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シケイダのナイフ

料理も出尽くし、皿も寂しくなったところで突然祥子が少し高い声を出したのでまゆこはカウンターについていた肘を浮かせた。
「まゆこさん、あなた箸も出していなかったなんて」
まゆこの前には一度も使われない取皿と箸袋に収まったきれいな箸があった。
「いま気づいたわ、そんな顔をしないで祥子さん」
「私はあなたの世話人じゃないのよ」
よく焼いたラムステーキ、カカオ・ビーフシチュー、薄切りの豚と茄子と茗荷の冷たい和え物、ナッツとシナモン増量のタルト・タタン、黒胡椒の入ったジンジャーエール。まゆこは料理の来る間にも祥子に話しかけられていて箸も取らなかったのだが、祥子は自分が食べる片手間まゆこに箸を運んでいた。
「お喋りしながら食べるのは苦手なの」
「今までの食事会であなたどうしてたの?」
祥子は呆れたような声色でナイフを置いた。
「お喋りは、するけど…。そもそもそんなに食事会なんて、ないわ。私のおうちはお母さんとお父さんと私だけだし」
「わかったわ。まゆこさんを質問攻めにした私がよくなかったわ」
まゆこは何故か申し訳なくなって、静かにジンジャー・エールに口をつけた。
「あの子に興味持たれるあなたが珍しいのよ」
「あのひとはそんなに…祥子さんにとって注目のひとなの?」
祥子は思わずといった感じで手を口元にあててぷっと吹き出した。
「『注目のひと』ですって?たしかに、いくら一緒にいても面白いひとだけど。それで言えばあなたは間違いなく注目のひとよ」
「私困ってるのよ。私が外の中学校から入ってきたから珍しくて絡まれているだけだって思って」
「珍しくもなんともないわよ、外の学校から誰かが来るなんて一年に一度はあるでしょう」
まゆこは祥子の表情をみて、このひとは本当に幼馴染の興味に惹かれているんだと確信した。
祥子はギャルソンに目配せして言った。
「じゃあ、お食事も済んだし一緒に寮に戻りましょ」
さっきまでの勢いから転じて言葉少なに立ち上がり、ギャルソンからコートを受け取る祥子を追いかけるようにまゆこも席を立つと、急いで声をかけた。
「まって、私の寮とっても遠いの。きっと反対方向だわ、山奥にあって」
「あなたも塔に住んでるの、知ってるわ」
え、とまゆこが呟くと祥子は続けた。
「急がないと最後のバスが出てしまうわよ」
まゆこは鞄とコートを抱えると慌てて祥子のあとを追い掛けた。

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