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私の体は光っている

私の体は光っている、確かに光っていた。

目に見えなくても。


コーヒーの香りが好きだ。雨の匂いが好きだ。雨が止んだ夜の川辺の匂いが好きだ。枯れかけた花びらがテーブルに落ちていく様子が好きだ。花瓶の水に光が差し込んで反射するのを眺めるのが好きだ。道端ですれ違う人に靡かない猫が自由で好きだ。夕日に照らされた毛が陽だまりのように柔らかくて温かくて好きだ。どんな日であっても海を眺めるのが好きだ。読んだ本について、心の中で問い続けていることを木に話しかけるのが好きだ。車の窓から眺める夜の灯りが好きだ初夏の青青とした自然の緑や鋭く差し込む太陽の光が好きだ。気怠い夏の夜の空気を吸いに行くだけの散歩とタバコが好きだ。一人で何冊も積み上げられた本を読んだとき、私は幾つもの言葉に出会い初めて言葉を理解した。星の名前を知って私は世界の美しさを知った。命を削るほど音楽に向き合って私の心は傷だらけになった。思考を続けて世の中の知らなくてよかった残虐さに気が付いた。死ぬほど泣いた夜は、必ず一羽の鳥が川辺に来て静かに鳴いた。命を全うした蜂をそっと手の平にのせて、日の差す縁側に運んだ。書けなくなっていく文字をぐるぐるの線でぐちゃぐちゃに消した。道端にはぐれて咲いた秋のコスモスの写真を撮った。


絵の具に塗れた手を見たとき、
生きている感じがした。
生きている感じがした。
生きている感じがした。



焼き立てのパン屋の香りに包まれた朝、私は生きててよかったと思えた。

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