現代医療の強大なる力に感謝いたします
歯痛のように続いていた首痛
去年末あたり右の奥歯が欠けた。
もう若くないしこういうこともあるんだろう、くらいにしか思っていなかったが、時期を同じくして原因不明の首痛、頭痛が散発した。冷たい水を飲んだり歯を磨いたりすると、奥歯周辺が痛い。っていうか染みる。
我が数少ない自慢が、永久歯に虫歯がないという経歴である。
これまで三十年超の生命活動において、数回の虫歯には見舞われた。だが乳歯だったり親知らずだったりで、現存する永久歯に一本たりとも虫歯はない、光り物などただの一本もないというのが、我が人生の矜りであった。
ゆえに、奥歯周辺の痛みを虫歯とみなしたくない思考バイアスが当然のごとく働いた。通常に考えて歯痛こそが首痛頭痛の原因なわけだが、我が誇り高き精神は、この因果関係を捻じ曲げ、疲労による首痛頭痛が歯痛につながっているのだという認知でもって苦痛を乗り越えようとした。この試みは三ヶ月ほど続き、のちのち計り知れぬほどの後悔、もとい激痛となっておのが首を締めることとなった。
歯痛のように続いていた歯痛
痛い、痛すぎる――
右頭、右首、右肩にまで痛みは伝播していた。4月頃だろうか、マジに夜中に呻くレベルの痛みが襲ってきた。その気になれば痛みなんて消せちゃうんじゃなかったのか。痛い、これ以上の表現はないほどに痛い。
マジに、右半身を分離させられるならそうしたかった。トランクスに両断されたフリーザのごとく、チュインッと右半身だけ切り離したい、というか、そういう夢すら見た。
ここまでくれば認めるしか無いが、まだ認めたくはなかった。だがもはや体力の限界、気力もなくなり受診することになりました。先生、ぼくの歯はどうなってますか?
「虫歯ですね」
――ですよね――
「告知」された瞬間マジに泣きそうになった。思い出せ。歯医者の待合室で感じた、殺処分される前の犬猫の如き絶望、泣きわめく小学生低学年の自分を。彼が精神世界に蘇り、そこで暴れる。というか、悲しすぎて、現実に暴れたかった。
ぼくにかぎって虫歯なんて……
口腔内という、生物の急所中の急所を晒したこの無防備、そして無垢なる(虫歯だが)永久歯たちを前に、歯科医師の宣告は無慈悲冷徹であった。
痛みの主犯たる右奥歯の侵蝕は神経にまで達していた。この事実だけも絶望に十分であったが、同時多発的小規模虫歯が我も我もと名乗りを上げ始めたのだ。ふざけるな。お前ら痛くないんだから黙っていろ――と憤ろうが、レントゲンに映される圧倒的現実、オレは健康であるという自負心のみで覆せるものではなかった。
そう、歯科が嫌われるのは虫歯が圧倒的現実であるからだ。インフルエンザですら飯食って寝てたら治る。骨折捻挫もそのうちつながるだろうが、虫歯に限っては自然治癒がまるで通用しない。が、それでもこの一言を訊かざるを得なかった。
「先生、これほっといたらどうなるでしょうか」
医師は、この稚拙、まさに反知性主義を一笑に付した。
「そりゃ、ひどくなりますね」
――ですよね――
心の中の小学生低学年は、三十代まで成長し、正座にかしずき、玉音放送を受け入れる。すすり泣きが広がる。定期的通院。この無慈悲なる現実。ああ、奥歯が欠けたときすぐに現実を認めていれば……
結論
歯が痛くなったら歯医者さんに行きましょう。
そして現代医療の強大なる力に感謝しましょう。というか、今だいぶ痛みが軽減され、まさに感謝しております。また、銀という物質そのものにも痛く感謝しておます。この世に生まれてきてくれて、ありがとう。
今後の矜りは歯槽膿漏は無い、「歯グキ」は健康であるという方向性で運用したいと思います。
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