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2022年横浜の浜辺のアインシュタイン🐚

チケットを予約したのは2日前。

フィリップ・グラス以前に私はこの “Einstein on the beach” という題名に強く惹かれてしまっていた。
一気に肌寒くなる10月の第二週目、生身の演奏やパフォーマンスが強烈に恋しくなった。
1970年代から引き継がれているこのオペラを才能溢れる若き日本版キャストで体験しておくべきだと感じた。


初演は1970年代。
グラス氏もまだ若い青年。実験的な創作に刺激を求めて色んな体験をしていたんだろうと想像する。誰か著名人のお子さんに数学を教えていたと誰かの投稿を読んだ。
そんな中、彼は7:00PMに幕開け、翌朝に終わる舞台を観たことから強く触発されたらしい。

日本で前回公演があったのは約30年前。
今回の演出は平原慎太郎さん。
約20年弱、私自身のお気に入りダンサー。
この大きく自由度の高い恵まれた公演で彼がどの様な演出をするのかとても興味深い。そして、その環境のなかでキャスト陣も次の世代を担うだろう日本の演奏家やダンサーが多いことも強く惹かれた。

開場から開演まで舞台上では一定の音が流れ、既に床を掃いているように見える2人のパフォーマンスが始まっていた。
彼がかつて所属していた、Noismでもこの様な演出はよくあったので自ずと心地良さが生まれた。

一幕目は正直、頭の中で考えごとをしながら観ていた。
この繰り返されるリズムの声と舞台の動きも形式だっていたことから、維新派のジャンジャンオペラを思い出したり、上階で観ていたことも相まって女優の台詞と音楽が拮抗して言葉が耳に入るのが難しいから、音楽が落ち着いているときに話して欲しいと思ったりしていた。
でもそれで良いのだと思った。私たちは景色を観に来ているのだから。
開演前の2人のパフォーマーも言っていた、絵画を観る様な気持ちでと。

第二幕目、辻彩奈のソロのヴァイオリンの演奏から思考的な脳から離れられ、身体そのまま作品に預けられるようになった、とても愉しくなってきていた。
音楽はやはり舞台の源で有り偉大だ。

今までのわたしの舞台鑑賞経験は圧倒的に非言語的な作品群に影響されていたので続いての Stormy dance と Night train の流れはダンスと共に気持ち良くなってくる。

幕間の長めの休憩時間にプログラムを初めて開く。
神奈川芸術文化財団芸術総監督の一柳慧さんの言葉に目が留まる。

配布されたプログラムより

一柳さんの疫病そして戦禍や気候変動による災害、オペラについても持続的なものに変容する勇気や実験的であらねばならない。意欲溢れる若い表現者、光はそこにある。
プログラムの言葉で感銘を受けたのはとっても久しぶりな出来事だった。
一柳さんの無くして、このキャストはなかったかもしれない。

三幕目からはオケピもよく観るようになった。
通常のオペラからすると、面白い構成だなと思いながら、コーラスの方々のほぼ休みなしの楽曲など表現者として圧巻。一定の繰り返しなので、歌っている様にも見えないし、もっと休みのない指揮者の前にはオルガンが2台ある、不思議な空間に見えた。

Philip Glass 直筆譜の表紙 プログラムより


波が見えてきたシーン、自然現象の如く、時間をかけてただ眺める。
ビーチへ出掛け、海を眺める行為と全く一緒で舞台を眺める。
違うのは、そこにいる全員でステージに視線を合わせていること。

一幕目で気になった俳優の台詞が分からなくとも、俳優の声が作品に実に馴染んでいるとに気付き始めた。主張していなく、馴染んでいること。
映像でよく見掛ける女優さんのイメージだった松雪泰子さん、田中要次さんの力量なのだなと思った。彼らはメッセンジャーとトラベラー、正にお能みたい。

ダンサーたちの終盤は衣装は遠目からは見えず野生に戻っていた。
ただ、音楽と生身のダンサーたち。
昂揚感が生まれる。

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気がつくと、立ち上がって拍手をしていた、どのくらい素晴らしかったか身体で応えて伝えなければならなかった。

会場を出るとポートタウン横浜山下町は夕陽が沈む時間。
意図的なものであったとしても、お日柄の良い13時半開演でこの終わり方は様々なことが完璧だった。
その夜は折りしも十三夜。
月がぼんやりとそこにあった。

夜に開演、翌日の朝に終わる舞台を観たことがきっかけにフィリップ・グラスは浜辺のアインシュタインという楽曲を作ったわけだけど、その日、その瞬間の環境とその場で見届ける観客も一緒に作品を作り上げる。
舞台の醍醐味。

2日間だけの幻のような空間。

薔薇が咲いてるだろうと思い、日が暮れてきた公園を通って、お気に入りのイングリッシュローズガーデンを香りを愉しみつつ散歩した。
暗くなってから歩いたのは初めてだった。

帰宅後に一柳慧さんの訃報を知った。
様々なことが完璧だったのは、彼の大きな魂にホール全体が包まれて不思議な時空間に誘われたのかもしれない。


素晴らしい鑑賞体験をありがとうございます、ご冥福をお祈りいたします。

大友克洋さんの原画もしっかり目撃しました