40. 推し画家

 たくさんいすぎる。推し画家を挙げるときりがない。ハマスホイ、ホッパー、ウォーホル、リヒター、フェルメール、クリムト、マグリット、アンドリューワイエス、ニールロジャー、ミヒャエルゾーヴァ、オッタビオマゾニス……好みがわかりやす過ぎるのでこの辺にしておきたい。日本画家だと東山魁夷、石田徹也、古河原泉、奈良美智、吉田博が好きである。もうわかりやす過ぎる。要はイラストに近い絵が好きなミーハーである。

 中でもロバートハインデルはたまらない。先日は出勤前の午前休に代官山に駆けつけ、個展を見た。汗だくでせかせか歩きながら、ヒルサイドフォーラムとかいう洒落た建物を目指す。すれ違う人はみんな良い匂いがして、持っているバッグはグッチにシャネル、ヴィトンである。香水はサンタマリアノヴェッラあたりだろうか。なんて厭な街だ。貧乏人には我慢ならない。

 前回は会期を逃して歯ぎしりしていた。没後15周年とかだったので2020年の個展で、これも代官山だったはず。
 お一人様500円です。やっっすい。ありがた過ぎる。1900円?払って平日の朝イチに駆けつけたのに、夕方のチケットしか取れなかったフェルメールとは大違いである(予約しないのがいけない)。落ち着いたギャラリーで、しかも至近距離で推しの原画が見られるのである。最高か。やっぱり東京に住もう。日々の東京の人混みへの怨嗟も綺麗さっぱり忘れて絵に見入った。"Hidden Thoughts"も"The wall"も、"1,2,3"(タイトルが天才的)もある。しかも近い。感無量。間近で見るよりは少し離れて見た方が躍動感のある絵である。
 先月見たリヒターの抽象画も意外と動的だなと思ったが、さすが「現代のドガ」(この呼び方はあまり好かないが)はリズミカルで生き生きとしていた。ダンサーの指先から命のほとばしる瞬間が、油彩の筆の、ほんのひとなぞりで再現される。"Darkness and Light"や"Red Headed Girl"が印象深い。"Continuous Line"は複製版画しかなかったが、レンブラントのようなドラマチックさがあった。ハインデルの描く踊り子たちは舞台の袖にいたり、靴を直していたり、どれも取り繕わない明るさがある。暗い背景に溶け込んでいてもよく映える。光の当たる部分は橙、影も周囲からの反射光を青で描いているからだろうか。
 油画も良いが、さらに素描に驚かされた。イラストレーター出身の画家だけあり、一切の隙を感じさせない線である。踊り子の緊張感がそのまま伝わってくる。ダンスを習っている人なんかはこの雰囲気わかるわかる〜となるらしかった。ことごとく削られて張り詰めた線に、舞台の強い照明を感じさせる必要最小限の木炭でつけた陰影。長らくデッサンやクロッキーとドローイングの違いを分かっていなかったが、ここでドローイングの何たるかを見せつけられた気がした。上手すぎる。

 著作権を持つThe Obsession Gallery が主催しているため、出口付近では数名のスタッフが版画を売るべく、来場者に声をかけていた。ジクレ版画といって、簡単に言うとコンピューターでスキャンしたデータの通りにインクを吹きつけた複製画である。その上にさらにシルクスクリーンでインクを重ねれば、上塗りした時の筆の運びも再現されるようだった。よく見るとキャンバスの目地まで見える。技術の進歩に感心した。お陰様ですげえ画家のめちゃくちゃリアルな複製画がウン十万で買えてしまうわけである。全然買えないが。こんなの家にあったら毎日ニヤニヤしてしまう。どう見ても金を持ってなさそうなしょぼくれた若者にもスタッフのお姉さんが声をかけてくれたため、ここぞとばかりに質問する。記事の半分くらいはお姉さんの受け売りである。ポストカードを購入して地に足つかないまま労働へと向かった。

 著作権の関係で画像を載せられない(今日学んだ。公衆送信権の侵害はいけない)のが本当に惜しい。また機会があればぜひ見ていただきたい推し画家の絵である。ありがとう代官山、ありがとうスタッフのお姉さん。いつか借金でもして版画を買いに来ます。

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