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「〈NFTアート〉への共同ステートメント」とは何だったのか?[草稿]

はじめに

日本時間で2022年2月20日の夜にWebサイトを公開、同時に署名が始まった「〈NFTアート〉への共同ステートメント」。公開から4日間が経過した時点で34件の署名があり、うち29件で「バッジ」のNFTがmintされている。この他、Webサイトに掲載されたTwitter投稿用リンクからハッシュタグ #NFTアートのステートメント で支持を表明した人々が多数確認でき、作品を紹介するツイートにこのハッシュタグを含めている人も数名いるようだ。

公開されて一週間も経たない段階で振り返るのはまだ早いかもしれないが、ひとまずこの時点でこのプロジェクトとは何だったのか?について考えてみたい。なお、私自身はこのステートメント起案者チームの一員であり、当然ながらこの取り組みが素晴らしいという思い込みがある。このため、これは第三者が客観的に評価したものでは全くもってない。また、私はあくまでチームの一員であり、このチームを代表する立場にはない。従って、ここに書かれていることがこのプロジェクトに関する唯一の解釈では断じてなく、それぞれの解釈があるだろうし、その解釈は時が経てば変化するだろう。なぜこんなものを書き残しておこうと思ったのかについては、この後を読み進めていただけると分かっていただけるかもしれない。

解説(のようなもの)

ステートメントの構成

このステートメントは大きく3つの部分から構成されている。第1の部分は導入で、3つのパラグラフから構成されている。最初のパラグラフでは、〈NFTアート〉と呼ばれるものが、いま注目の的になっているという現状認識が提示される。続くパラグラフでは、〈NFTアート〉はまだ黎明期にあり、さまざまな混乱を巻き起こしやすいため、批判の対象にもなっていることをいったん認める。最後のパラグラフでは、それでもなお、この社会が発展するための原動力となる可能性を〈NFTアート〉に見出していると述べ、第2の部分へと続く。第2の部分では「私たちの取り組み」と題して、自分たちがどのように〈NFTアート〉に取り組むのかを示す。第3の部分では「ステートメント内の定義について」と題して、ステートメントに登場する主要な用語について簡潔に定義を提示している。

ステートメントへの署名と賛同

このプロジェクトに参加する方法には、イーサリアムのウォレットにより署名する、Twitterなどでハッシュタグ #NFTアートのステートメント により賛同する、の大きく2つがある。この2つは排他的ではないため、署名した上で賛同の意思表示をしてもいいし、賛同の意思表示だけでも構わない。例えば、このプロジェクトの考え方自体には賛同できるが、現状でPoWを採用しており電力消費量が問題視されるイーサリアムを使うことには賛同できない、という人もいるだろう。その場合には、賛同の意思表示をTwitterで行うことができる。また、Webサイトに用意されている[このステートメントに賛同する]ボタンをクリックするとデフォルトの文言「私はこの〈NFTアート〉への共同ステートメントに賛同いたします。」とURLが入った状態で投稿できるようになっているが、勿論文言を変更しても構わない。実際に、日本語から英語で書き換える、自身のコメントを追加するなど、改変した上で投稿されたものがいくつも確認できる。

署名に関しては、署名のみ実行する、署名と同時に本ステートメントのNFTをmintする、の2つから選択でき、1つのウォレットにつき署名できるのは1回までに限定されている。本ステートメントのNFTに関して、各署名者が受け取るNFTの内容は全て同一であり、mint後に譲渡(transfer)やburnをすることはできないよう設計されている。これらは、署名という行為、および署名に紐付いた「バッジ」ということを位置づけを考えれば納得できる設計だろう。また、IDは先着順の連番ではなく、ウォレットのアドレスに対応した整数値が用いられている。これにより、若い番号を取得するための不要な競争を無用のものとし、このプロジェクトへの参加について熟考した上で署名できるようになっている。

