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小さくて大きな、夏の話。
星に目をつけた。 君たちが適任なんだ。 だから、私は。 ▱ 「真の支配者は校長じゃなくて時計ですよね」 急に起き上がったことで鳴ったスプリング音が、それまで部屋に響いていた秒針の音を一瞬だけ消す。 「急にどうした」 「……2点」 「返答に点数つけるのやめろ」 だって、と唇を尖らせた。「急にどうした」は唐突に脈絡のない言葉を発した人物に向けるときに出る、ありがちな返し。つまらない。 少しだけ空いた窓から心地いい風が入ってくる。部屋の中の空気が回って
【髙田雫毅くん いつも幸せをありがとう】 大きなポスターを背景にして、メッセージを書いた付箋を持った手元を写した写真。大理石モチーフのネイルが綺麗に見えるように、でもこれ見よがしに感じない程度に。 デビューをこんなに盛大に祝ってもらえるなんて、と幸せを噛みしめていた。何枚か撮ってからメモを壁に貼る。メンバーの好きなところを挙げているメッセージが多く見られた。心の中で共感を唱えながらも、私が書いたのは感謝の一文。 伝えたいことも、好きなところも山程ある。素敵だな、本
朝を迎えて、一瞬息が止まるかと思った。俺の部屋に、髙田雫毅がいる。昨日の記憶は確かに辿れるものの、あれが夢だったと思う自分もいたからこそ、こうやって今もすぐそこにいることが信じられない。 彼はソファでぐっすりと眠っている。客人、ましてや画面の向こう側の存在なので当然ベッドを譲ろうとしたが、彼は断固拒否で聞く耳を持たなかった。 人様に出せるような食べ物がなく、買い出しのためメモを残して外に出る。目覚めてすぐドアをバーンと開けたまま出ていく、なんていう突拍子もないことを
日本一利用者の多い駅が最寄りのCDショップ。ただでさえ出入りの多い店舗だが、今日は一際賑わっていた。 7人組の男性アイドルグループ「Meraki」のデビューシングル発売日だ。彼らは、アイドルを目指した青年たちを集めたオーディション番組で選ばれたメンバー。注目を集めたデビュー曲ということもあり、大規模なコーナーが設けられていた。 ジャケット写真を大きく引き延ばしたポスターが貼られていて、その横の壁一面はファンのコメントの書かれた付箋で埋まる。 【かずまくん センター
『泡沫の転校生』 そう呼ばれている女子生徒がいると知ったのは、去年の初夏。 小耳に挟んだ情報を繋ぎ合わせると、弧を描くように綺麗なボブヘア、大きな目、透き通る肌。白地に紺襟のセーラー服がよく似合うとか。結論から述べよう。外見的特徴は事実だった。が、その正体はとんでもない。呼び名も相まってどんな清楚女子かと思っていたことを、お前は知らないだろう。 サボりを隠す気すらなかったナメた態度のあいつが、泡沫の転校生の正体。泡沫の、という修飾語は勿体無い。世界史に怯える転校