提言:Clinical PharmacologistはClinical Strategyを担うべきではないか?

どうも、田中@臨床薬理屋です。ご無沙汰してます。

これまでの記事で、製薬メーカーの一開発担当者がリストラを経て臨床薬理屋として小さなコンサルティングファームで働くまでの過程や、製薬メーカー外部に医薬品開発の専門家が位置していることの意義をお話ししてきました。

驚くべきことに、同じような考えを持った投資家集団が、医薬品開発コンサルティングファームのグローバルネットワークを作るという事業に乗り出し、僕の所属している会社を買収してしまいました!!

35歳にして小さな会社に移り、さてここからの人生、この低い信用スコアでどう切り開いて行こうかと考えていた矢先の出来事で、人生というものは何が起こるか全くわからないです。

詳細はLinkedInへのリンクでも貼っておきます。一緒に働いてくださる方、募集しております(が、2021年1月現在LinkedInでは応募できないので、ご興味のある方は直接お声掛けください。LinkedInで求人を出すように会社には働きかけておきます。)
https://www.linkedin.com/posts/shingo-tanaka-a01075114_lifescience-pharmaceuticals-pharmaindustry-activity-6739814452255956992--nhj

Clinical Strategist?

以前の記事(なぜ製薬会社キャリアから降りたのか:"独立系"臨床薬理コンサルタントキャリアを選んだ理由)に少し書きましたが、僕は今後のキャリアの守備範囲を広げるということを念頭に転職活動を行い、その中でClinical Leadという職種に応募していました。職種名は会社によって異なり、Clinical Leadの他にClinical Scientistと呼ぶ会社もあるわけですが、単純に言えば医薬品開発の中でClinical Developmentをリードする立場、あるいはその科学的な側面を担当する存在なわけです。

Clinical Developmentを担当するプロジェクトチームのそれぞれのチームメンバーの役割分担のあり方は、これまた会社によって異なるもので、このClinical LeadやClinical Scientistという職種名が与える役割のイメージは、おそらく人によって全然異なるものになります。特にLeadという役割はProject Leadの意味合いを連想させ、Project Manager的な意味で捉えられる可能性が高い一方、Clinical ScientistについてはClinical Developmentにおける医学専門家の立ち位置であり、それはMedical Doctorの専権事項だと捉えられることもあるでしょう。

今回の記事であえてClinical StrategyそしてClinical Strategistという用語を使用したのは、Project ManagerやMedical Expertとの役割と明確に区別したかったことが理由になります。Clinical Strategyとは、どのように臨床試験データのパッケージを組んで薬事承認申請を行うかという戦略という意味で、少し薬事的な要素を持つ役割と定義しますが、いわゆる開発薬事の専門性とはまた異なっており、これもClinical LeadやClinical Scientistが担っている重要な役割のひとつなのではないかと推測します。会社によって誰が作成を担うのかは異なるにせよ、臨床開発のプロジェクトチームが必ず持たなくてはならない重要な戦略になります。

MIDDとはすなわちClinical Strategyそのものではないか?

急にMIDDなる略語が飛び出しましたが、MIDDとはModel Informed Drug Developmentの略称で、モデルによる医薬品開発意志決定戦略とでも和訳するとしっくり来る用語かと思います。モデルとはすなわち統計モデルのことですが、特に医薬品開発のフィールドでは薬物濃度推移をダイナミックモデルで記述できることを利用して、薬物動態と薬力学、薬効をモデルで繋いだExposure-Responseモデルシミュレーション結果をエビデンスとして、医薬品開発に関する社内的・薬事的な意思決定にモデルを積極的に活用する戦略のことを言っていることが多いです。

活用に熱心なのはFDAで、MIDD専門の薬事相談枠をパイロット的に設定し、企業からの相談に応じています。PMDAも興味はありそうです。また、ICHトピックとして採用することを検討しているとの話もあります。ICH E4の用量反応関係とセットで見直す流れのようですので、MIDDとは用量反応試験ではなく曝露反応(Exposure-Response)モデルに基づく臨床用量選択と捉えても、狭い意味ではそれほど語弊はないような気がしないこともないです。

