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【テーマエッセイ】アイスクリーム

とある夏の日、私はアイスクリーム屋さんでアルバイトを始めた。

家の近くのショッピングモールのフードコートにあるアイスクリームショップ。 

接客業をやってみたいけれど、不器用な私がレストランなんかで働いたら、きっとお皿やグラスを割ってしまう。だから、ワレモノを扱わないところが良いな。

そんななんとなくの理由で選んだ。

一通り研修を終えて、いよいよアイスをすくう練習。

まずは先輩がお手本を見せてくれた。

大きな四角い容器に詰め込まれたアイスクリームに、スクープという大さじスプーンを拡大したような器具を差し込む。

そしてそれを手首でくるっと回すと、綺麗な球状のアイスクリームが出来上がった。

「さあ、あなたもやってみて。」

よし、やるぞと意気込んで、なめらかなアイスクリームの表面にスクープを差し込もうとした。

ところが。

「・・・?」

スクープが全くアイスクリームにささってくれない。

なめらかな見た目とは裏腹に、キンキンに凍っているアイスクリームは想像を絶する硬さだった。

やっとのことでスクープをさしてはみたものの、そこからきれいにくるっと丸めるなんて到底出来そうになかった。

「まあ、最初は皆そんなものよ。そのうち慣れてくるから」

そう言いながら微笑む先輩の華奢な腕を、ただただ呆然と見つめるしかなかった。

そんな調子だったから、初めの頃はアイスクリームの注文が入るたびにビクビクしていた。

ひとすくいで綺麗な丸いアイスクリームを作るなんて到底できなくて、何回も削って削ってかき集めたアイスクリームの欠片たちをぎゅっと固めてなんとか球状にする。そんな調子だった。

他の人より時間もかかるし、アイスクリームケースのガラス越しにお客さんに見つめられると、なんだか監視されているような気持ちになって、落ち着かなかった。

しかし、そんなことを嘆いている暇もなく、繁忙期のアイスクリーム屋さんは大忙しで、何時間もひたすらアイスクリームをすくい続ける日々。

連続で働いた日の翌朝は、腱鞘炎のような痛みが走り、ペンを持つのも辛いくらいだった。

ジンジン痛む掌を見つめながら、夏休みにたくさん稼ごうと思って連日シフトを入れた過去の自分を少し恨んだ。

***

夏休みに何日も働いたことが功を奏したのか、1ヶ月も経った頃には次第に慣れてきて、なんとかくるっときれいにアイスクリームを丸められるようになってきた。

ところが、繁忙期を乗り越え、やっと平穏な日々を過ごせるぞと油断していた矢先、先輩の口から衝撃の言葉が発せられた。

「来月からはクレープが始まるわね」

「・・・クレープ?」

「ええ、そうよ。夏の忙しい時期以外はアイスクリーム入りのクレープも売ってるの。クレープはあそこで焼くのよ」

と先輩が指差したのは、レジの隣のスペースだった。

見るとそこにはいつの間にか丸い鉄板が置かれていて、周りは透明なアクリル板で囲まれている。

ホットケーキでさえ綺麗に裏返すことができるかどうかも怪しいほど、生粋の不器用である私。

そんな私が、誰かのためにクレープを作るなんて。しかも作っている姿が丸見えの状態で。

接客の合間に、試しにクレープを作らせてもらったものの、案の定ひどい有様だった。

生地を流し込んで、トンボという木でできたT字型の道具でくるくると薄く広げていくのだが、何回やっても先輩のように薄く綺麗な円にならない。

ただただいびつで分厚くて小さい、クレープともホットケーキとも似つかない物体が焼きあがるだけだった。

・・・こんなんじゃ、来月からここで働けない。

そう思った私は、店長に頼み込んで、お客さんのいない隙を狙って何回も何回もクレープを作る練習をした。

自分は左利きだからと、先輩とトンボを回す向きを逆にしてみたり、トンボを回すスピードを色々と変えてみたり。

アイスクリーム屋さんで働いているのか、クレープ屋さんで働いているのか分からなくなるような日々が何日か続いたが、なんとか発売開始の10月までには薄いクレープの形が作れるようになってきた。

