巨人と巨人に挟まれた島国の昏い運命 渡部悦和『米中戦争 そのとき日本は』( 2016 )

もともと『米中もし戦わば』は読了済だったが、中国の脅威についてはともかく、東アジア人自体に対する妙な不信感やパターナルな視点に違和感があったので、元陸上自衛隊東部方面総監が著者の本書も読んだ。

人民解放軍に対しては過大にも過小にも評価していない冷静な分析に思う。それゆえに人民解放軍の脅威認識は『米中もし戦わば』よりさらにリアルだ。後に著された『中国人民解放軍の全貌』も併せて読むとより理解が深まると思う。

以下、備忘録を兼ねて私的に要約する。

(※筆者(私)が軍事・兵器関連にド素人ゆえ、致命的な読解ミスがあるかもしれず、その点ご了承下さい。詳しくは本書購入のうえご確認ください)

中国人民解放軍を理解するためのキーワード

中国人民解放軍。2015 年時点における軍事予算は米国に次いで世界 2 位(約 15 兆円)、総火力については米露に次いで世界 3 位とも目される世界有数規模の軍隊である。以下、人民解放軍を理解するにあたり必須のキーワードを挙げる。

キーワード①第一列島線・第二列島線

中国軍事戦略の概念であり、海軍・空軍の作戦区域とされるライン。リンク先の Wikipedia の画像を見てほしいが、第一列島線は九州~沖縄〜台湾〜フィリピン〜ボルネオ島上のライン。当然のごとく非同盟国の国土、領海をまたいでおり、一方的に対米防衛の防波堤という扱いになっている。
第二列島線は伊豆諸島〜小笠原諸島〜グアム・サイパン〜パプアニューギニアまで。
中国大陸沿岸から同心円上に広がるこの二本のラインが示す通り、彼らはその覇権主義、現状変更意思を隠すつもりがない。第一・第二列島線は中国が「海洋強国」として現実的に目指している版図と言っていいだろう。

キーワード②接近阻止・領域拒否戦略

軍事の世界は距離・天候・時間といった現実的要因が強く関係する。そのため、著者は脅威=能力×意思という従来の式に距離を付け足し、以下の式を提唱する。

脅威=能力×意思÷距離

世界最強とされる米軍であっても太平洋の遠大さが、戦力投射の大きなハンデになっている(距離の過酷さ)。米国にとって日本を含めた同盟国の米軍基地は不可欠な前線なのだ。距離という観点でいうと当然、日本が中国と隔てるのは東シナ海のみ。距離はたいして過酷と言えるものではなく、上記の式にあてはめると、米国以上に大きな脅威と日常的に対峙する立場になる。

これら距離の過酷さに増して米軍を悩ませるのがの接近阻止・領域拒否戦略、通称 A2/AD 戦略である。この戦略の骨幹は中・長距離ミサイルにあり、3 層からなる結界の如き防御体勢は沿岸から 1800 キロの範囲に至るまでをカバー。米軍基地も射程に納まっており、有事の際に真っ先に狙われるであろうことは想像に難くない。高価な空母に対して安価なミサイル、あるいは機雷。この非対称的戦略は中国軍事のキモである。

キーワード③超限戦

すでに有名なフレーズだが、文字通り限界を超えて戦争を行うという意思である。外交、金融、サイバー空間、民兵……あらゆる正規、非正規手段がモラル的制約を超えて行使される。国際秩序が足枷となっている自由主義・民主主義陣営からすれば非常に厄介な戦争方法となる。読んだ印象としては、軍事思想というより、もっと深い部分の有事における精神性とも言えるかもしれない。「ハイブリッド戦争」以上に総力的な印象を受ける。

人民解放軍の変貌

人民解放軍は中国共産党の軍隊だ。
そのため各組織に純軍事的な司令官だけでなく、党からのお目付役として政治委員が配置され、軍部が独走せぬよう監視している。これは二重指揮と、共産党イデオロギーが純軍事的合理性を歪めるリスクを孕んでいる。
また大陸国家としての歴史上、その人員と権力は陸軍に著しく偏っており、彼らの汚職と腐敗が宿痾として根付いていた。

