【小説】金木犀の咲かない春に君を懐う

1.
 今年は暖冬の影響で桜の開花が例年よりも早いらしい。まだ三月だというのに外は暖かく、穏やかに恵風が流れている。

 大学の長い春休みの間、僕は何をするわけでもなく、本を読んだり、簿記の資格試験の為の勉強をしたりと自分の時間をゆったりと過ごしていた。今日も家から近い市営の図書館で資格の問題集を解いている。家の中だと父と離婚してからギャンブル依存症に成り果てた母親が毎日のように違う男を連れて来るので、邪魔にならないように外に出る。僕なりの小さな親孝行のつもりだ。カフェや友達の家で勉強をする事もあったが、カフェは人の声が五月蝿いし、友達の家に行くと結局遊んで帰ってきてしまうから結局この場所を選んでしまう。今日は土曜だが、人は少なく席は疎らに空いている。


 「あ!いたいた、赤坂くん!やっぱり今日も来てたんだ。ここに来ればこの前借りた本返せるかなーと思って!今日は勉強?春休みなのに偉いなー、何の問題集?」

 後ろから不意に金木犀の香りがした。振り向くとそこには見覚えのある黒のスキニーに白いオーバーサイズのパーカーを着た茶髪のショートボブの女性が立っていた。同じ大学に通う佐々木美桜だ。微笑みながらこっちを見ている。

 僕達は別に特別仲が良いというわけではない。ただ冬休みに僕が図書館で勉強をしていると彼女に急に話しかけられ、大学が同じでお互いに好きな小説家も同じということで本を貸し借りする仲になった程度だ。連絡先も交換していないから図書館で偶然会った時に借りた本を返す、もしくは読みたい本を借りるという事を数度繰り返していた。だから名前と同じ大学に通っているという事以外の事はお互いに殆ど知らないし聞こうともしない。SNSの発達した現代社会においてアナログな関係なのかもしれないが、自分の時間を取られないコミュニティというのは僕にとっても心地が良かった。

 「びっ、、くりしたー。ありがとう、中々面白かったでしょ?文字だけなのに、こんなに本の中から音が聞こえてくる小説中々ないよね。そういえば香水の匂い、前は柑橘系の匂いだったのに今の時期に金木犀の香りがしたからびっくりしたよ、それ今の時期につけるものなの?」

 あえて問題集の内容は伏せる事にした。今の時期にやりたい仕事の為に努力しているなんて意識高いと思われたくないし褒められる為にやってるわけでもないから。

 「うん!ドラムロールが本当に聞こえてくるみたいだった。てか香水の匂いに気付けるなんてポイント高いねー!春らしくなくて良いでしょ?冬につけてた香水も夏っぽい匂いにしたくて柑橘系の香り選んだの!見てみて、私の栞も金木犀なんだ!」

 楽しげに金木犀の押し花の栞を見せてくる彼女を見て変わった人だな、と思ったと同時に何故だかそれがとても魅力的に感じた。彼女の話や考え方が純粋に面白いし聞いてて楽しかった。何か理由でもあるの?と聞くと、彼女は嬉しそうに話し出した。

 「秋に金木犀の香水を付けたら、本物の金木犀の香りと混ざっちゃって境目が分からなくなって自分の居場所が無くなっちゃう気がするんだ。模倣は本物には勝てないもん。他にも理由があってね、夏は暑くて早く冬になれー!って思うし、冬も寒くて早く夏になれー!って思うからいっその事真逆の季節の香りで気分上げちゃおうって感じ!」

 いつのまにか隣の席に座っていた彼女の話し方はどこか悲しげで、それを悟られないように無理矢理明るく振る舞っているように見えた。
 いつもなら僕を見つけて本の貸し借りを終え、少し世間話をして帰る彼女が今日は帰る様子を見せない。少しの時間下らない話をしていると、話からやっと彼女の人物像が見えてきた。彼女は活発で交友関係も広く、誰にでも好かれるタイプだ。僕もそれなりに大学生活の中で人と関わりはあるし良く遊ぶ友達もいるが、1人の時間が1番好きだ。その点彼女は友達と過ごす時間が多いと言う。そんな子が本好きで1ヶ月に10冊以上は必ず本を読んでいると言うのだから驚きだ。

