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ほうとうを味わうための空間づくり──「山翠舎 時を重ねた古木をめぐる話」第2回

長野県を中心に「古木」の買取りから保管・販売、設計・施工を手掛け、常時5,000本という日本最大規模のストックをもつ山翠舎。
シリーズ「山翠舎 時を重ねた古木をめぐる話」では、その古木をめぐる仕事を紹介していきます。第1回は、森美術館で開催中の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」の特別な什器を紹介しましたが、第2回は山翠舎が得意とする飲食店の事例です。オーナーの出店にかける思い、山翠舎独自のものづくりについてお伝えします。
写真は第三回ふげん社写真賞グランプリを受賞し、写真集『空き地は海に背を向けている』(ふげん社、2024年)が出版された写真家・浦部裕紀による撮り下ろし。

東京・赤坂の「ほうとう天地」。大黒柱のようなシンボリックな柱が立つ。
店内は太い古木によってゆるやかに領域が分けられている。

出店への情熱と追求

東京23区内唯一のほうとう専門店である「ほうとう天地」は、赤坂の一等地に位置する。ほうとうは山梨県の郷土料理で、複数の飲食店を企画・経営するオーナーが長年愛好しており、これを多くの人に食べてもらいたいという念願の出店だった。
空間のコンセプトは「明治以前の豪農屋敷」。
「山梨の風土を感じながら食べてほしい。なんちゃって古民家風や、表面だけを仕上げるのではなく、鉄筋コンクリート造のビルの中であっても限りなく本物をつくりたかった」と話すオーナーの思いは並外れたものだ。本や雑誌、Webなどを下調べするなかで、古木を扱った飲食店を数多く手掛ける山翠舎を知った。すぐに依頼するのではなく、Webに並ぶ複数の施工事例へと実際に足を運び、視察してそのクオリティを確かめてからの連絡だった。
山翠舎で、このプロジェクト一連を担当した田中亮さんは言う。「オーナーは論理的な方で、理想と現実の両面をよく理解しながらも、高いハードルの理想を追い求められていました。デザインの提案も中途半端なものではOKが出ません。具体的に店づくりが始まってからも、古木をストックしてある大町倉庫工場まで何度もいらして、材を確認されていました。ひとつの材を見るためだけに来社されたこともあり、つくる側としても精一杯頑張らなければと思いました」。
店内に吊られている個性豊かな自在鉤もオーナー自らがひとつひとつ収集したものだ。「いくつか飲食店をつくってきたなかで、内装に使いたくない工業的な素材があっても、現実的にはメンテナンスのしやすさなどでの理由から許容してきたことも少なくありません。ほうとう天地の場合は、オープンまで本当に大変でしたが、妥協は一切ありません」というオーナーの言葉から、満足と誇りが伝わってきた。

外観。飲食店にとっては地上階より不利な2階に存在感のあるファサードをつくっている。
1階の扉を開けると手の跡を感じる階段が控えている。

古木と新材の合わせ

店内は太い柱によって、グループでテーブルを囲むことのできるエリア、高さの異なるカウンターを二列、混雑時のための待合い、レジカウンターなどをゆるやかに分けている。床は全面的に三和土(たたき)が施され、四周の壁も土壁だ。ストックルームの扉には古民家の蔵の扉が使われている。
全体は一貫したトーンで仕上げられているが、細かいところを見ていくと手の仕事の跡が見え、表情は豊かだ。山翠舎代表の山上浩明さんの著書『‶捨てるもの″からビジネスをつくる:失われる古民家が循環するサステナブルな経済のしくみ』(あさ出版、2023年)の帯にもほうとう天地の写真があしらわれていて、見る者を惹き付ける力がある。
主に使われている木材は解体される古民家から集められた古木だが、新材も用いられている。すべてを古木のみでつくり上げることも不可能ではないが、寸法も質感も異なる材によって全体のテイストを揃えることは非常に難しい。臨機応変に新材も取り入れながら、卓越した腕をもつ職人のエイジング塗装によって新旧を馴染ませている。
現場で田中さんのなかには、どこまで古木を使い抜くべきかという葛藤もあったそうだが、「最終的にはクライアントとお店に食べに来るお客様がどう感じるかです。クライアントも山翠舎もみんなで真摯に向き合った本気のものづくりでした」と振り返る。注意をしながら見回しても、新材が使用されていることの違和感はなく、落ち着いた統一感をもって仕上げられている。

