見出し画像

経済産業省モデル契約書のGitHubを用いた意見募集プロジェクトの解説

0. 本稿の目的

本稿は、経済産業省が2021年5月17日から6月18日の期間に行った「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」の改訂に向けた、GitHub(ギットハブ)を用いた意見募集というプロジェクトについて解説し、その顛末を記録することを試みます。

本プロジェクトは、パブリックコメントに代わる意見募集の方法として非常に面白い取り組みであった一方で、参加者が少ないなど様々な理由で、結果として「モデル契約書の条文の修正提案を広く募集する」という当初の目的を遂げることはできませんでした。

他方、本プロジェクトについて興味を持った有志の方々によって、GitHubによる編集を行いやすいテキスト化がなされたり、Twitter等による拡散がなされたり、本プロジェクトを紹介するワークショップが開催されたり、issue上で様々な議論がなされたりなど、トライアル実施にふさわしい試行錯誤が行われました。

筆者自身はこうした取り組みはより積極的に行われるべきであると考えているので、本プロジェクトについて知っていただき、学びを次に繋げていただくべく、私が見聞した範囲で文書化を試みます。

筆者の属性ですが、法律事務所のパラリーガル出身で、現在はリーガルテック企業で法律プロパーとしてプロダクト開発に従事しています。以下、ポジショントークはありませんのでご安心下さい。

スクリーンショット 2021-07-15 122451

プログラミングは素人に毛が生えたレベルですがGitHubは結構使っている

1. 本プロジェクトの背景と目的

READMEの通りではありますが、概要としては以下の通りです。

・2020年度に作成したモデル契約書の改善作業の一環
 ・モデル契約書は8種
・検討委員会内部での議論に先行して、GitHub上で事例収集・知見収集
 ・個別ヒアリング等は別途実施される
・募集内容は「モデル契約書条文の修正内容とその背景」
 ・交渉の際に論点となった条項の一部とその背景事情を想定
 ・全般的な議論もウェルカム
・GitHubを用いる理由
 ・政策立案手法として、有識者委員会やパブリックコメントに加えて、様々なプレーヤーが継続的にフラットに意見を発信できるような仕組みを構築していくため

画像2

リポジトリより引用

本プロジェクトは「モデル契約書を実際に使用した人の意見を収集すること」に主眼が置かれていました。約1ヶ月という比較的短い期間が設定されていたのは、検討委員会での検討期間から逆算されたものと思われます。

すなわち、本プロジェクトはGitHubで行われたものの、検討を経てmergeされた条文や解説文が直接改訂されるといったような、いわゆるオープンソースプロジェクトとは目的も性質も異なるものでした。

この点、意見の収集方法としてはPull Request(PR)を募集するより、まずissueを立てていただくことを目標にした方がよかったのではないかという気がします。

スクリーンショット 2021-07-17 085300

応募方法はなぜかPRだった
具体的な送信方法 is GitHubの直編集(自動的にPRが生成される)

2.1. 展開:①PDFしかないリポジトリ

このリポジトリが公開された最初期は、README、OPERATION_POLICY、そしてモデル契約書のPDFが存在するだけでした。言うまでもなくPDFの中身をGitHub上で書き換えることはできないので、「30ページ近くある解説付きPDFをGitHubに8本うpしました。意見下さい」というストロングスタイルで開始したということになります。ちなみに、この時点での提案方法は、「.txtファイルを作成して、PRする」というものでした。issueでいいのでは…

しかし、GitHubを使用することの強みは、共同編集ができることであったり、変更差分が追えることであったり、issue上で議論が行えることであったりするので、このままではGitHubで行う意味はほとんどありません。

実際、リポジトリが立って3日ほどは誰もissueを立てない&PRも出ない状況が続いていました。

2.2. 展開:②有志によるmarkdown化

さすがにこのままではまずかろうということで、5月21日ごろから有志によるPDFのmarkdown化が始まります。

add markdown files #13
MANUAL.md の見た目修正 #31
7_モデル契約書v1_0_共同研究開発契約書(AI編)_逐条解説ありの整形 #32
ほか

