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ガールフレンド

その女の子はジャズバーで働いていて、私に水のグラスを出してくれた。たぶん私より少し背が小さいくらいなのに、手が私よりずっと小さくて、指先と爪も可愛いかたちをしていた。なにより肌がパールのようにきめ細かく光っていて白く美しい。

ジャズライブの演奏を聴きながら、私はその女の子の働きを目で追っていた。飲み物を盆にのせて私の横を何度も通り過ぎ、その度に私の水のグラスが減っていないかとこちらに視線を向けるのだった。

注文したキャンディみたいな赤色のクランベリージュースより早く水を飲んで、私は2回もその女の子を寄越した。
化粧っ気のない自然な黒髪に癖毛がナチュラルなウェーブをかけていて、後髪は肩甲骨より下まである長さを一纏めに結んである。前髪と両サイドは短く真っ直ぐ切ってあるのに毛先はあちこちに向いていた。

彼氏はいるの、と訊くとその女の子は驚いたようなはっとした顔をして、それから首を傾げた。バーの面倒見の良さそうなママにあまり見られないように声を低くして、きみ美人だからデートしたいんだと言うと、逃げられないように少し急いで紙きれを渡した。
その直後は少しだけ罪悪感があって、私は去り際にごめんね、と伝えた。
(そういうことが出来ればよかった。)

この世に美しい人は沢山いて、他に代え難い魂を持つ女の子だって沢山いるけれど、あの女の子の昏さは白い貝殻の上に落ちる黄昏時だし、あの女の子の柔らかさはまだ誰にも触れられたことのない繭の中の未熟な蜻蛉、麦の穂が触れ合って立てる音に耳を澄ましたいと思う時の自然な愛しさ。
あの女の子が逃げないでここにいて、私が感じているよりも実際はもっと質量のあるさまを感じてみたい。あのジャズバーの外では友達とふざけ合ったり大きな声で笑ったり、沢山喋ったりするところを見てみたい。

その夜はレストランでも女の子のことを思い出しながら食事していた。

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