ステートメント本文、ステートメントに署名するためのコントラクト、ステートメントのWebサイトはいずれもGitHubで公開されており、内容や最終版に至るまでの経緯を確認できる。また、イーサリアムではないブロックチェーンを使いたい、ステートメントの一部を改変したい、といった場合にはGitHub上でforkできる。これにより、ゼロから構築するのと比較して大幅に作業量を減らすことが期待できるのにくわえて、どこをどう改変したかを第三者が辿れるようになっている。こうした仕組みにより、このプロジェクトから派生したプロジェクトが出てくることが期待できる。

最終版のステートメントに至るまで

本ステートメントは、約3ヶ月間に渡る議論を経て醸成されたものである。始まりは2021年11月19日に開催されたオンラインイベント「〈NFTアート〉の可能性と課題」での議論だった。ここでの議論を継続するため、イベント中に即席で立ち上げたDiscordサーバーでのやり取りを経て、12月16日に第1回の公開ミーティングが開催された。この段階においては、起案者チームのメンバーそれぞれが一人称単数で〈NFTアート〉について語っていた。

12月28日に開催された第2回の公開ミーティングにおいてステートメントの草案が提示された。この草案は、起案者チームへの参加を表明した4名がここまで一人称単数で語ってきたことを、Discordサーバーへの投稿と第1回の議事録から収集し、その中で共鳴していると思われる部分を見つけ、一人称複数での語りへと紡いでいく作業を経て生まれたものである。この回にはゲストとしてOpen Art Consortiumを主宰する伊東謙介も参加し、伊東による話題提供を経て今後の方針に関して議論した。

さらに、2021年1月12日に開催された第3回の公開ミーティングでは、第2回の議論を基に4つの論点を抽出し、GitHub、Twitter、Discordでコメントを募集した上で、それぞれの論点について議論した。なお、Twitterにおいては論点ごとに投票機能を用いているが、多数決を目的とするものではなく、あくまでこのプロジェクトに興味を持つコミュニティ全体の傾向を把握する目的に限定されている。この回には、弁護士かつブロックチェーンとNFTを使った事業開発担当者として活動する永井幸輔がゲストとして参加し、議論は約2時間に及んだ。

4つの論点のうち、本ステートメントの立場を明確にする上で最も大きな影響を与えたのは、論点1「ステートメントで第三者にコミットを求めるべきか否か」だと考えられる。論点1で対象となったのは、草案のうち次の部分であり、結論としてステートメントで第三者へのコミットは求めないことになった。

また、私たちの〈NFTアート〉に関わる全ての人々に、以下のことを求めます。
・オーナーシップに伴う権利だけでなく責任を理解する
・剽窃や盗用をしない

〈NFTアート〉のステートメント【草案】2021年12月28日版より

議事録によれば、この理由は大きく3つである。第1に、第1項の「オーナーシップに伴う権利だけでなく責任を理解する」に関して、オーナーシップに責任まで伴うという社会的コンセンサスは醸成されていないため、一義的に解釈できない。第2に、第2項の「剽窃や盗用をしない」は、法律に反しないというレベルの話であり、法律を守ることについては既に社会的コンセンサスが得られている。第3に「私たちの〈NFTアート〉に関わる全ての人々に、以下のことを求めます。」はかなり強い表現であり、ステートメントへの賛同を得にくくなることが懸念される。以上の理由により、第三者にコミットを求める部分は削除することとなったとされている。この論点は、第2回の開催中に永井がTwitterに投稿したコメントに応答して設定されたものである。