 「え!じゃあ来週上映予定の映画2人で観に行こうよ!赤坂くんが推理小説読んでるとは思わなかった。いつもは純文学小説読んでることが多いから」

 予想以上に僕と彼女の話は弾んだ。これまで会ったら数分、長くて30分ほど話したら解散する程度しか話したことが無かったから気づかなかったが、僕と彼女は境遇が少し似ていた。友達の中に、本の話が出来る人がいない事。お互い家庭環境が複雑で歪な事。彼女は幼い頃に事故で両親を亡くしてから養子として育った事を話してくれた。そんな辛い過去を持った彼女が楽しそうに話しているのを見ると、普段は原作の劣化だからと観に行かない映画も少し観に行く気になった。僕はその約束を承諾した。花粉症なのだろうか、僕が返事をすると彼女はありがとうと言ってすぐに可愛らしいくしゃみをして、恥ずかしそうに笑った。

2.
 3月9日月曜日、約束の時間ぴったりに駅へ向かうとそこにはもう彼女の姿があった。口約束をしただけだったので本当に来てくれていて、内心安心した。ベージュのワイドパンツに白いシャツを着た彼女は、普段着と思われるいつものパーカーの姿とは違ってとても女の子らしく見えた。

 「ごめん!待たせた?」

 謝りを入れて駆け足で彼女の元へ向かうと、私も今きたとこだよ、と言って笑った。彼女は良く笑う、その笑顔はとても可愛らしかった。季節外れの金木犀の香りが、春風に流されて届いた。僕らは今日見に行く映画の原作の話をしながら映画館へと向かった。映画館に着くと、ポップコーンはいつも食べ切れないからと買わずにドリンクだけを購入した。

 映画は予想以上に原作に忠実で、伏線の回収もしっかりしていた。良い意味で期待を裏切られた僕は映画もたまには悪くないなと思っていたが、彼女は映画を作った監督の花を過剰に使った演出がどうも気に入らなかったらしい。

 「だってあんなに花使わなくても良くない?!1番大事な最後の推理する場面で上から花降ってくるってどういう状況!」

 僕は彼女をまあ話は面白かったじゃん!と宥めながら、休憩がてら駅前にあるチェーン店のカフェに入った。僕がクリームソーダを注文すると、彼女がニヤニヤと笑いながらこっちを見ている。

 「クリームソーダ頼むなんて、意外と子供っぽいところあるんだね、可愛いじゃん。私はもう大人なのでカフェオレにします!」

 ブラックコーヒーならまだしも、カフェオレで大人ぶっている方が子供っぽいと言うのは控えて、ふーんすごーい、と挑発すると何か負けた感じしてムカつく!と彼女は1人で挑戦を挑んで1人で負けていた。平日の昼過ぎの時間は、主婦達や仕事をしているノマドワーカーの人がちらほら見えるだけで、注文はすぐに運ばれてきた。

 「佐々木さんには言ってなかったけど、この店のクリームソーダ、ドリンクバーで飲むのとは違って味がしっかり濃くて美味しいんだ」

 僕がさっきの仕返しにそう言うと、彼女は自分だけそんな情報ズルい!私にも飲ませて!と言って僕のクリームソーダを強引に奪って行った。本当に美味しい!と言って中々返してくれず困っていたら、ごめんごめんと笑いながら返してくれた。ストローには、オレンジのリップの色が付いている。内心ドキドキしながらも口が乾いていたので平然を装ってそれを飲む。彼女はそれを見て楽しそうに笑っている。

