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無知は愛である


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曇り空の下で僕は問う。

「愛ってなんだと思う?」

君は言った。

「辞書で引いたら?」

「冷たい、少しは考えてよ。」



「……」

スマートフォンの明かりがついた。



「個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情らしいよ。別に深く考えることじゃないんじゃない?」


最も。そんな哲学的な話、前頭葉をフル回転させて考えても馬鹿な僕には判りはしない。


「そうだけど。辞書から引き抜いてきたんでしょ、あんたらしいね。辞書の言葉って簡潔に分かりやすく難しいから、あんたに聞いたのに。」

「知らねえよ」

君がフッと笑った。

愛について考えることは本当に馬鹿馬鹿しいと思う。時間の無駄にさえ思う。それぞれ個人で定義が違うし、誰がなんと言おうと人人が "これが愛だ" と肯定してしまえばそこまでであるような気がする。定義が違うは、日本語になっていないのかもしれないな。定められていないことになってしまっては定義と呼べない。



「人間本来のってことはつまり愛を知らない、もしくは持っていない人は人間ではないということになるのかな。愛を知らない人間はいない、そういうこと?」



「さあ?でも愛とはいえど、恋愛感情と愛情は別物だからな。家族という関係性があるなら、さぞかし愛情は与えられたり芽生えたりしてるんじゃないのか。恋愛感情における愛は持たない人間もいるだろうがな。アセクシャルって言うんだっけな?だから愛を知らない人間はいない。これは単なるあたしの見解ね。」


「愛を知らない人間はいない…ねぇ。なんかあんたが話す言葉は全てが肯定できる気がする。恋愛感情と愛情の違いは?」


「それは簡単。性的な欲求がその人間に芽生えるか芽生えないか。存在価値を認めて最大限に尊重したいという点については同じだと思うけど、愛でも性的な目でその人間を見ることができるならば、それは好きとかいう恋愛感情になる。」


それは僕も同じ考えかもしれない。例えば家族を性的な目で見ることはできないように、人間は作られている。何故と聞かれたら知らないし、中にはそう見れてしまう人もいるから一概には言えないが。そういう人は愛情と恋愛感情が混同してしまっているのか?分からないな。


「さっきも言ったけど僕はあんたが述べる言葉を全て肯定できる気がする。あんたの行動も。これは恋愛における愛だと思うんだけど、どう思う?」



君の視線が僕に向く。



「え、なに。それは今あたしに告白してるの?気持ち悪いな。正気かよ。」

そう言いながら腹を抱えて笑っている。

「正気だよ、なんで笑うの。」

「ほんとに面白いね君。こんな話をした後にそんなことを言うなんて。私のことを性的な目で見てます!って言ってるようなものじゃない。気持ち悪いでしょ、普通に。」


そう言われると…気持ち悪いのかもしれない。実際僕は君を普通に性的な目で見てるし、普通にあわよくばセックスもしたい。呼ばれたら予定を割いてでも君のところに行くし傍から見れば都合よく使われてる、そんな関係でも、それだけでも満足している。


「まあ、君があたしのことを性的な目で見ているのは知っていたよ。よくあたしの写真を撮るよね。それをフォルダにしてるのも、そして自慰をしているのそんなことも知っているよ。」


何も言わなくても全てを見透かしてくる鋭さがぼくを刺す。せめてその性的な目で見ているって言うのやめて欲しい。好きって言葉を使ってほしいんだけど…。でも君らしくて微笑んでしまう。


「知っていて僕を呼び出してるなんて、思わせぶりな女。同性から嫌われてそうだね。なんであんた、人間嫌いな癖に僕といるの。」


好かれているから呼ばれてるのか、嫌われるという恐さが無いから一緒にいるのか。単純に何も思われていない?のか。


「うるさいな。同性から嫌われてるのは事実だし、その数億倍こちらからお断りだわ。なんでって分からない。君といると時間の消費が有効活用されてる、そんな気がする。無駄な人生の長さを感じずに済むし。あたしがなにいっても否定しないし空気みたいだよな。おまえは人間じゃないと思ってる。」


「失礼な。僕は人間だよ。恋愛はしたことないから分からない。これが好きとかいう気持ちなんだな〜って思ってるけど。否定をしないのは僕が違うと思っていることや行動も、あんたがするなら全部妥協できてしまうから。んー、あんたの言ってることは僕にとったらあんたも僕の事を好きって思ってる、そういう解釈でいいの?」