PDFのもととなったwordファイルに自動変換をかけたことによりスタイルにかなり難があったため、markdownとしての可読性を高めるために様々な整形が行われました。

スクリーンショット 2021-07-17 095527

スクリーンショット 2021-07-17 095621

私も出したよ

同時に、提案方法もmarkdownに対して変更のPRを加えるという方法に変更されました。

提案方法についての検討 #24
Markdownをベースとした提案方法 #30

markdown化により、ようやく文章に対し具体的な提案を行えるようになったのですが、見ていただけるとわかるように、形式面の修正が行われるばかりで、肝心のモデル契約書そのものの問題に対してはほとんど提案が行われませんでした。結局この状況は終了間際の6月15日まで続きます。

中身に関する議論が活発に行われるようにするにはどうすればよいか #57

スクリーンショット 2021-07-17 100106

issueは立てたんですが本業が普通に忙しくこのへんからコミットできなくなってしまった

他方、この間Twitterでは本プロジェクトの取り組みが注目され、法律界隈での言及が増加していきます。

2.3. 展開:③ワークショップ開催、そして時間切れ

上記の「モデル契約書に対する意見が全く出ていない」という問題意識は本プロジェクトにcontributeした人全員が持っていたと思われますが、期限ギリギリの6月15日、一般社団法人Public Meets Innovationの協力により、本プロジェクトのワークショップが開催されました。

6/15 19:00~20:30 ワークショップの開催案内 #58

私は参加できませんでした
ワークショップの内容については誰かが補足してくれるはず…

盛況だったようで、ワークショップ中にissueが立ったりPRが出たりしていました。

スクリーンショット 2021-07-17 101300

スクリーンショット 2021-07-17 102024

6月15日を境に増えたけどmergeはされてない模様

紆余曲折を経てやっと中身の議論が始まった本プロジェクトでしたが、6月18日までの時間制限により終了しました。

3. KPT

本プロジェクトは、モデル契約書に関する意見聴取という限定された目的ではあったものの、パブリックに誰でも議論できるフォーラムが、GitHubというプラットフォーム上で展開されたという点で非常に画期的であったと思います。こうしたテクノロジーを利用した既存の手法とは異なる意見表明・意見集約が、今後他の政策形成においても積極的に利用されるようになるといいなぁと思います。

もっとも、経済産業省は本プロジェクトをあくまで検討材料の一つとして位置付けており、それ以上のものは期待していないように思われます。しかし「表明された意見を誰もが見ることができ、誰もがフラットに議論できる」という本プロジェクトの性質は、「行政に対して表出された意見を行政が一方的に捌く」という既存の政策形成とは一線を画す側面があり、そういう意味でも潜勢力を持っていると個人的に思っています。

他方、以下のような様々な問題もありました。

①PDFベタ貼りから始まり、意見表明できるようになるまで1ヶ月かかり、そのまま終了した
継続的な意見表明を求められていたと思うので、1ヶ月という時間制限はそもそも必要なかったのかもしれないです。

②適切な意見表明方法を設計できていなかった
使用した当事者の事例収集なら、PRではなくissueで充分であったように思われます。

③法律プロパー(というより人類一般)に対するGitHubのハードルの高さ
そもそも普通の人間はGitHubのアカウントを持っていませんし、Gitの仕組みやGitHubにおけるディスカッションの作法を理解するのも大変です。また、1ファイルあれだけの分量があるmdをGitHubで直に編集するのはツールに慣れていても普通に苦行だと思います。ローカルで作業するためにForkしてPRを出せるようになるためにはそれなりの知識が必要だと思われます(私も結構難儀しました)。

GitHubは人類には難しすぎるという問題は確かにあるとは思いつつも、議論しやすいようmdファイルを小分けにしたり、議論を円滑にするためのissue templateを入れたり、最初からlinterを入れたりといったような細かいプラクティスの改善によって解決するものも多いと思われ、次回に期待したいところであります。

個人的には、初期から観察していた割にはあまりcontributeできなかったので、次回はもうちょっと頑張りたいと思います。

4.最後に

本稿はMNTSQ株式会社での勤務時間中に書かれました。

採用もやっているのでお気軽にお問い合わせください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?