 「赤坂くんは誕生日いつなの?顔立ちは冬っぽいから11月とか?」

 さっきの間接キスの話はどちらからするわけでもなく(僕としては触れて欲しくなかったので安心したのだが)凄くありきたりな話題を彼女に振られた。僕が外れ、8月だよと答えると似合ってない!と訳の分からない事を言い出した。

 「顔で人の誕生日判断するなよ…。もう今年で20歳になるのかー、なんか実感ないな。佐々木さんは誕生日いつなの?」

 僕は彼女の発作的に出る子供っぽさを止めるべく、同じありきたりな内容を逆に聞き返す。

  「4月28日だよ、覚えやすいでしょ、掛け算!」

 今の発言を聞いて、彼女の子供っぽさは発作ではなく自然体なのだと自分の中で脳内訂正する。

 「春、来て欲しくないな、、」

 僕が返事をしようとすると、彼女は間としては長すぎるくらいの時間を置いて独り言のように呟いた。その顔は、秋につける金木犀の香水の話をしていた時の悲しげな姿と同じように見えた。

 「いいじゃん、お酒も合法になるし!なんか縛りが無くなって、自由って感じがして良くない?」

 僕が自分の思っていた事を何気なく言うと、彼女はいつにもなく悲しげな表情で俯いている。外ではいつの間にか雨が降っていて、道行く人々が足早に屋根のある所へと逃げるように走っている。

 「自由ってさ、大人になるってさ、凄く怖いよ」

 彼女がポツリと呟いたその言葉の意味を、僕は理解できなかった。

 少しの間沈黙が流れ、やっと外が雨だと気づいた彼女は、さっきまでとは裏腹にいつもの明るい彼女へと戻っていた。僕達はカフェから走って駅へ向かい、駅前のコンビニで傘を買って電車に乗った。僕はずっとさっき彼女が言ったことがモヤモヤしていた。明るく話しかける彼女は、空返事になっている僕にごめんね、とだけ言って最寄りの駅の1つ前の駅で降りてしまった。

3.
 映画終わりに気まずい別れ方をして以来、彼女は図書館に来なくなっていた。"自由ってさ、大人になるってさ、凄く怖いよ"あの日以降、ずっとこの言葉が頭から離れない。自由なの事はずっといい事だと思っていたから、マイナスに捉えられるその言い方がずっと引っかかっている。気を紛らわすように栞を外し読みかけの本を開くが、そんな状態で集中力が続くはずもない。開いていた本の同じページにまた栞を挟み、本を閉じる。

 最近は雨続きで、外に出るのも億劫だが家にいるよりマシなので図書館から家への帰り道は少し遠回りして帰る事にした。3月の雨は思っている以上に冷たい。大通りを曲がり、少し傾斜のある人通りのない廃れた商店街を歩いていると、傘もささずに俯きながら歩いている女の人とすれ違う。恋愛漫画のように傘を差し出す勇気もなく心配そうに見ることしか出来ない僕は、すれ違い様、その人の横顔を見て驚愕する。その瞬間、もう僕は声を出していた。

 「美桜(ミオ)?!何やってんだ!こんな雨の中傘もささずに!風邪ひくだろ!」

 反射的に声を出したから思わず下の名前で叫んでしまう。僕の脳は自分が思っているより出来が良く、咄嗟に気付いてもらうためには下の名前で呼ぶのが良いと判断したみたいだ。僕の叫ぶような声に驚き、振り返った彼女は泣いていた。僕は直ぐに駆け寄り、傘をさしながら屋根のある場所まで彼女を抱えて連れて行った。

 「赤坂くん…、やっと名前で呼んでくれたね。ごめんね、びっくりさせちゃって…。」

 泣き顔のまま笑顔を作る彼女は、いつもの明るい、誰にでも愛される姿とはまるで別人だった。

 ずぶ濡れになりガタガタと震えている彼女に、服も濡れてるし、何処かへ入って暖まろうと言うが、彼女は頑なに動こうとしない。自分の着ていたコートを羽織らせ、僕が近くの自販機でココアを買って飲むように促すと、最初は俯いて黙っていた彼女が徐々に口を開いてくれた。