高さの異なるカウンター席が並ぶ。

一点ものの椅子──長野の作家との協働

店内で古木の他に目を引くのが椅子である。古い民家や蔵で使われていた太い柱や梁を加工した、それぞれ一点物のプロダクトだ。大径木の幹がくり抜かれ、座面や手掛けがつくられている。
製作したのは、山翠舎の大町倉庫工場の近くに住む木彫作家・海川盛利さん。山翠舎と海川さんの縁は2019年に遡る。海川さんが所有していた築150年の大きな蔵の解体・買取りを山翠舎が手掛けたことから、仕事の発注・受注というものづくりのお付き合いも始まった。山翠舎の海外ブランドSANSUIの「古木ベンチ」の加工を手掛けたのも海川さんだ。
ほうとう天地の木の椅子はもちろん図面を元につくられたものではない。山翠舎から、何かプロダクトをつくれないかという相談のもと、古木それぞれの部材の特性を見極めながら、一脚一脚が生み出されていった。見た目から想像する以上に重く、座ると安定感がある。お店側にとっては決して扱いやすいものではないが、これもオーナーの判断で導入され、空間を強く印象付けている。

山翠舎と長野県大町市の木彫作家・海川盛利さんによる協働によって生まれた椅子。

移り変わりのなかで生き残るもの

よく知られているように、飲食業界は開業から3年で7割が閉店するとも言われる浮き沈みが激しい世界だ。何よりも効率が求められる。赤坂のような賃料の高い場所で店を維持するのはなおさら大変だ。
自然素材よりもメラミン化粧板のような仕上げでつくる方が安くて早いし、メンテナンスの手間も少ないが、それらは排除されている。また、ほうとう天地のほうとうは直径24cmの熱い鉄鍋で提供されるため、キッチンにはコンロが12口も設けられ、通常よりも広い面積が必要というより不利な条件もある。事業のセオリーに明らかに反しながらもあえて出店したのはなぜか、最後にオーナーに問うた。
「​​時代に流されない普遍性を求めているからです。ほうとうは郷土料理として昔からあったもので、長く人々によってつくられ続け、食されてきた魅力は奥深いです。そうした古くならない普遍性を求める気持ちは、流行とは関係ありません。この空間も古びないものにしたかった。私自身は古民家で育ったわけではありませんが、そうした馴染みのない人でも、琴線に触れる何か、郷愁みたいなものが必ずあるはずです。2021年12月のオープンから、ようやくそれぞれの材が空間全体と馴染んできました。新しい建材では単に汚れたり古くなるだけですが、ここは時間を経ればより味が出てくると思います。赤坂は海外からのお客さんも多いので、ここに来て日本らしさを感じてもらいたいです」。
山翠舎が大事にしている手間や「面倒」と共鳴する、まさに本気のものづくりだ。近年、時間やコストを削り、効率を追求した食事の選択肢が増え、また、デリバリーサービスによってお店の料理を自宅やオフィスで食べることも可能になっているなかで、空間にも料理にも時間と人の手が掛けられていることがより貴重に感じられる。料理はもちろんのこと、空間のつくり手の思いも想像しつつ味わいたい。

看板メニューの「ほうとう」。歯ごたえのある麺は研究を重ねられた自家製で、大きな野菜がふんだんに入っている。
カウンター奥に12口のコンロがあるキッチンが垣間見える。キッチンは広々としていて清潔感がある。

文:富井雄太郎[millegraph]
写真(特記は除く):浦部裕紀
協力:ほうとう天地

大町倉庫工場で出番を待つ常時5,000本以上のストック。撮影:富井雄太郎

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