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悲しみの囚人

悲しみのど真ん中まで来たときに
そこから立ち去るかどうかを躊躇する自分がいた。
ほんとはすぐにでも立ち去って
明日を笑ってすごしたいんだけれど
もう少し涙の水たまりに沈み込んでいたかった。
快復する自分と
それを拒む自分とが同時にいて
昔の自分と別れたくないと駄々をこねるのだ。

困ったことに
悲しみに酔いしれたボクは
そのうち虚言癖を持ちはじめ、
部屋を出ようとする僕を囚われの身にしようとする。
部屋のなかにはもう何もないことを知っているのに、
僕はその布団のなかでぬくぬくと眠りについた。
しめしめと悲しみに囚われた僕に、
ボクは大笑いをする。
翌あさ、布団から出た僕は、部屋の片隅で
体育座りで縮こまるボクを見つけた。

「眠れないのかい?」
「ボクが、君の足を引っ張っているのは承知済みさ」
「怖いのかい?」
「また別の部屋にいくのが面倒なだけさ」
「一度外に出られたなら、別の部屋も同じことだよ」
「それじゃあ、ただ繰り返すばかりじゃないか」

「そうだよ。それが、無くなることはないからね。
               それでいて、いつだって突然なんだ」

「そんなのまるで不毛だね」
「でもそれは君だけに訪れるわけじゃない」
「平等主義がなんだというのさ。ちっとも救われないね」

「そうかい。僕はただ、白い、小さな霞草の花でいっぱいになった草原を
 もう一度、みてみたいだけなんだがね」

「ふん。たとえ嬉しいことがあっても、また悲しいんじゃ、意味がない。
 それは、いつまでも形を変えてボクらを追いかけてくる。
 霞草の花だっていつかは枯れてしまうだろう」

「だからさ。だからこそ、この部屋を出るのさ。
 いっただろ。一度出られたなら、どの部屋だって同じことだよ。
 霞草の花だって何度も咲くさ。」

僕は、ボクの肩にそっと手を置いた。
ボクは、僕の手を取り、立ち上がり、
僕の目をみていう。

「嘘だったら、許さないからな」

そうやって
ようやく僕らは
部屋の外に出た。

「いいかい、絶対に外への出方を忘れてはだめだよ」

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