 僕は彼女の泣きながら、呟くような途切れ途切れな言葉を紡ぐような話を一通り聞いて、何も言えなくなった。彼女が養子だと言うことは前に聞いていたが、養子縁組になる前は親戚の家をたらい回しにされ、転校が多く自分の心の拠り所に出来る友達がいなかった事。養子になってからは、父となった男にDVを受け、母もそれを見て見ぬふりをしていた事。誰にも相談出来ず、周りに知られたくなくて無理矢理明るく振る舞っていた事。そのギャップで、人といると他の人の倍以上疲れてしまう事。家に帰っても居場所が無く、外に出て暇つぶしに行った図書館で大学で見たことのあった僕のことを見つけた事。僕の話している時は何も気を使わず、純粋に楽しく過ごせていたという事。

 「私ね、20歳になったらあの家を追い出されるんだ。もう大人だからって。自由に生きれるんだから喜べよって言われた。住む場所はお金の事を聞いたら殴られた。誰が今まで血の繋がりもないお前を面倒見てやったと思ってるんだって。女なんだから稼ぎ方なんていくらでもあるだろって、笑っちゃうよね」

 僕は何も言えない。彼女は続ける。

 「今日だって、お前がいると目障りだからって家追い出されちゃった。お父さん、お酒飲むとそうなっちゃうから。いつもの事なんだけどさ、慣れっこのはずなんだけど、今日は雨が降ってたから。そんな時、君に声をかけられた」

  「赤坂くんといると心が凄く落ち着いた。私の存在が全部肯定されてるような感じがした。私の意見や話す言葉を、こんなにも真剣に聞いてくれる人がいるんだって。今だってそうだよ」

 雨は強くなっていて、時折走る車が、道路脇の水を切る音が大きくなっている。

 「もう頑張らなくていいよ。逃げよう。僕と一緒に逃げよう。1人じゃダメでも2人ならきっと何とかなるよ。自由って君が思うほど怖いものじゃないって、僕が証明するよ。2人で自由に生きよう」

 今の僕が言える全力の言葉は、雨音に所々かき消されて、それでも彼女は微笑んでくれた。


 どのくらい時間が立っただろう。かなり落ち着きを取り戻した彼女は、そろそろ家に戻らなきゃ怒られちゃうと言ったので無理矢理引き戻そうとする。彼女は笑いながら話し出した。

 「赤坂くんが逃げようって言ってくれた時、凄く嬉しかった。でも無理だよ。私自身が、赤坂くんを自分にとって居心地の良い存在から突き放しちゃったから。私の全部を知った赤坂くんはきっとこれから私を可哀想な子として見ちゃうと思う。どれだけ隠したとしても。それって辛いよ、隠されてるのも哀れられるのも。だからこれでいい。このままでいいんだよ。私は大丈夫、もう子供じゃないから1人でも逃れるよ。花には雨も必要だから」

 必死に言葉を探す僕に、またね、とだけ言い残して彼女はまた雨の中歩き出した。僕はまた、声をかけられなかった。

4.
 長かった春休みが明けると、季節はもう春だった。例年よりも早く咲くと言われていた桜は結局例年とほぼ変わらない開花時期に咲いた。僕は大学でいつもと変わらない日々を送っていたが、一つだけ変わった事がある。構内で彼女を探す癖がついていた。あの日っきり、彼女とは会わなかった。連絡先も交換していなかったので、彼女の交友関係も全く分からないから聞きようがない。金木犀の匂いは、どこを探してもしなかった。


 三限まで取っていた授業を終え、借りていた本を返しに近くの市営の図書館を訪れる。次に借りる本を探しながら時間を潰すが、彼女が現れる気配は無かった。

 仕方なく家に帰ると、"osmanthus"と書かれた僕宛の手紙が届いていた。切手を見て僕はそれが佐々木美桜からのものだと確信した。珍しい62円の記念切手には、金木犀が描かれていた。急いで部屋に戻り封筒を開ける。中には手紙と、金木犀の押し花の栞が挟まっていた。