この論点に関する議論を経て、このステートメントはあくまで起案者チームの視点で書き、自分たちの取り組みを表明するに留め第三者に何かを求めないことが決まった。

あくまで起案者チームの視点で書くというのは、ステートメント、つまり公的に自己の立場や見解を明らかにした意見声明書であることを考えれば当然といえば当然である。しかしながら、公開ミーティングの議事録に残されているだけでも複数回、どの立場で書くのかを起案者たちが自己確認する場面が観察できる。これは、つい、中立の立場で書かなければならないのではないかという思い込みに囚われかかった場面だろう。ステートメント中でも述べているように、〈NFTアート〉はまだ黎明期にあり、さまざまな混乱を巻き起こしやすいため、批判の対象にもなっている。その批判は、投機性を対象とするものもあれば、〈NFTアート〉でポピュラーなイーサリアムの処理で必要とされる電力消費量およびそれによる環境負荷を問題視するものまで多岐にわたる。〈NFTアート〉に関心を持つ人々の中で、これらの点を重視する人々がいるのは当然なことだ。もし、本プロジェクトが政府が定めるルールやガイドラインだったら、そこに中立性が求められるのは当然であろう。しかしながら、本ステートメントには何の権威も拘束力もない。それでもなお、ある程度の中立性を求めようと揺れ動いたところには、できるだけ多くの人々の賛同を集めたいという目的もさることながら、トップダウンではなくボトムアップで醸成したいという想いを読み取ることができる。

ここまでの議論を踏まえて最終候補版を作成し、Google ドキュメントを活用した2週間の公開レビューが開催されている。この段階で寄せられたコメントは今でも閲覧できる。いずれも、起案者チームの中には無い視点であり、重要なものばかりだ。何が採用され、何が棄却されたのか、もし自分がステートメントの起案者だったらどうするか、などに着目しつつ積極的に読み込んでみると、かなり興味深いものであることが分かるだろう。

ここで寄せられたコメントを基に、起案者チーム内での非同期および同期の議論を経て最終版が確定され、署名のための仕組みを組み込んだWebサイトとして公開するに至った。

ステートメントのライセンス

本ステートメントのライセンスには「すべての著作権と関連する権利を徹底的に放棄する」ためのライセンス「CC0 1.0」が採用されている。もしかすると、このライセンス採用に関する考え方は起案者チームの中でも微妙に違っていたかもしれない。パブリック・ドメインにすることの一般的に考えられるメリットは、著作権と関連する権利が放棄されていることにより、気兼ねなく派生物を作成し、活用できることである。本ステートメントにおいては、全般的には同意するものの部分的に意見が異なるためそのままでは署名できないという人がいた場合、GitHub上でforkして派生物をつくることが最初から想定されている。そうした場合、著作者から許諾を得て一定の条件の下で使えるというのと、何の気兼ねもなく自由に使えるというのでは大きな違いがある。派生物の作成を含めた利用を促進したいという観点からこのライセンスを採用したというのは、ごく自然な選択だろう。

ここで、パブリック・ドメイン化するという行為の意味について、もう一歩踏み込んで考えてみたい。ライセンスとは、権利者が、自分の持つ権利を根拠として他者に対して許諾するものである。この場合、著作者は「The community statement drafting team」(共同ステートメント起案者チーム)である(Webサイトの末尾にも掲載されている)。このライセンスを採用することにより、特定の人々の著作物である(と恐らく認められるであろう)このステートメントを、パブリック・ドメインとして全力で手放すことでいったん外在化する。その上で、ウォレットによる署名という手法により、あらためて支持を表明している。回りくどい方法に見えるかもしれないが、これにより本ステートメントは、コミュニティにより醸成され、コミュニティによって支持されたものという位置づけになる。一人称単数で断片的に語ったものが紡がれて一人称複数による物語になり、その一人称を自分に重ね合わせた人々の集まり=コミュニティによる声明へと生成する。この関係性こそが、実は最も重要だったのではないだろうか。

なお、繰り返すがこれは私個人の解釈である。起案者チームの他のメンバーとは異なるだろうし、そもそも法的な解釈としては受け入れられないかもしれない。それでも、DAO(自律分散型組織)のような組織における合意形成や意思決定などを始めとする様々な場面において、今後参照できるところがあるのではないか、という期待を抱いている。

おわりに

Webサイト公開当日にTwitter Spacesで開催したイベントで起案者チームの面々が語ったように、これは一つの到達点ではあるが、終着点ではなく、次の展開に向けた出発点である。ここに至るまでの過程は、可能な限り公開してきた。起案者チームの他のメンバーによる解釈も読んでみたいし、起案者チーム以外で本ステートメントに署名した人々の解釈がどうだったのか、とても興味がある。もし、どこかで公開したらハッシュタグ  #NFTアートのステートメント で共有していただけたら幸いである。

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