見出し画像

第七話「相棒?」2024年5月9日木曜日 雨のち曇り 晴れ

 5月とは思えない、少し肌寒くも感じる空気だが、昨日までの蒸し暑さと比べればむしろ心地よかった。
 都内の飲み屋街に来た。今後の身の振り方を相談するためだった。相手はワインバルチェーンで一緒に働いた仲間だ。と言ってもワンオペの店だからシフトは被らない。お互いの休みを回しあっていただけだ。つまり、同じ時間、同じ店で働いたことはない。
 そのような働き方だったがミスを互いにフォローし合っていた。発注漏れ、接客のクレームなどだ。いや、助けられた回数は私の方がはるかに多い。彼を相棒とは気安く言えない。
 彼は、ワインバルチェーンのある一店舗を任されている。暖簾分けだ。その店は彼一人で運営している。つまり、彼の個人店で彼の休みは店の休みとなり、そのまま無収入日となる。私にその休みを埋めさせてもらえないか、多少なりとも利益にはなるのではないか、との図々しいお願いをしに来たのである。
 今日は彼の休みだったのだが、週一しかない休みを潰して私のために時間を作ってくれた。
 指定された店は、昨今の価格高騰の折には珍しく文字通りセンベロの立ち飲み屋だった。
「来たことなかったから、来てみたかったんすよ」
と彼は言ったが、失業者の懐具合を考慮してくれたのだろう。優しい男なのだ。
「サトウさんが働くのは大歓迎なんすけど、何曜日がいいすかね?」
 週末は健康食材カフェのシフトが入る可能性があることを伝えた。
「せっかくだからサトウさんについてた常連さんが来やすい曜日がいいすよね?月曜日かなー?でも月曜は祝日になりやすいから、ど平日の方がいいすかね?」
私についていた常連さんのことまで考えてるのか?どこまで優しい男なんだ。私がそう言うと、彼は
「個人店になりましたからね。儲けのこと考えてるんですよ。サトウさんにヒマさせて人件費だけかかるなんてイヤっすよ」
と言って笑った。
 その笑顔は自分の懐具合を心配している者のそれではなかった。
 私はまた彼に助けられるのだろう。

 センベロの立ち飲み屋から表に出ると、雲間から星空が覗いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?