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企業法務の全体像とDXの関係

裏法務系アドベントカレンダー18日目の記事です。

自己紹介はこちら(去年の記事)

はじめに

DX (Digital Transformation)、流行ってますよね。DXとは、IT技術を用いて既存の仕組みを変えることです。電子契約締結などのリーガルテックの勃興により、その他の企業活動と同様、企業法務においても不可避的な潮流になると予想されます。

ただ、2020年12月現在での社会の解像度だと、ほとんどの人は「企業法務のDXって結局なんなんだよ」「いままでそんなことしなくてもやってこれたんだが?」と思っている人の方が多いだろう、と思っています。将来像についてなんとなくイメージができている人や、すでに手を動かしてDXを推進しようとしている人も、企業法務全体への波及効果を俯瞰的に整理することまではなかなかできていないように感じています。

そこで、本稿は、企業法務の全体像については畑中鐵丸『企業法務バイブル[第二版]』(弘文堂、2013年)の理論的整理に依拠しつつ、DX導入の考慮ポイントを大局的に素描することを目的とします。

想定読者は、ある程度企業法務に関心があって、リーガルテックが流行ってるのも知ってるけど、それを実際に現場に導入しようと思ったときに何を考えればいいのかよくわかんないなって思っている人です。

なお、本稿は完全に筆者独自の整理ですので、所属する企業の公式見解を意味しません。ご了承ください。

本稿には裏テーマがあります。弊社も約20人ほどの規模になってきて(エンジニアとリーガル・セールスチームが半々くらいです)、そもそも「企業法務」が何をやっているのかについて全員が隅々まで把握するのが困難になってきました。法務のDXを推進するためには、必ずしも企業法務には明るくないエンジニア、営業、カスタマーサクセス、導入企業の経営陣、事業部、システム部など、多くの人々との協働が必要です。企業法務それ自体の全体像を振り返ることで、法務担当者以外の方(それは弊社社員に限りません)と法務DXのミッションに対する理解が深まればいいなと思っています。

企業法務の全体像

今回参照したのはこちらの本です(以下「バイブル」)。

一番理論的にシュッとしてると思った。2013年の本ですが、企業法務自体の状況はそんなに変わってないと思います。

まず、企業法務は、「組織論(ハードウェア)」と「オペレーション論(ソフトウェア)」に大別することができます。

組織論(ハードウェア)

- 組織論(ハードウェア)
  - 経営トップ
  - 諮問機関
  - 監視・監督機関
  - 法務責任者
  - 法務スタッフ
  - 顧問弁護士
  - 企業法務に関する企業内協働部門
  - 関係外部機関
(『バイブル』14頁より作成)

企業法務と言えば法務部ないし総務部法務課がやるものと考えられていることが多いと思われますが、企業活動をとりまく法律関係ないし法作用は法務部内部だけでおさまることはなく、社内外の様々な機関を通じて行われます。

たとえば、①株主総会の開催や取締役会の決定を行うのは法務部員ではなく、会社法上の各機関です。②ビジネス上の重要な決定は取締役レベルで行われます。③事業上必要な契約は事業部門の各部署が主体となって行われます。財務会計・税務・人事など他のバックオフィス部門が関係することもあります。④有事には顧問弁護士が関与します。

したがって、法務のDXを論じる際も、単に法務部内部の作業効率化といった局所的なデジタル化・最適化だけでなく、関係各所を含んだ企業法務全体のエコシステムのデジタル化・最適化をも視野に入れるべきであると考えられます。

オペレーション論(ソフトウェア)

- オペレーション論(ソフトウェア)
  - フェーズ1:アセスメント・環境整備フェーズ
    - 法令管理 
    - 文書管理
  - フェーズ2:経営政策・法務戦略構築フェーズ
    - 経営サポート法務 = 企画・提言・提案法務
    - 戦略法務 = 規制不備状況の環境利用
  - フェーズ3:予防対策フェーズ
    - 契約法務 = 契約事故・企業間紛争予防のための法務活動
    - コンプライアンス = 内部統制システムの構築運用、不祥事予防
  - フェーズ4:有事対応
    - 民商事争訟法務 = 契約事故・企業間紛争対応法務
    - 不祥事対応法務 = 企業の法令違反行為に起因する有事対応法務
(『バイブル』30頁より作成)

