘徊する、だなんて、ばれれば通報ものだ。
 だけど、どうしても会ってみたかった。高校生の頃の自分が憧れた彼に。そうすれば、欠けた記憶だって取り戻せるかもしれない。実行に移すことができたのは、会えるはずがないと高をくくっていたせいもある。大会の会場となる建物の出入りを見張り続けるわけにはいかないのだから、本当に運任せだ。実際、佐伯さんに会ったのは、実行することを躊躇い、引き返そうとした駅構内でのことだった。

 卒業アルバムで眺めていた顔が瞳に映ったとき、ぎくりと悪いことをした時のような嫌な鼓動が聞こえた。彼の知る沖田都ではないのに、彼女の皮をかぶる罪悪感。嬉しそうな顔を向けられるたび、目を伏せてしまいそうになった。それと同時に、思った。この人にとって、沖田都は多少なりとも特別だったのではないかと。
 ただの独りよがりの期待だったのかもしれない。しかし、それは佐伯さんの中の沖田都の像を壊すことを躊躇う理由には十分で、その場で記憶をなくしたことを彼に告げることはできなかった。
 その日、自宅に戻った私は、日記を開いた。日記は二年の秋から始まっている。夏から秋にかけての間に、何があったのかは、私にも分からない。ただ、そこにあるのは、微笑ましくも苦々しい恋愛の記録だけだ。

二〇X一年十一月十四日
 見てるだけで幸せ。先生の前だと自然と笑顔になってる。しかも先生が、テストの対策プリント作ってくれた。普通に教科書の問題を集めてあるだけなんだけど、でもわざわざそういうことに時間割いてくれる先生が素敵です。

二〇X一年十二月一日
 テストだから、会えないと思っていたら不意打ちで先生に会った。修学旅行の班別研修の連絡をしに来てくれた。担任が知らないうちに班長にしてて、面倒なこと押し付けられたって思ってたけど、担当が先生だったみたいで、逆にお礼言いたくなった。
 テストの準備してたら、すぐ後ろから「沖田」って声がして、振り返ったら、すぐ近くに先生がいた。比喩とかじゃなく自分の心臓がドキッていったの聞こえた。で、「忙しいとこごめんな」って。たった数十秒の連絡でそんなコト言ってくれなくても。テストなんて、どうでもいいよ笑。先生の低い声が好きです。

二〇X一年十二月三十一日
 雪が一夜にして積もった。今もけっこう降ってる。積もったのは今年初めて。クリスマスは降ってたけど、積もんなかったし。やっぱりいいな。
 先生はいかがお過ごしですか。今年は素敵な一年だった。人を好きになる素晴らしさを知ることができた。先生を好きになった。そのおかげで、学校が楽しくなった。もちろん、楽しいことばかりじゃなかった。つらかったし、叶わないってことを感じながら過ごしてた。だけど幸せだった。同じ時間、同じ空間を共有できるだけで、こんなにも幸せだなんて思ってもなかった。ありがとう、先生。先生のおかげで、私はいろんなことを学ぶことができた。
 それと、もう一つ。目標を明確にする事ができた。どこの大学に行くか決めて、ちゃんと頑張ろうって思えてる。行けるとこ行けばいいって思ってた。何に対しても本気になることができなかった。そんな自分が頑張ってみようって思ってるなんて、誰が想像してたんだろう。きっと先生の存在も大きいと思う。
 今年は得るものが多い年だった。来年も良い年になりますように。