***

そしていよいよ10月。

「次クレープの注文が入ったら、あなた、やってみて」

ついに先輩からクレープデビューの指令。

これまではレジを打っている横で、先輩がクレープを作っているのをちらっと見たりしていていたが、その時でさえ、アクリル板越しに先輩の手元をじっと見つめているお客さんの姿が目の端に映るだけで、「破れたらどうしよう。クレームつけられるんじゃないかしら」なんてビクビクしていた。

終始不安と闘いながら働くこと数十分、ついにクレープの注文が入った。

どうか破れませんように。

そしてできることなら、お客さんが見に来る前にちゃっちゃと作り終われますように。

鉄板にそーっと生地を流し込み、内側から外側へなめらかにトンボを滑らせる。

丁寧に、でも生地が固まらないうちに素早く、薄く丸く広げていく。

これまでの猛練習のおかげか、なんとか破れずに丸く薄い生地が焼きあがった。

まだまだ先輩が作るような美しい左右対称の円ではないけれど、これならお客さんに出しても大丈夫そうだ。

よかった、と一瞬息を吐いてふっと顔を上げると、小さな男の子がアクリル板に鼻と手のひらをピタッとくっつけてこちらを見ていた。

わ、見られてたんだ・・・。とドキッとしながら生地を持ち上げ、盛り付けに入ろうとしたその時。

「ママすごいよ。くるくる〜って。」

レジでお会計をするお母さんのそばへ、男の子が楽しそうに駆け寄っていく。

自分が必死になってクレープ生地と格闘している姿を、あの男の子はこんなに楽しんでくれていたのか・・・。

お客さんは監視しているとばかり思い込んでいた私は、少し肩の力が抜けたような気がした。

無事に作り終えたクレープを男の子に手渡すと、その子は嬉しそうに、キラキラの笑顔で一番上に乗っかっているアイスをスプーンで頬張った。

その姿がふと、幼い頃の私と重なる。

両親に連れて行ってもらった夏祭りの一角で、白いシャツにチョッキを着て、ハンチング帽をかぶったおじさんがいた。

そのおじさんは、先端だけ空気が入っていない、細長い風船を持っていた。

おじさんが風船をキュッキュと捻ると、ポコッとした丸が何個も繋がってソーセージのようになる。

さらにそれをくるくるっと丸めていくと、あっという間にプードルの姿になった。

それを見た幼い私は、まるで魔法を見たかのように興奮して、目をキラキラさせながらじっと風船を見つめていた。

そしておじさんは、プードルの次はハート、お花、ネズミなど、次々と風船を色々な姿に変えていくのだった。

あのおじさんと、クレープを手渡した今の私の姿が重なる。

あぁ、そうか。

これはエンターテインメントなんだな。

ただの四角いかたまりから、くるっときれいな球を作り上げるのも、生地の上でトンボをスケートのように滑らせて、薄くて丸い生地を作るのも、ただ食べ物を作っているのではなくて、お客様に楽しんでもらうものとして、私たちは見せているのか。

ショッピングモールの一階にあるスーパーには、安くて美味しいアイスクリームがたくさん売っている。

にも関わらず、なぜ値段が倍以上もするこのアイスクリーム屋さんに来るのか。

なぜわざわざ長い行列に並んでアイスクリームやクレープを買うのか。

それはアイスクリームだけではなく、ちょっとしたエンターテインメントを楽しみに来ているからなんだと思った。

「エンターテイナーはね、自分が楽しむことが、一番大事なのよ」

いつだったか、ダンスの先生が教えてくれた。

それならば。

作ることを楽しめるくらい、アイスクリームもクレープも、もっと手際よく美しく作れるように練習しよう。

そして、お客さんが待っている間も、私が作っている姿を見てワクワクできるような、そんなエンターテイナーになるんだ、と心に決めたのだった。 


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