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リズム地獄

 1月からピアノを習い始めた。土曜日のお昼に、某世界的楽器店が経営する、全国津々浦々にある超大手ピアノ教室の銀座校に通っている。

 私は小学生の時にほんの少しだけピアノを習っていた。祖母が指導者の資格を持っていて、近所の子供相手に教室を開いていたのだ。もっとも、生来の飽きっぽい性格に加え、祖母に習っている気楽さもあり、ロクに練習をしていなかった。3年ほど前に、続けられる趣味を持とうとピアノに挑戦することにし、当時使っていた教則本を引っ張り出したところ、こんな初歩的なところでやめてしまったのかと自分でも呆れた。

 3年前からは、メジャーな曲を簡単に直した楽譜を使い、母を先生役にしてポロンポロンとやっていた。母は耳コピできる程度にはピアノの心得があるため、全ての楽曲をハ長調4分の4拍子に直したこの楽譜に対しては、「これはもはや不協和音だ」と言って楽譜を書き換えたり、「頼むから(ベートヴェンの)悲愴はやめてくれ」などと曲に制限をかけたりしてきたが、10分も集中力の続かない息子の相手をしてくれていた。

 週末2、30分でも少しずつ上達し、「簡略版エリーゼのために」くらいなら弾けるようになったものの、一人暮らしになってからは、祖父からもらったCASIOのキーボードを触ることはあったものの、かなりピアノの練習から遠ざかってしまったので、教室を探して通うことにした。ダイエットをする人が、「ジムに入会すれば、金がもったいなくて通う」などというが、そんな感覚である。お金を払えば、真面目に練習するだろうと思った。

 さすが超大手ピアノ教室は、たくさんのコースを開講している。標準的な大人向けのコースの他にも、「はじめてピアノ」という初心者向けのコースもがあった。「簡略版エリーゼのために」を弾ける私である。何も一番下のコースにする必要もないだろうと思ったが、せっかくなので基礎の基礎からと、その「はじめてピアノ」にした。基本、1ヶ月単位で契約できるが、キャンペーンで3ヶ月固定だと安いらしい。安い3ヶ月固定で申し込んだ。5月からは上のコースにできるだろう。受付のお姉さんも「さくさく進むと思いますよ」と言っていた。固定だから途中で上のコースに変更できないのは少し残念である。

 私が申し込んだコースは1回30分マンツーマンである。銀座でグランドピアノが弾けるので、ちょっと贅沢な気分だ。ドレミファソラシドから始まるようなコースなので、さくさく進んでいく。物足りないが、姿勢まで見てくれるからいいか。

 などと調子に乗っていられたのも最初の数回だけで、すぐにつまづいた。リズムが無茶苦茶なのである。数小節しかない練習曲の中でもどんどんリズムが変わってしまう。自分勝手にポロンポロンと弾いている分には気づかなかった、いや、そういえば、「簡略版エリーゼのために」を弾いていた時、母が「長さがおかしいがそれはわざとやっているのか」と言っていたが、無視していた。しかし、ここはお母さん教室ではなく、全国津々浦々にある超大手ピアノ教室である。無茶苦茶なリズムでは次に進めてくれない。30分のレッスン時間で、4小節の練習フレーズが2つしか進まないこともあった。

 四分音符や、二部音符はまあ大丈夫。問題なのは付点四分音符である。この付点分の長さがどうにもわからないのだ。これがあるせいで左手と音がずれたり、変に重なったりしてしまう。必死に頭で歌ってみたりするがどうにもならない。大人向けの教室なので、さすがに怒られることはないが、先生も呆れていることだろう。

 30分は短い。通い始めた1月はちょうど仕事の繁忙期の始まりでもあり、現在に至るまで連日、終電帰りで、なんとか土曜の朝は起き、少しは弾いてからいくようにしているものの、やはり生来の飽きっぽさもあり、自主練はその程度であり、真剣に弾くのはレッスンの30分くらいのものである。この3ヶ月間のレッスンは、リズムをろくすっぱ意識しないで弾くという独学の弊害に苦しめられて終わってしまった。

 私の「はじめてピアノ」は3ヶ月では飽き足らず、5月以降も続いていくことになった。今度からは1ヶ月単位で変えられるが、果たして上のコースへ変更できる日は来るのだろうか。


付点四分音符




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