遡-初日

ソロモン諸島に来て既に1ヶ月以上経ってしまっているので、勿体無いので1ヶ月間にあったことを、盛大に遡ることになりますが書いていく。

9月19日月曜日。着いた日。

思えば12年前(だっけか?)に1年間のイギリス生活が始まったのも9月だった。なんかあるのかね9月って。あ、イギリスで学期が始めるのが9月ってだけ?まぁいいや。

メルボルンからブリスベンに行き、そっからソロモン諸島の首都ホニアラへ。ホニアラ行き飛行機は週3とかだったかな。ブリスベンの国際ターミナルの、いっちばーーーーん端っこのゲート。歩いているとまず人がまばらになっていき、そして最終的に褐色の肌の人たちが9割という光景に変化していく。残り1割は、明らかに観光目的ではないであろう、単身のアジア人と白人。

まず飛行機のゲートでこんなに色素が濃く髪チリチリの人達に囲まれること自体が初めてで、多分これから起こることのほとんどすべては未体験ゾーンなのだろうという予兆を感じずにはいられなかった。

ブリスベンからホニアラまでは、えーと3時間くらいだったっけ。私は結構どこの機内食でも「うまいうまい」と食べるほうなんだけど、ここSolomon Airlinesのランチは結構クソだった記憶がある。

食事時以外は寝ていて(とはいえ緊張感はない)、着陸の衝撃とともに「フガッ!」と起きた。着陸を墜落と錯覚してバクバクしている心臓を落ち着かせながら「ほう、ここがソロモン諸島か…」と思いながら窓の外を見たけど、アスファルト舗装のされた普通の滑走路だった。

しかし、飛行機が停止し、階段で飛行機を降りて(飛行機のドアにくっつく歩道みたいなやつなど無い)びっくり。これが首都の空港かと目を疑うようなショボさ!広島の田舎にある道の駅のほうがちゃんとしとる。

蛍光灯は消されており、むわっとした暑さにも関わらずクーラーもなし。薄暗い建物の中に入った先には、古い銭湯の番台みたいな木製の入国審査のゲートが2つ。ソロモン国民と外人用。

外人用ゲートには真っ黒いおっさんがおり、

「何しに来た」

「観光です」

「いつまでいるんだ」

「12月までです」

「帰りのチケット見せろ」

「はい、こちらになります」

「……仕事はするなよ。」

と言われ、ぽん、ぽんっ、と2つのパスポートに判子を押してもらった。どう考えても観光じゃないってバレとったけど、多分日常茶飯事こういうことが起きとるんだろうと思われた。

なぜまっとうに仕事をもらってソロモン諸島に来ているのに「観光です」と言わなければならなかったのか。それは、就労ビザがなかったからである。ひとまず最長3ヶ月滞在できる観光ビザで入国し、可及的速やかに就労可能なビザを雇用先から発行してもらうという手筈。多分殆どの駐在員がこの方法なんじゃないかなぁ。知らんけど。

判子をもらい、またしても古い銭湯の番台みたいな検疫ゲートともつかないゲートを通過し、スーツケースを回収し、スーツケースの中の緑茶とかをおっさん達に見せてオールオッケーをもらい、空港ロビーに出た。空港ロビーに出る瞬間っていつもなんか非現実的というか、出た瞬間から一気にその国が始まるって感じがするよね。

旦那の上司が親切にも迎えに来てくれていたので、上司の車でホテルまで運転してもらった。

しっかしこの上司の車の中が汚いのなんの。表面という表面が砂っぽくて、座席を叩けばボフッと粉塵が舞い上がりそう。息を吸う事は砂を吸うことと見つけたり。ちなみに3日前にエアコンが壊れたらしい。このホコリまみれオンボロ車でもエアコンが先日まで機能していたことにむしろ驚いた。どこの車だったか見てないけど、発展途上国の車は十中八九日本車なので日本車だと思う。

そして車発進。間もなくして、車の中が砂まみれでも平気な理由が分かった。車が一台走れば砂埃ぶわあああああぁぁぁ。その上交通量もめちゃくちゃ多い(これもまた発展途上国あるある)。そりゃこんな道走り続ければ車の中は一秒ごとに砂まみれですし、排除しようとするだけ無駄ですわと悟った。

あらゆることがオーストラリアとは違うことは当然覚悟していたものの、砂埃がやばい、これは意表をつかれた。その発想はなかったわ。

上司に「ソロモン諸島の第一印象は?」と聞かれたので、砂埃感とか、道路沿いに建つ廃墟と見まごうような商店がそれに似ていたので、「インドっぽい」と返した。

ちなみに、このコメントをしてから1ヶ月と1週間経った今では、「インドよりかは若干マシかもしれない」くらいには評価が上がってます。

ただしこれは、廃墟と見まごうような商店に実際に立ち入り、まっとうに買い物ができる施設だと分かったためかもしれない。インドの廃墟商店だってそうかもしれないし。

空港のあるヘンダーソン地区から(ちなみに空港の礎を築いたのは旧日本軍。空港完成直前にアメリカ軍にぶん取られたそうです)道なりに西へ直進するうちに、中心地のホニアラに入ったよと上司に言われる。

「なるほどここが国中で一番デカいところなわけね」などと、建物を見ながら街の規模を考えて出た結論は、「この国、思った以上に貧しいかも」だった。なんだろう、4,5階建てのビルが5棟くらいはあったり、ていうかもうちょっと全体的に道路が舗装されとるものと想像していた。

だけど廃墟と見まごうような店は相変わらず続くし、なんといっても通行人の裸足率高め。昔ゲーム実況で見た、バイオハザード5とちょっとかぶった。ソロモン諸島の世界観はアフリカに似ているというのは予想してなかった。

そんなこんなでホテルに到着。ホテルは中国人が経営しているSeafly Greenというよく分からない名前の安ホテルだったけど、場所もほぼ中心地だしエアコンも効くしWifiもカスながらも一応機能していたので、不満はなかった。

「ウハー私この先大丈夫かよ…」と不安に襲われながらも、始まったのでやるしかないと覚悟を決めたのだった。

ホテルからの風景。正面右のベージュの建物のうちの1つは、ソロモン諸島Jica事務所だったりします。


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