習近平の軍改革

習近平は人民解放軍を米軍に「戦って勝てる」軍隊にすべく、 2015 年に軍改革を断行。共産党の軍に対する監督を強化し、さらに統合作戦能力を追及するため、これまでは実質的に陸軍が海軍・空軍を統括していた組織構成を大きく改革させた。陸・海・空にロケット軍を加えた全 4 軍種を並列させ、中央軍事委員会が直轄する。この体制をサイバー・宇宙・電子戦を担う戦略支援部隊がサポートする形となる。

とはいえ、現実には陸軍将校の不満や、上記の二重指揮リスクなどは残存しており、これら問題点の解消にはまだ期間がかかるとされている。より詳細な各軍種の特徴は『中国人民解放軍の全貌』にも記されているため、以下は特に日本にとって脅威度の高い軍種、および戦略の特徴のみ挙げる。

海軍

日本が有事において直接対峙しうる相手であり、人民解放軍の中でもひときわ発展著しい。艦艇 870 隻、駆逐艦・フリゲート艦 70 隻、潜水艦 60 隻、海兵隊 1 万人を擁する。ディーゼル潜水艦といった潜水艦のアップグレード、水上艦艇の近代化が目覚ましく、習近平が標榜する「海上強国」にふさわしい拡張を続けている。

ロケット軍

上記 A2/AD 戦略の要でもあり、陸海空に続く第四の軍種として設けられたのがロケット軍である。1200 発の SRBM ミサイル、200 発超はあるとされる地対地ミサイルはすでに台湾、日本全土を射程範囲内に置いている。空母キラーと名高い DF-21D 、さらにグアム基地、米本土をも狙える中距離、大陸間弾道ミサイルと、多彩かつ豊富なミサイルを誇る。

サイバー・宇宙・電子戦

「ハイブリッド戦争」においてより注目を浴びているサイバー空間においても、解放軍は着実に戦線を広げている。中国の場合、有事において国家の指示により個人・企業ですらサイバー戦の尖兵たりうる。この空間において彼らは先制攻撃を躊躇しない。米軍ネットワークへの侵入、情報窃取は枚挙にいとまがなく、様々な兵器製造に転用されている。

その他、米国 526 機を猛追する 132 機の人工衛星が「目」となり宇宙空間をも網羅しようとしている。すでに米国衛星へのミサイル攻撃や妨害行為は技術的に可能とされ、有事開始時点での盲目化は確実に狙ってくるであろう。

米軍vs人民解放軍

着実に地の利を固めつつある人民解放軍に対し、米国はエアシー・バトル( ASB )*1 で立ち向かうことになる。

エアシー・バトル( ASB )

これは米中大規模戦争を想定した米国側の構想である。前提条件として
・米国は先制攻撃はしない
・相互核抑止が効いた状態である
・日豪が同盟国である
・米中の領土が互いに攻撃対象となりうる

など。
あくまで「戦勝」ではなく、「西太平洋の通常兵力による軍事バランスの維持」を目標とする。戦地は第一、第二列島線上を想定する。つまり日本国土および領海領空が直接の戦場となる。

具体的には、この作戦は2段階で進められる。

第一段階

第一段階では防勢作戦が採られる。サイバー・宇宙空間では先制攻撃を受けることを覚悟し、部隊、基地の被害を最小限に抑えるよう努め、優越の奪回に努める。

これは最低でも短期的に自衛隊が前線で戦うことになる。「防勢」とはあくまで米軍視点の状況であって、自衛隊の戦闘中に米軍各航空機など主力アセットは中国側のミサイル攻撃圏外の飛行場に「後退」。同時に、中国の指揮統制ネットワークの破壊による盲目化や、空・海・宇宙・サイバーにおける制圧を目指す。

第二段階

盲目化が達成されたのち、第二段階に移る。「後退」させていた空母、航空機などを戦線に集結させ本格攻勢をかけ、同盟国と協調し海上での遠距離封鎖作戦を行う。また、後方支援体制を確保、継続する。

台湾紛争シナリオ

とはいえ、より現実的に発生しうる有事は大規模な米中戦争よりも、台湾有事になろう。本書はランド研究所が 2015 年に発表した「米中軍事スコアカード」などを引用し、以下の通りシミュレーションを記している。