旧来の医薬品開発の手法においては、臨床で使用される用法・用量はいわゆるPh2用量反応試験で検討されてきました。MIDDが適用になることによりこの用量反応試験がなくなるかと言えばそういうわけではなく、ERでの用法用量選択を前提としていたとしても、複数用量での複数用量データはあった方がよいと考えられます。わかりやすい例としては、近年はQT延長評価のトレンドがいわゆるthorough QT試験の実施からPh1におけるIntensive QTの実施へと大きく変わりましたが、これと同じことが医薬品の有効性評価においても起きていると考えればよいわけです。Thorough QT試験においては「用量群」と「時点」がカテゴリー変数と捉えられ、各「用量群」×「時点」においてQT延長効果を十分に捉えるパワーを求めたため膨大な数の被験者の組み入れを要求されましたが、ERの概念が導入され、連続変数である「濃度」に対する傾きを検出できる(正確にはCmax付近の推定値ですが)だけのデータ量で十分となり、被験者数が大幅に削減されることになったのがQT評価の話ですが、これと全く同じ論理が有効性に関する用量探索にも適用できるというわけです。しかし、QT評価においてはむしろER関係を適用するようになってからの方が、一用量あたりの例数は各段に小さくなったとは言えより多くの用量群のデータを必要とするようになったのと同様に、ERを前提とした用量選択を行うからといって用量反応試験が不要になるわけではなく、むしろより広い用量範囲を検討し、曝露に対する有効性の「傾き」を検出しやすくすることは重要であり、結果のバイアスを減らす観点から必要なことでもあります。

MIDD時代の新しい開発戦略のあり方は、前段落に記載したようなことを考慮できる人材こそが戦略立案を担当するべきであり、臨床薬理専門家こそがその人材であるというのが現在私の思うところです。MIDDがガイドライン制定によってより「大衆化」され、現在のIntensive QTアプローチのように必ずしも臨床薬理専門家がいなくても戦略立案が可能になる時代がやがて訪れる可能性もありますが、過渡期の今はむしろ臨床薬理専門家がClinical Strategistとして医薬品開発の戦略立案を積極的にリードした方が、効率的な医薬品開発につながるのではないかと思う次第です。

臨床薬理専門家がClinical Strategistたるために必要な環境とは?

通常の臨床薬理担当者はその業務特性上複数のプロジェクトにassignされることが多いのに対し、Clinical Strategistはプロジェクトをリードする立場として通常は単一のプロジェクト、多くても2、3のプロジェクトを担当することがほとんどではないでしょうか。臨床薬理専門家のリソースには限りがあるので、彼らにプロジェクトをリードさせようとすると、あっという間に臨床薬理担当者不足になってしまいます。ただ、アサインされているプロジェクト数が増えれば増えるほど、当然一つ一つのプロジェクトに対するコミットメント、貢献が少なくなってしまうのは当然の理であり、これがなんとなく臨床薬理担当者の他人事感を生んでしまいます。臨床薬理専門家をClinical Strategistとして登用し、なおかつリソース配分をうまくするにはどうしたらよいのでしょう。

一つのやり方としては、プロジェクトのフェーズごとにassignの仕方を工夫することかと思います。Clinical Strategistに求められるのは実行よりも計画であり、プロジェクトリードに求められるのはどちらかというと実行の側面です。プロジェクトの立ち上げ時には計画者・企画者としてのClinical Strategistとして臨床薬理専門家をassignし、一度計画が決まったフェーズではプロジェクトリードとしては実行の責任者を配置し、臨床薬理専門家はあくまで担当者として臨床薬理関連オペレーションを粛々と行う立場を担う、そういったやり方を取るのがよいでしょうか。

一方、プロジェクトの計画は立てっぱなしではなく、実行状況に応じて適宜修正されることが必要になります。プロジェクト計画に修正が必要なフェーズでは再び臨床薬理専門家がClinical Strategistとしての役割を負う必要があるのです。

そういう意味では、一人の臨床薬理専門家に役割の行き来をさせるのは、必ずしも適切な方法ではないかもしれません。企業経営においてCEOとCOOの二つの役割に別々の担当者を当てるのが普通であるように、臨床薬理専門家にClinical Strategistの役割を負わせるなら、プロジェクトの臨床薬理担当者としては別の人をassignする方が、マネジメントのあり方としては人材に優しい感じはします。