企業活動における様々な目的に合わせて、ソフトウェア(各オペレーション)が起動します。本書は4つのフェーズに区分しており、企業をとりまく環境の整理(フェーズ1)、経営・法務戦略の構築(フェーズ2)、具体の企業活動(フェーズ3。予防対策と位置付けているところに本書の新規さがあります)、有事対応(フェーズ4)に分けられます。個別のフェーズももちろん法務部だけで完結しておらず、経営陣や他部門、顧問弁護士等さまざまな機関が連携して行います。

4つのフェーズは、1~3と4に分かれているように思います。すなわち、
  ①法務に必要な情報と文章を整理し(フェーズ1)、
  ②それらに基づき戦略を策定し(フェーズ2)、
  ③円滑な企業活動を行う(フェーズ3)
までが一つのライフサイクルであって、
  ④問題が生じた際には解決を行う(フェーズ4)
のは例外的な場合となります。

全体像におけるポイントは、DXのスコープをフェーズ3に絞るのか、1や2まで広げるのかです。電子契約や契約レビューはフェーズ3の話であり、リーガルテックを冠するプロダクトに限って見ても、文献調査や翻訳など、シーン別に様々なプロダクトが存在しています。しかし、企業法務全体の在り方を俯瞰して考えたとき、重要なことは、企業活動を通じて日々生成された情報を集積・整理し(3→1)、アップデートした最新の情報に基づいて戦略を改定する(1→2)ことができているかです。

細々論じたら中だるみしたのでサクッと書くと、典型的には、
①締結された契約書にアクセスすること自体が困難で、企業活動で生じた情報のやりとりも個人のメールサーバーやローカルPCの中に保存されたままで、質問やレビューの依頼が回ってくるたびに担当者が記憶や勘を頼りに一から考えている(法務ナレッジの共有がされていない、管理できていない)。
②成果物(契約書や作成書類)も紙でファイリングされ探すのが面倒、あるいは検索性の悪いソフトで管理されており本文を閲覧するだけで半日かかるため、経験と勘に基づいた方が早い(ナレッジにアクセスできていない)。
③経営判断に法務の知見をインプットする契機がない、あるいは契機があったとしても情報が整理されていないので過去の経緯に基づいた判断ができない。(経営判断に対するcontributionが低い)。
といった「担当者の個別の作業は可能なんだけど大局的になんかイケてない」状況を、DXは解決できる可能性があります。

もちろん個別のサービスを利用することによって効率化されることは多いですし、incrementalな業務改善は常にやるべきなのですが、テクノロジーの潜在能力を全部引き出せているかというと微妙なんだよな…という感想を抱くのはもったいない気がします。開発の場面に携わっていると、ITにできることは我々非エンジニアの想像をぶち抜いているなあと感じることが多いので、何が実現可能かのアンテナを張っておくことの重要性を日々痛感します。

まとめ

DXの本質は、テクノロジーを手段として既存の仕組み自体を変革することにあります。そのため、既存の仕組みを所与として、個別のモジュールを最適化しようとすると、全体としてイケてない感じになります。

しかし、企業規模が大きくなればなるほど、「既存の仕組み」のステークホルダーは指数関数的に増加するため、調整コストが莫大になりイケてる変革が困難になるというジレンマがあります。
DXの典型的な失敗パターンは、「現場と経営組織層の考え方が合わず、関係部署を巻き込むこともできず、なんかよくわからんソフトウェアが開発・納入されたけど結局使われずに終わる」というものです。書き出しに「法務のDXを推進するためには、必ずしも企業法務には明るくないエンジニア、営業、カスタマーサクセス、導入企業の経営陣、事業部、システム部など、多くの人々との協働が必要です。」と書いたのは、この趣旨です。本格的なDXには、強い意思と権限が必要と一般に言われているところです。

本稿はアドベントカレンダー担当日当日に泣きながら書いたので、具体の論点の掘り下げが甘く、広げた風呂敷を畳むことができませんでしたが、DX?ってやつでスマートにシュッてやるために何が必要かを考えるための一助となれば幸いです。

本稿はMNTSQ株式会社の勤務時間中に泣きながら書かれました。

法務の現場にDXをシュッてやりたい人を募集しています。

追記

改めてほかの方の記事もありがたく読ませていただいていております。
特に実際にテック導入を試行錯誤された方の記録として関連が深いので、@hrgr_Kta先生の記事を引用させていただきます。




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