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彼女について

野生動物のような私の友達は、美しいことには憧れない性質だった。

生木の匂いを嗅いだことのない都会の人間や、プラスチックに包まれた臭い食べ物や、整頓された退屈なデザインの焼き増しなんかに見向きはしない。

私たちは両親の付き合いで、赤ん坊のころから触れ合い、私たちの記憶が形成される頃にはいつの間にか一緒にいた。つまらない理由で頻繁に開かれるパーティー、親戚や知人に振る舞う笑顔、立派で高級になるための習いごとや発表会、必要以上に人間が集まり馴れ合う場所を渡り歩いて育たなければいけない環境で、唯一気の置けない友達であったことは間違いない。

彼女は現代において恐らくは絶滅寸前の大きな日本家屋に住んでいて、その裏山で私たちはできる限り息苦しく押し付けがましい社会の道から外れるためのことをあらかたし終えた。彼女は家の外で遊ぶことを好んでいて、裏山の一部分を自由に使ってよいと両親から許可されていた。彼女はひそかに鬱蒼とした植物の集合の中を赤血球のように走り回り、様々な実験をしていた。私が最初にそこへ招き入れられたとき、彼女は父親の本棚から六法全書を持ち出し、私に音読して聞かせた。

「ねえ、あなたお父さまに怒られるわ」
私は獣道をずんずん進む彼女を見上げながら彼女の父親が設置した監視カメラに怯えていた。
「さっさと着いていらっしゃい」

そんな彼女の本性は社交の場において丁寧に隠されていたが、彼女は根本的に欲望溢れる煌びやかな世界への興味を失っていた。それはとても隠し切れるものではなく、自然と彼女の周りからは世俗的な人間が遠ざかっていった(もしくは遠ざけられていった)。彼女は賢かったのでどんな人間に対してもそつなく、知的で愛嬌のある接し方をすることができたのだが、精神的にあれは殆どいつもひとりだった。

「みて、ここにすべての罪と罰が書いてあるんだわ」
彼女はアーモンドの形をした眼に黒々と睫の影を落としていた。
「先ずは目次から読んでいくのよ」

幼き彼女の述べるところは必ずしも空中に無く、其処から伸びる細い根が私たちの踏む土と僅かに繋がっている予感がした。
そうでなければ私は私自身の性質を彼女の為に費やしたりしなかっただろう。

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