君の言葉を聞いたことで脈拍が少しはやくなり、鼓動を感じる。君の中で唯一ぼくだけが認められているような優越感で。

君は黙ったまま、宙を見ている。



「ねえ、気持ち悪いこと言ってもいい?」

「さっきからおまえはずっと気持ち悪いことを言ってんじゃん。今度は何を言いたいの。」



「確証になったよ。ぼくはあんたが好き。だから勿論性的な感情をあんたに持ってるし、呼ばれればどこでなにをしていようが飛んでいくし、都合よく使われているだけであっても隣にいられるだけでそれだけで多幸感を覚える。あんたが僕に言葉を発してくれるだけで、頭の中に記憶の中に思い浮かべてくれる、意識を一瞬でも向けてくれるそれだけで存在価値を認められている、そう感じる。僕はあんたのことしか頭にないから、ほかの物事を考える時もあんたを浮かべながら考えてる。自殺するっていうなら僕も一緒に死ぬ。あんたがいない世界なんてつまらないし、考えられない。わかってるよ、これが依存だってこと。依存でいい、あんたのことを思考すること一秒たりとも辞めたくない。あんたの吐いた空気を吸って生きる、これが僕の人生。生きてる意味。わかる?」


頭の中にある全てのことを吐き出したら何もかもぐちゃぐちゃになってしまった。言いたいことは伝わったかもしれない、伝わらないほうがいいのかもしれない。依然、君は黙ったまま僕を見つめている。なんの感情も汲み取れない顔で。


「まずなにを言ったらいいのかな。うーん、そうだな。ありがとう。あたしのことをこんなに思考して想ってくれていて。」

君は煙草に火をつけて、音楽をかけた。4分52秒。曲が終わると同時に煙草を海へ投げた。





「可哀想だね、君は。」





「なんで」


理解が出来なくて唸った。君のことを考えて、今此処に共に存在してて、何が可哀想だって?


「需要と供給が一致する愛なんて、銀河の数の確率だろう?同等の愛をお互いに供給しあうことができなければ苦しい一方だぞ。つまり依存なんてものは精神が壊れていくだけ。今保てているものが保てなくなるだけ。全て壊れていくだけ。バランスの成り立たない恋愛などしないに越したことはない。何も隠すことなく曝け出すことができる。そんなことが可能なのか?絶対に不可能だ。人間は平気で嘘をつくよ。おまえはあまりに心が綺麗すぎる故、あたしに依存してしまっている。ストレートすぎて病ませてしまうかもしれないけど、つまりあたしはおまえを好きになることは生涯無いんだよ。零パーセント、わかる?苦しむことは愛じゃないと思っているよあたしは。苦痛は嫌いだ。あたしを知るのはあたしだけでいい。苦しむ理由はあたしだけでいい。こんなに我儘でごめんな。死ぬとするなら一人で死にたい。人の人生を壊すことに興味は全くもって無い。」


これは…僕は振られているんだろうか。正常な判断ができなくなっている脳はバグり始めている。否、君に出会ってからもうバグっていた。デバッグはしない。これは僕だから。


「…僕を好きになることはない。か。」

「そう、おまえほんと馬鹿だよ。馬鹿で可哀想。愛を知ってしまったんでしょ?それもこんなあたしに。」

「いいよ、それでも。僕は永遠にあんたに依存する。僕の存在意義であり人生だから。せめてずっと都合よく使われていたい。だから忘れてよ。今言ったこと。」



君は泣いていた。僕を振った罪悪感から?そんな訳は無いだろうな。



「はいはい、もう忘れました。ほんとにおまえ気持ち悪いんだから。ほらもう帰ろうぜ。何時間此処で話してんのって。」


君のとまらない涙を拭ってあげることは出来なかった。僕はこの関係を壊してしまったのかもしれない。この関係?そうじゃなくて、君を。君の言っていることを否定して、愛し合うということをしたかったのに、僕の心が妥協して受け入れてしまった。何処までも駄目だな。







「じゃあね。」

















手を振って別れた。君の後ろ姿はずっと焼き付いたまま今も脳から離れない。僕は愛を知ってしまった。この胸の苦しみを生涯抱えていけない。死にたいと思った。




当の君は自殺した。この2日後に。僕は君が自殺するなら死ぬと言ったけど死ねなかった。いや死んで楽になろうとしなかった。君を壊してしまった償いは一番苦しい方法で、と考えた結果だ。死んで一緒になりたかった気持ちを殺してやった。


君の癖が移ってしまった。君に似てきたみたいで嬉しかったあの頃とは逆に、僕に苦痛と微量の多幸感を植えつけている。痛い。






君の真似をしてODとやらをしてみた。

驚いた。


「あんた生きてるじゃん、なんだ死んだと思ったよ。僕の人生にいてくれてありがとう」

「ねえ、気持ち悪い。あたしの真似すんな。」


現実と妄想の境目がなくなっていた。僕は死なない程度に四六時中幻覚を見続けている。君と一緒に此処に存在して更に愛し合えるなんて、夢にも思わなかった。生まれてきてよかったと心の底から思う。愛している。愛しているよ。君のこと本当に、愛している。愛を教えてくれてありがとう。僕は可哀想なんかじゃない、宇宙で一番幸せだよ、あんたのおかげで。




そして今日ひとつ思い出したことがある。

君の口癖、いつも言っていたのに何故かずっと思い出せなかった言葉。













" 無知は愛である "






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