「赤坂くんへ

突然の手紙ごめんね、突然いなくなった私から手紙が届いて、今驚いてるでしょ?赤坂くんすぐ顔に出るから分かるんだ。私ね、赤坂くんに宣言した通り逃れたんだよ。あの時一緒に逃げようって言ってくれたの、本当に嬉しかった。赤坂となら本当にどこまでも逃げると思った。でもそれじゃダメなんだ。

 私ね、初めて声をかけた時から知ってたんだ、赤坂くんが税理士目指して勉強頑張ってるの。だって本見えちゃったんだもん。でも赤坂くんはその話したがらないから、きっと自分の中だけで静かに戦ってる強い人なんだなって思ってた。その時なんだ、私と似てるなって思ったの。だから話しかけた。この人なら私を見てくれるんじゃないかって。緊張したなー、だって勉強してる時と本読んでる時の君、凄い集中してるんだもん。でも話してみたら私の思った通り、話を真剣に聞いてくれる、凄く優しいあったかい人だった。私ね、ずるい人なんだ。だってあの時の私はただ私の話を聞いてくれる人が欲しくて、君を利用しようとしたんだもん。でも本当に君と話してる時は、いつも楽しかった。ごめんね、そして本当にありがとね。

 逃げた私が言える事じゃないかもしれないけど赤坂くんにはどうか逃げずに生きていて欲しい。もし夢が叶って税理士になれたら、ちゃんと私に報告する事!って言っても赤坂くんを置いて私はいなくなっちゃったから代わりに私が使ってた栞を入れておくね。

 話は変わるけど、金木犀の花言葉って知ってる?色々あるんだけど赤坂くんには初恋って花言葉を送るよ。手紙なのにちょっと照れくさいね。初めて赤坂くんと遊びに行った時、映画を観てから行ったカフェ、あの時覚えてる?私がクリームソーダ飲ませてもらった時、赤坂くん凄い顔赤かったんだ。目合わせようとしても逸らしちゃうから私の顔見れてないと思うんだけど、あの時私もすごーく恥ずかしかったんだ、多分顔も真っ赤だったよ。

 私ね、春が来ないまま、赤坂くんとの思い出が濃いまま、自由になれたよ。君の言ってた通り、自由ってそんなに怖いものじゃなかった。
 赤坂くんの事を見つけられて、好きになれて良かった。もうまたねとは言えないけど、これで最後になっちゃうけど、これからも元気でね。

                   佐々木美桜」

 気がつくと、僕は声を出して泣いていて手紙と一緒に入っていた金木犀の栞を握りしめないように優しく抱え込んでいた。


5.
 春の恵風が穏やかに吹いて、桜は地面に花を咲かせている。今日は久々に定時で仕事が終わった。足早に家へと帰り、小さなアパートの一室の鍵を開ける。部屋に入って窓を開け、スーツをハンガーにかける。読みかけの本を読もうとソファに座り、挟んでいた金木犀の栞を本から取り外し、机の上に大事に置く。

 暖かな風が部屋のカーテンを揺らした。不意に金木犀の匂いがするが、多分気のせいだろう。
 春に咲く金木犀の香りが頭の中に記憶として残り続けている。秋に花をつける金木犀は僕にとって模倣でしかない。金木犀の咲かない春に君を懐う。彼女がいなくなってから過ぎた6度目の春は何処か空っぽだ。
 社会の荒波に流されないようしがみつくのに必死でまだ彼女と約束している報告は出来ていない。本を読み終え、返却の為に図書館へ向かおうと私服に着替える。栞は忘れないうちに机の引き出しの中へとしまった。

 春に咲くはずもない金木犀の香りを求めて、僕はまた今日も玄関を開けた。

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