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レキシントンの幽霊(村上春樹 著)を読んで〜読書感想〜


新年一冊めは軽めでいきたいと短編集にした。
が、何故に”幽霊”を選んだのか⁈
そうだ、編まれている「沈黙」が気になっていたからだ。納得。

「孤独」が通底しているが、
ツールとして異界、異形、幻想、リアリティー、と幅広く揃えていて、
様々な物語を“楽しめ“ておトク感たっぷり。
良い本を選んだ、と大満足♡

今年は村上作品を読み直そう❣️

🔖レキシントンの幽霊📖
イチオシの作品。
「レキシントンの幽霊」の真夜中のパーティーの場面は、ビル・エヴァンスのライブレコード「village vanguard」での人々のざわめきやグラスの音を連想させる。穏やかで和やかなひとときの幸福感が私にも伝わってくる。ケイシーの父も意識の奥の奥で妻と二人パーティーの主役として振る舞っていたのだろうな。
ケイシーの父が三週間眠り続けた話、ケイシーも二週間眠り続けた話に苦しくなる。愛の強さを眠りで表すなんて私には思いつかないけれど、感覚的によくわかる。
直接の友人であるケイシーではなく、その父と母の愛情物語にしたところ、それをケイシーに引き継がせているところ、それを”私“が語っているという構成に感心してしまう。
奇妙で幻想的だけど、優しくて切なくて、でもどちらかといえば幸せな物語だ。
この短編集では一番好きなお話。

🔖緑色の獣📖
異形の生き物が出てくる話。
ものすごく醜い姿を思い浮かべる。おかしな話し方だが、誠実さがぐいっと迫ってくる。
この獣は何のメタファーか。
“私“が毎日話しかけていた椎の木の精だろうと想像できるが、では、“私“はなぜ椎の木に話しかけていたのだろう。子どもの頃に植えてずっと好きだった椎の木。“私“にどんなドラマがあったのか。平々凡々すぎる日々をただ無為に過ごしてきただけなのか。何が蓄積して今、獣となって現れたのか。
“私“に冷酷非情に“思われて“消滅していく獣が哀しい。彼は場違いな、勘違いな感情を持ってしまったのだろうか。現れたのは間違いだったのか。
“私“を解明できそうな距離まで近づけても、解明することはできない。そういう位置に読者を連れて行く物語だ。

🔖沈黙📖
いじめられ、孤立している人に、そうではなく、おそらくすべての人に、作者が珍しく強く訴えている、そう受け止めたお話。
リアリティー小説だ。いじめの話をストレートに表現する。作者の強いメッセージ。
リアルな内容でありながら、一方で人間の心の奥に触れているところが村上春樹さんのすごいところだと思う。
〈「でも、僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。〜僕が真夜中に夢をみるのもそういう連中の姿なんです。夢の中には沈黙しかないんです。そして夢の中に出てくる人々は顔というものを持たないんです。沈黙が冷たい水みたいになにもかもにどんどんしみこんでいくんです。そして沈黙の中でなにもかもがどろどろに溶けていくんです。そしてそんな中で僕が溶けていきながらどれだけ叫んでも、誰も聞いてはくれないんです。」〉
30年前の作品の中のセリフがそのまま現在進行形で通用することに愕然とする。この30年間、この国は何をしていたのだろう。そこここで気づき、声を上げる人々は確かにいたのに。

🔖氷男📖
“氷男“をうまく想像できない。“私“も“氷男“も“この今の“お互いを愛していたという。それはどういうこと?
南極へ行ったら、夫は変わってしまったという。南極は“氷男“にとってどういう場所だったのか。孤独な立場が入れ替わり、“私“から感情がなくなったという。
想像力を働かせてもよく分からない。今回は謎のままおいておこう。

🔖トニー滝谷📖
たまたま買ったTシャツに「トニー滝谷」とプリントしてあったから書いたという。
父子二代のやや数奇で孤独な話。戦争が絡み感情を熟成させることなく、孤独であるということさえ気づかず、子に繋がれる。
作者自身の父との関係が反映されているのではと思う。
結婚して孤独から解放された彼が父のトロンボーンを聞いて違和感を覚えたのは、どういうことか。共通項であった孤独が失せたからか。
後半、洋服好きの妻と幸せになりかけたのに、突然また取り残されるなんて。孤独であることに気づいていなかった頃より、喪失感とともに、ずっと孤独感は重くのしかかってくるだろう。
そんな彼と対比させるような父の存在。父は孤独であることが日常の当たり前のこととして一生を終えた。
父の遺品のレコードの山が、妻の衣装の匂いとともに重量感を持って彼の前に存在する。孤独感のダメ押し。
すべてを処分して〈今度こそ本当にひとりぼっちになった〉彼は孤独から別次元へと抜けられたのだろうか。孤独に埋没したのだろうか。私は別次元へと抜けていてほしいと思う。

🔖七番目の男📖
敬体による告白調の文体、Kという名の人物、後悔や心情の変化の叙述などから夏目漱石の「こころ」を連想した。これは作者の意図したところかもしれないと、ちょっとにやけてしまった。
現実にあり得る体験談で、気持ちの表現も直接的で構成としては「沈黙」に近いように思う。最後に男が語るという場面設定も、語る内容がメッセージなのだろうなと思わせるところも。
〈「この私たちの人生で真実怖いのは、恐怖そのものではありません」〉
〈「(恐怖は)様々なかたちをとって現れ、ときとして私たちの存在を圧倒します。しかしなによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうことです。そうすることによって、私たちは自分の中にあるいちばん重要なものを、何かに譲り渡してしまうことになります。私の場合にはーーーそれは波でした。」〉
男が救いを受け回復したことに安堵し、希望を持てた。

🔖めくらやなぎと、眠る女📖
僕がいとこの通院に付き添い、以前訪れた時を思い出す話。大ざっぱにはそういう話だが、いとことの会話、彼女を見舞う友人に付き合ったときの会話や空気感が詳細に描かれている。特に彼女の創作した詩の話で“僕“のイメージが膨らむところは、蝿が耳から体に入り込み蝕むというゾッとする映像にも関わらず、幻想的に感じられた。
元の話をダイエットして別物になったとのこと。元の「めくらやなぎと眠る女」も読んでみたい。

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