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第十九話「起業ごっこ」2024年6月13日水曜日 曇り

 梅雨入りは遅くなるとの予報だった。この二、三日は気温は上がり日差しも強かった。空梅雨で夏に突入するのだろうか。自分の今の境遇より、田舎の水源を心配してしまう。実家は米農家ではないのだが、米作りの地方出身としてなかなか気がかりなところだ。
 私は二つのアルバイトを掛け持ちし、さらにもうひとつのアルバイトが決まった。失業手当とアルバイトの生活が続くだろう。
 ワークショップの準備はとりあえずひと段落していた。スライド資料は作成済み。必要な物品のリストアップは終わっている。
 N美さんにInstagramの告知を作成してもらった。船長のお菓子とのコラボイベントであるため船長の最終チェック待ちだ。
 私はフリーのデザインアプリを使って名刺の作成をしていた。先日のセミナーで講師がこう言っていた。 

「今、何かしらの障害や制約があって創業に踏み出せなくても、ひとつだけ今すぐできることがあります。それは自分の夢、やりたいことを周りの人に話すことです」
 自己資金の準備や勉強はまとまった時間がないとできないかもしれない。今現在会社勤めをしている人は尚更困難だろう。しかし夢を話し、それを知ってもらうこと理解、共感してもらうことはできる。理解、共感から応援したいという人が現れるかもしれない。その人は将来のお客様やスタッフになるかもしれない。どんな形であれ、一人でも多くの味方を作っておくことが大事だ。「そのために」と講師は続けた。
「名刺を作りましょう。夢を語るための名刺です。話すきっかけとしてはとても便利なツールです。名刺を作るにはお金がかかる?いいデザインができない?ならSNSでやりましょう。SNSは無料ですよ」
 明るく前向きな講師の声を思い出す。
 その声のまま、私はフリーアプリで名刺のデザインを作成し、Instagramのアカウントを作り始めた。
 名刺の組織名は「ワインとコーヒー」。
 Instagramのユーザー名は「wine_to_coffee」とした。

 私はソムリエとバリスタの有資格者だ。
 しかし、私が持っているものはそれしかない。自己資金どころか借金に追われるような生活。
 有資格者とはいえ、どちらもほぼ独学だ。どこかで修行したわけでも、何かのタイトルを持っているわけでもない。
 そして何よりも夢を持っているわけではない。
 もう誰かに使われるの嫌だ。50歳を過ぎ、残りの人生を穏やかに過ごしたい。それだけだ。
 それを夢と呼んでいいのだろうか?
 そんな後ろめたさを持ったまま名刺とInstagramアカウント作成を続けていた。
 私のこの作業やワークショップはただの「起業ごっこ」なのだろうか?


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