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3週と5日目

封代わりの青いベルベットリボンの一端を摘んで引くと、結び目が解けてそのままだらりと垂れ下がる。箱を持ち上げて自分の膝の上に置くと、以前持ち上げた時…店から部屋へ持ち帰ってくる間までのことだが…よりも重量が軽くなっているような感覚がする。蓋に手をかけると男はそれを持ち上げようとするのだが、見た目よりも存外手ごたえがある。厚紙同士の摩擦や湿度による歪みで生じるようなものでは決してない、本体と蓋が糊付けされているかのような堅牢さ。

この箱を見ていると、変な心持ちがする。美しいと思っていたが、私はこれの存在をずっと忘れていた。しかしこのように開かないとはどういうことだろう。忘れていた間に、この手作りとも思える箱から糊か塗料か、とにかく箱を貼り合わせるような何かが染み出してくっついてしまったのだろうか。

その手に覚える頑丈さに合わせて、少し強い力で蓋を掴んで引き剥がそうとするが外れない。ともすれば箱を壊してしまいそうに思え、男は箱を抱えたままローテーブルの引き出しを開ける。コンパスやら鉛筆やらが雑に詰め込まれた中からカッターナイフを取り出した。4cmほど刃を出して蓋と本体の隙間に刃先をねじ込もうとすると、蓋の方に2mmほど傷がついた。

男は箱に傷をつけてしまったことに対して、自ら意外に思うほどに動揺していた。

蓋に傷がついてしまったものの、カッターの刃は本体と蓋の隙間に入っていく。が、1.5cmほど進んで刃先が止まった。男は依然動揺していたが、箱が開かなくてはどうにもならない為に、刃先が反時計回りの方向に動くように持ち替えた。林檎の皮を慣れないナイフで剥くような作業。男の手先が不向きなのか、道具が悪いのか、刃先は蓋に小さな切り傷を12ほど遺した。

刃先が箱の全周を回ったとき、一瞬、男はカメラのシャッターを浴びたときのように目が眩んだような気がした。

しかし箱は開かなかった。刃先が箱の側面をなぞる間、男の手はカッターの刃が何かに引っかかり削れるような振動を感知していたが、それが幻覚であったかのように同じ強さでもってそれは蓋されていた。男は何か動機のわからぬ憤りか焦燥によって、更に強く、その蓋を本体と分離させようとした。カッターナイフを手放すと、それが床に転がるのを意に介さず、箱を掴み蓋と本体との段差に左手の爪を食い込ませた。

男は3週と4日間放置していたその箱を、どうにも開けなければならなくなっていた。どうにかしてその箱を開け、中身を確認しなければ今後自分がどんな場所にも行くことができず、永遠にその箱と結ばれていなければならないような気がしていた。


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