独立阻止のため、中国が台湾を実力により占領することを決意、台湾は米国に支援を依頼し、米国は東アジアから生まれる国益を守るべく軍事力行使を決意する……という流れがまず背景。

人民解放軍は対艦弾道ミサイル第四世代戦闘機改良型潜水艦水上艦艇をより増強しており、米軍は嘉手納基地を含む在日米軍基地、さらにグアム空軍基地をも弾道ミサイル攻撃に晒される。これら起点とした作戦がまず困難なものになる。航空優勢の確保も非常に難しくなる。さらに中国の地対空ミサイル、戦闘空中哨戒の質の向上により、中国本土への攻撃能力も低下している。

ここに、著者である渡部氏は独自に以下のシナリオを想定している。日本・台湾内で、中国人観光客などを装った工作員が戦場周辺で暴徒と化す。電気、ガス、水道、空港などインフラを破壊し、場合によっては在日米軍基地へも攻撃、あるいは妨害工作を施す。サイバー攻撃も加わり、パラシュートで特殊部隊も降下してくる……

総評としては、総合的には米軍の軍事力が優位を保つものの、中国本土に近づくにつれてその優位性は下がる。台湾有事においては実力伯仲。こと航空基地攻撃能力や対水上艦艇攻撃能力では人民解放軍が優位というシミュレーションとなる。シナリオは 2017 年を想定しており、2022 年現在ではより状況は厳しくなっているのではなかろうか。

感想

米国流エアシー・バトルはざっくり言うと「米軍が優位性を確保しうるまで、自衛隊が人民解放軍の攻撃を出来るだけ吸収する」ということになる。これは一部で言われる「米軍が前衛で自衛隊はバックアップ」あるいは「自衛隊は米軍が駆けつけるまで短期間耐えれば良い」といった生優しい内容ではなく、かなりシビアな要請だ。日本が期待されているのはまさに「緩衝地帯」としての役割である。

著者は 2015 年にワシントン所在の有力シンクタンク、戦略・予算評価センター( CSBA )にて米軍の一時「後退」が同盟国からの信頼性低下につながりかねないと、その内容を強く追及したとのことだが、先方の回答は「その時の状況による。場合によっては踏みとどまって米空母が共に戦線に残ることもあろう。『後退』ではなく『分散』という言葉を使いたい」というものだったとのこと。

尖閣諸島問題についても、米国がどの程度助けてくれるのか期待する日本人は多いが、著者によると米国の多くの安全保障専門家は、尖閣問題は日本が独力で解決するのがスジと考えているとのこと。

自分は米国政治の深い部分の意図はまったくわからない。ただ、米軍の致命的敗北を避けるために、日本が殴られるだけ殴られたあとで、米軍は関与しない――という選択肢を取る可能性もゼロでは無いと思う。少なくともウクライナに対して、それに近しい明言を行っている。

そもそも極東の島国を守るために中国との核戦争を行う覚悟が、ホワイトハウスにあるのか? 中国との能力差を考えると、日本としてはその覚悟に賭ける以外の選択肢が無いわけだが、客観的に考えて Say "SAYONARA" to Japan という機運が米国社会で頭をもたげてもおかしくはない。コロナ、BLM 、大統領選、そしてインフレ……米国社会は疲弊している。経済上不可欠のパートナーである中国と戦うべきではない。日本台湾にこれ以上肩入れするな……という孤立主義を選んでも無理はない。あるいは逆に、そうした孤立主義を打破するための挑発行為――ペロシ訪台のような――を行う冒険主義にも誘われるかもしれない。

巨人と巨人の間に挟まれた我が国の将来は明るくなく、タイムリミットは刻一刻と近づいているように思えるが、この厳しさを正直に伝える政治家が驚くほど、いない。結局のところ、それは国土のどこかを奪われないと生まれ得ない厳しさなのかもしれない。

渡部氏による『中国人民解放軍の全貌』、またトシ・ヨシハラ氏による衝撃の書『中国海軍VS.海上自衛隊』も読んだため、また後日感想を書く。

*1 現在は「国際公共財におけるアクセスと機動のための統合構想」(JAM-GC)と改称


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