わたしの特殊な力
通院の日であったので17時20分には仕事を切り上げ急いで移動した。全身に汗が滲んでくる。暑い。
もうひとりの人に「暑いねえ」とメッセージを送る。「暑くはないかな」そう?
そして気づいた。いつも突然気づく。暑くない。いま外は暑くないんだ。
今朝もうっすら気づきそうだった。夏の終わりから着ている七分袖のワンピースに形ばかり薄いコートをひっかけて家を出て「風が心地よいなあ」と思ったときに。
風が心地よい?
心地よいかもしれない、あるいは。
でもね、初冬なんですよ、街は。
こんな格好で風が心地よいなんて言っている人は(たぶんあんまり)いない。
副作用だった。
わたしはもう長いこと寒さを感じていない。
「もしかしてと思ったのですが」
「はい」
「わたしが暑がりなのではなく、薬が原因ですか?」
「可能性はあります」
「もう何年も」
「はい」
「わたしは暑がりなのだと」
「10%の人が」
「はい」
「そう感じます」
わたしは暑がりなのだと、汗っかきなのは代謝が良いからなのだと、前世がフィンランド人なのだと。
この系統の薬を飲みはじめて何年経つか思い出せない。
2010年にはもう寒さに関して無双状態だった。
何度も風邪はひいた。でもそれは寒いからというより不注意で気温に対する服の選択を誤ったとか(寒さに関して自覚がないのだ)、髪を乾かさずに何かしたとか、疲れ切ったあるいは極端に気落ちしたとか、そういうことが原因だった。
いまでも覚えている。もう10年以上前に表参道のPR会社で働いていたとき、外出から戻ってきた人が「外めちゃくちゃ寒いっすよ」と言った。仕事が終わりどれどれと外に出て「寒くない」と思った。こんなの寒いうちに入らないっすよ。
副作用だった。
「このページのこの部分わかりますか」
「はい」
「副作用がこれだけあります」
「はい」
「こちらのページは新しい薬です」
「副作用が」
「こちらはもっと新しい薬」
「…」
「一般に薬は新しいほうが副作用は少ないです」
「…」
「変えてみても良いかもしれませんね」
「突然寒がりに」
「時間をかけてですよ、もちろん」
「突然寒くなるのでしょうか」
「せっかく分量が合ってきたところなので」
「春からとか…」
「もちろん」
それは、いい、ことだろ?(傘がない)
わからない。
寒くないのは意外と不便じゃない。
問題はめちゃくちゃ汗をかくことで、
え、
あれ、
これまでダンスの舞台で1人だけずぶ濡れだったのは、
え、副作用、あれ?
もしかしてもっとスマートに踊れましたか?
もう引退しかかってるよ。
駅前でたい焼きを買った。
そして帰った。
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