一つのやり方を提案するとすれば、SeniorとJuniorの臨床薬理専門家を組み合わせて、Seniorな臨床薬理専門家はClinical Strategyを担当者、Juniorな臨床薬理専門家はSeniorの監督のもとオペレーションを担当するというやり方をとることでしょうか。このような階層構造を取るためにはある程度の組織のサイズが必要にはなりますが、それなりの医薬品開発プロジェクト数を持つ組織においてClinical Strategyを臨床薬理専門家に担ってほしいと考えるなら、臨床薬理専門家もそれなりの数必要になるのは当たり前のことでもあります。ただ、これらの役割に上下関係が必ずしもあるわけではないので、Senior/Juniorで役割を分けるよりは、本人の職務に対する向き不向きや意向が反映されればいいんだとは思いますが。

まとめ:臨床薬理専門家をClinical Strategistに登用するという提案

私が今の転職して一年になりますが、この記事はこの一年の総括なのかもしれません。

実は転職前に前の職場の人と話していたときに、特に希少疾患領域においては、臨床薬理畑の人間を臨床企画やプロジェクトリードとして確保しておくべきだということを熱く語っていた人がおりました。その人は臨床薬理専門家ではない人ですが、希少疾患領域においてMIDDが特に重要になることを、経験から来る肌感覚として持っていた人で、実際転職前の最後の仕事をその人としている中で、かなりの貢献を期待されたまま辞めることになったので、かなり落胆させたことでしょう!(笑)

ただ、特に大きな組織にいる場合には、分業制度がかなり固まっていてそれを元に部署ごとのヘッドカウントも定められているので、臨床薬理専門家がClinical Strategyを担うには部署異動を伴ったり、100%の役割転換を求められたりするので、仮に転職前の社内でそういう異動の打診を受けたとしても断っていたのではないかと思いますし、実際そういう理由で断った転職案件もあったことは、前々記事の「なぜ製薬会社キャリアから降りたのか:"独立系"臨床薬理コンサルタントキャリアを選んだ理由」でも少し触れたところです。いきなり100%の業務転換ではなく、プロジェクトごとに徐々に役割を転換していけるようなスキームが欲しいところです。

ただ、MIDDの普及に伴い、Clinical Strategistとして臨床薬理専門家をアサインするやり方は結構ありなのではないかと思います。どうしてもこれまでの臨床薬理担当者の業務範囲は臨床薬理領域に局所的なものだったので、初めのうちは視野の広さが足りずとくに臨床開発後期や上市後がうまく描けない部分はあると思うのですが、もともと医薬品開発の全フェーズに関わる職種でもあるので、転換はかえってスムーズなのではないかと個人的には思うところです。MIDDの具体的な適応については臨床薬理専門家のバックグラウンドがかなり有利に働きますので、そういうClinical Strategistが一人いるだけで組織の医薬品開発力はかなり向上するのではないでしょうか。

臨床薬理専門家の側にも特にキャリアの広がりという観点で大きなメリットがあります。専門家ゆえ、臨床薬理専門家のキャリアパスは狭い世界に閉じていて、臨床薬理の部門長になる道しか基本的にはありません。Clinical Strategistとしてのキャリアパスが新たに開けるとで、キャリアの閉塞感を打破することができます。

また組織によってはその上のポジションも臨床薬理専門家が担っているケースがありますが、その上のポジションは臨床薬理専門組織以外、例えばClinical ScienceだったりData Scienceだったりもカバーしたりしているわけで、本人がそこまでやる自信がなかったり、あるいは下の組織に取って必ずしもhappyな選択ではないかもしれません。より広い領域をカバーできるマネジメント人材の育成も可能になる、という組織側のメリットもあります。

問題はアサインのスキームをどう作るかというところなので、今回こういった記事を書きました。日本の「総合職」文化とは一線を画したジョブ型専門職の臨床薬理専門家だけにちょっと扱いに気をつける必要はありますが、組織にも個人にもメリットがある話だと思うので、是非前向きに検討されてはいかがかなと思います。


今回も長文にもかかわらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。

Twitterやってます↓。Twitterはそれなりの頻度で呟きます。

https://twitter.com/STapcdm?s=09

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?