 何度、読み返しても分からなかった。本当に私が、彼のことを好きだったのか。私の記憶に残る彼は、生徒と一線を画した冷たい人で、甘い言葉で満たされたノートを幾度となく読み返しても、当時の私の感情を理解することは不可能だった。私の知らない彼女は健気だった。今の私では考えられないほどに。佐伯さんの時間割を調べ上げ、移動教室の場合には遠回りになろうとも、彼と会えそうな道順を選択し、彼が担任のクラスにいるであろう時間には用件をでっち上げ、彼のクラスの友達に会いに行く。彼のちょっとした言動に浮いて、沈んで、廊下ですれ違うだけで、かっこいい、とか話した日には、幸せすぎる、とか半狂乱しているくらいの勢いで日記が綴られている。言っては悪いが、頭に花が咲いているとしか思えない。この手の女子は、私が最も苦手とする種族である。だからこそ、余計に信じがたかった。この日記を私が書いた、ということも。好きではなかったはずの英語教諭に思いを寄せていたことも。
 残念なことに、恋を自覚してから四か月後、彼女は佐伯さんの婚約を知る。それからの日記は情緒不安定ともとれる内容で、八月までは、思い出したようにしか記録は綴られてはいなかった。当時の日記によると、佐伯さんは私が高校二年の十一月にはすでに婚約をしていて、翌年の六月末に結婚をしたらしい。

二〇X二年六月二日
 おめでとう。雨、ぎりぎり大丈夫だったね。というか、季節外れの台風とかどうなの。雨男め。でも、降ってなくてほっとしてる。式場は降ってたりしたのかな?先生にとって特別なこの日が台無しにならなくてよかった。おめでとうって言ったけどあんまり実感ないんだ。休み明けからは指輪してるのかな? 好きだよ。世界で一番。私の人生で一番。出逢ってくれてありがとう。結婚する人に言うような言葉じゃないね。幸せになって。それだけ。貴方の幸せが私の幸せだから。心からそう思うから。だから、いつまでも笑ってて。いつまでも幸せでいて。本当におめでとう。

 この日記を本当に私が書いたものなのだとしたら、「人生で一番」、なんて笑わせる。事故に遭っただけで、忘れてしまうような記憶だ。そして、覚えていたのは、淡い恋心ではなく、嫌悪感なのだから。そして、日記の日付は八月まで飛ぶ。

二〇X二年八月二十八日
 どうして今更、呼び方変えたりするの。名前、呼ばれたとき泣くかと思った。消そうとしたって消えないよ。楽しかったことも、悲しかったことも、辛かったことも、幸せだったことも。見つめるのやめるって決めたのに、どうしていつまでも、あなたが目に映ってるの。知ってるよ。分かってる。好き。だけど諦めるって決めた。だから、今更そういうことしないで。

 九月に続く日記にはこう書かれている。「好きな気持ちを、どうこうすることはできないから、気が済むまで好きでいようと思う」と。そして再び、何の変哲もない日常が綴られれる。ひたむきで、真っすぐで、馬鹿みたいだと思う。私だから分かる。初めから叶うなんて思ってはいなかったはずだ。思いを伝えることすら、無駄だと分かっていたはずだ。だけど、彼女は、私に理解できないほど、真っすぐ、先生のことを好きだった。

二〇X二年十二月二十日
 誕生日おめでとう。先生が生まれて、私が生まれて、先生が多くの道から今の人生を選び取って、私が少ないながらも人生の選択をしてここまできて、そうして出会ったのはやっぱり奇跡だと思うんだ。ありきたりな言葉かもしれない。本当にそんなこと思ってるのかって思うかもしれない。だけど私は今、本当にそれをかみしめてる。生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。授業もってくれてありがとう。私に素晴らしい気持ちを教えてくれてありがとう。私は毎日、先生からたくさんのものを貰ってる。なにも返せないのがもどかしい。ホントは気持ちに気付いて欲しい。だけど気付いてくれなくても構わない。先生が先生の幸せを噛みしめて生きてくれるなら、先生の幸せをずっと祈ってる。先生にとってこの年が実り多きものになりますように。何歳になっても好きだよ。良い一日を。

 思いを寄せていた相手に日記を手渡したわけだが、高校生の沖田都が知れば、首を絞められることだろう。彼女は、おそらく、こんな風に先生に日記を渡すことを望んではいなかった。
 目の前の佐伯さんの表情はまだ硬い。ゆっくりと日記を捲る佐伯さんの表情を私は眺めた。

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