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とかくに人の世は住みにくい

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」ー夏目漱石『草枕』

約100年前に夏目漱石がこう書いたが、現世は、漱石の時代よりも”住みにくい”

日々目に飛び込んでくる、情報洪水。便利なコミュニケーション手段であったLINEやTwitterは、人間関係の複雑さも相まって”疲れ”という言葉とともに用いられ、ストレッサー(ストレスの要因)の一つとして考えられるようになった。

こんな世で、今一度、漱石が言っていたことから、住みにくいこの世を展望したい。

1.楽に生きると損をする

多くの人間と繋がれるようになった現代では、この人は何者であるかの尺度を客観評価で測るようになってしまった。これも情報洪水の弊害だと感じる。

Twitterによくいる副業収入!や起業しました!アカウントは、なにをやっているかではなく、〇〇大卒や、年商○億!などの一見してすごいとわかるキャッチーな言葉で溢れている。このことだけで、人を評価することはとても容易い。自分の労力を使って、その人を探るということが必要ないからだ。しかし、その楽さは、時に損へとつながる。

詐欺を働く人間は、欲と楽に漬け込む。「楽に稼げます!」は常套句だ。

影響力のあるネット上の人物が生まれてきたのはここ最近である。そして、いともたやすく情報が手に入るようになった。Twitterなんて特にそうだ。140字で情報が手に入る。真偽不明の情報がとんでもない速度でネットを駆け巡る。

某社長を契機にいろいろなところで頻発している、お金配りやプレゼント企画。なぜ一個人が、あんな大盤振る舞いでお金を配るのだろうか。某社長は、ある程度の社会的信用、潤沢な資金(があると言われている)ので、100歩譲って理解はできる。他の何者かわからない相手に自分の個人情報を与えるのは、あまりにも危険ではないか。

すべてのことには、裏がある。メリットの裏には絶対にデメリットがある。万能な薬にも必ず副作用がある。そのことを念頭において様々なことを考えなければならない。これは、めんどくさい。楽ではない。だが、損をする可能性は減らせるかもしれない。

2.教養が秩序を守る

賢い人間は楽をしない。その代わりに適度に手を抜く。いわゆる効率がいいというやつだ。上で述べたように、すべての物事の表裏を考えるということは、労力がかかる。情報取捨の方法を知っているのだ。その取捨の方法は、教養だ。教養の定義は難解であるが、辞書的な意味はこうだ。

㋐学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動。㋑社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識。「高い教養のある人」「教養が深い」「教養を積む」「一般教養」ー『デジタル大辞泉』(小学館)

例えば、今年世間を騒がせた、デマ事件の一つ「トイレットペーパー売り切れ騒動」を例にとって考えてみる。

「マスクとトイレットペーパーの原材料が同じなのでマスクの増産に伴ってトイレットペーパーが不足する」
「中国でトイレットペーパーの生産が止まるので日本国内で品不足になる」等のデマがTwitterを中心に流された。

こんなものは、中学生の社会の知識で、デマだとわかる。マスクの原料は「不織布」であるし、トイレットペーパーの原料は「パルプ」だ。少し考えたらわかるはずだ。紙と布は大きく異なる。

そして、「パルプ」工業が有名な都市は、四国中央や富士、苫小牧だ。さらに、王子製紙、大王製紙、日本製紙などの企業名が出てきたら、日本の製紙業の巨大さに気がつくだろう。デマは少し考えたり、調べたりするだけで防ぐことができるのだ。下の論文に詳しいので興味がある方は読んでほしい。

デマに関してはもう一つ。最近ではよく、事実無根の炎上が話題になったりするが、興味深いデータがある。

2013年、中国のデータサイエンティストがSNSのウェイボーでの会話を対象に、ユーザー20万人の7000万件のメッセージを分析した包括的な研究を行っている。その結果、SNSで最も速く、最も遠くまで伝わる感情は「怒り」であり、他の感情を圧倒したのである。」ーNHK取材班『AI vs.民主主義』(2020・NHK出版新書)(p145−146)

特に、人の話題に関する「怒り」のツイートの扱いには、気をつけよう。

賢い人間は、情報を見る際に、自分の脳内の教養フォルダと照合して、その情報の信ぴょう性をしっかりと検討しているのだ。自分の知らないことがあるなら、手を抜かずに、調べてみるべきだ。そこで、自分の尺度を持って、その情報を扱おう。大層な肩書に惑わされないようにするのが、情報洪水への対処法の一つだ。

この力をつけるために義務教育はあると思っている。正しく機能しているかの議論は置いておいて…

3.とかくに人の世は住みにくい。

「とかくに人の世は住みにくい。」漱石が現代をみたら、なんと表現するであろうか。有名な冒頭部分を最初に載せたが、この草枕の続きの部分はご存知であろうか。このあと、芸術の良さについて語る漱石。その後は、こう続く。

「世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日はこう思うている。――喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足たらぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……」ー夏目漱石『草枕』

我々は、これ以上にたくさんのことを感じながら生きてていかなければならない。便利なツールに踊らされて不幸にならないように、賢く生きていこう。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」
-高杉晋作 辞世の句

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